*緋の少女と碧の少年*
鬼神・緋誓とその従者である鬼守・翠憐。彼女達の住まう館に近づく影は--…。
春、花の咲き乱れるシェルディランス皇国。その皇宮の下、民の住まう町々への間に罪人達の住まう館がある。そして、その館の一室に、早朝より皇宮の部屋を嫌う鬼神の少女が入り浸っていた。
「鬼神様、そろそろ手をお休めになって朝食をお召し上がりになられては如何ですか?」
「……ふぅ……わかった。すぐに広間へ行く故、他の住人を集めよ」
侍女の声掛けに応じ、緋誓は書類から目を放して身支度を整えた。
「その書類はそこに置いておいていいから、おまえもおいで、翠憐」
緋誓は、書類の整理を手伝っていた少女、峯玉翠憐に声を掛けた。が、少女は困り顔で微笑み、首を傾げる。
「<申し訳ありません、緋誓姫様。お手数ですが鬼の言でもう一度言っては頂けませんでしょうか?>」
「あぁ……」
翠憐の言葉に、緋誓は翠憐の難を思い出した。彼女は人間の言葉を解さない、と。
「<すまない。鬼の言しか解らないんだったよな。すっかり忘れていたよ>」
「<いいえ。お気になさらずに>」
そんな会話の中先程の侍女が現れ、他の者も集め用意が終わったことを緋誓に告げた。
「<……さて。今から朝食に行く。おまえも一緒においで>」
緋誓は鬼の言でもう一度言い、翠憐へ手を差し伸べた。
「<はい。喜んで参ります、緋誓姫様>」
翠憐はその顔に満面の笑みを浮かべ、緋誓の手を取った。
「鬼神、緋誓様が参られました」
侍女の声と共に、広間の扉が開かれた。
「おはようございます、緋誓様。ご機嫌は麗しゅうございますか?」
「ああ、心配は無用だ。お前達に対し、私の機嫌が麗しくない日があったか?」
「いいえ! 左様なことは一度も!」
緋誓が来てからというもの、この館の罪人達はよく笑い、よく話す明るい者達となった。恐らく再び罪を犯す者はいないだろう。
「さて、皆揃っているな? 今日は皇帝陛下、並びに皇后陛下の来訪がある。隣の部屋に割と質のいい服を用意させたから、食事をすませた者から着替えに行くといい」
緋誓の言葉に、罪人達がざわめき始める。皇帝も、皇后も、この館の者達にとっては邪魔者以外の何者でもない。それは緋誓にとっても同じことで。
「こう、てい……? こうごう……? <……あぁ、あの憎々しい者等が来るのですか。忌ま忌ましい。あの…愚帝共が。一体何のために……ッ!>」
実に憎々しげに言った翠憐に、緋誓は一抹の不安を覚えながらも諫めた。
「<……翠憐……。止めなさい>」
「<……はい……。申し訳ありません、緋誓姫様……>」
「<あぁ……。じきに両陛下がいらっしゃる。彼等は鬼の言を解さないが、あまり口にしない方がいい……>」
「<……はい……>」
翠憐は緋誓の叱りに覇気を失い、また両陛下への憎みごとも止めた。
「皆それぞれ思うところはあるだろうが、どうかここは耐えてくれ。さぁ、食事を始めよう。<おまえも食べな、翠憐>」
緋誓は微笑み、皆と共に食事を始めた。
一方その頃。
罪人達の住まう館の前に国色である濃紺の外套を羽織る二つの人影と、その後ろに碧の外套を羽織る一つの人影が現れた。
「さぁ、運命の歯車が廻り始める。いや……。歯車が、狂い始める……か?」
「……どちらにせよ、人間と鬼との途が交わり新たな末路が生まれる。それは光かはたまた闇か……のう、碧き使者よ」
「……私も、彼女も、そんな事など望んではおりません……」
碧き使者と呼ばれた人影は、外套より覗くその碧き瞳に、怒りとも、哀しみともつかない色を滲ませた。
正常な世界の歯車に、毒された“私情”という名の歯車が嵌め込まれてゆく……。
読んでくださってありがとうございます。
マイペースな更新ですがまだまだ続きますので、読んでやってください。評価、感想等頂けると嬉しいです。