おもい愛
「お前との婚約を破棄する!」
煌びやかなシャンデリア、色とりどりの飾られた花、優雅に奏でられる音楽、着飾った令嬢と令息。そんな学園の卒業パーティの最中、この場に相応しくない台詞を吐いたのはこの国の第一王子であるエドワードだ。傍らには1人の令嬢、そして2人を守るように何人かの男子生徒が並んでいる。
「あらまぁ」
思わずそう呟いてしまった口元を扇子で隠す。言われたのは私では無い。エドワードの婚約者である、ロザリア公爵令嬢だ。まぁ、私の婚約者のセドリック様もエドワード様の後ろで腕を組んで立っているのだが。
相変わらず綺麗な顔立ちだ。特徴的な銀髪はシャンデリアの光を受けてきらめき、伏せた睫毛さえ絵画のように美しい。
うっとりと見惚れているうちに、いつの間にか話は随分進んでいた。
ロザリア様を責めるセドリック様と隣の令嬢、それに淡々と反論するロザリア様。その冷静な対応が、双方の差をより際立たせていた。
(ロザリア様ってあのような方だったしら……?)
以前はもう少し苛烈な方だった気がする。入学したての頃の様子を思い出して首を傾げるが、まぁ何か心境の変化でもあったのだろう。私には関係ないことだ。
それよりも、そろそろ足が疲れてきた。
セドリック様のお顔を眺めていられるなら、何時間でも幸せなのだけれど。体力だけはどうにもならない。
結局、足を休められたのはそれからしばらくして王宮からの使いが慌てて駆け込んで来てからだった。
*
あの婚約破棄騒動は、思っていたよりも大事になっていたらしい。私はあまり聞いていなかったが、無実の罪で公爵令嬢を断罪しようとしていたようだ。王宮内の勢力図が大きく変わるとお兄様がうんざりとした様子で呟いていた。
「ではセドリック様も?」
「次期侯爵は弟君になった」
「あらまぁ」
「家を追い出されたそうだ。最低限の支援はあるが」
「あらあら、うふふ」
お兄様の言葉を聞いてゆっくりとソファーから立ち上がる。その様子を見て、お兄様は大きくため息をつく。
「婚約者を蔑ろにした男だぞ」
「ええ」
「メリットもない」
「それって私の想いと関係ありまして?」
「貴族ならあるんだよ」
「お父様は好きにして良いとおっしゃいましたわ」
「あの人はお前に甘すぎる……!」
それはお兄様もですわよ。と伝えたかったが余計に頭をかかえてしまいそうなのでやめた。代わりに、そばに控えていたメイドへ出かける準備を頼む。彼に嫁ぐために揃えていた荷物の準備を。
*
最低限の支援と聞いてはいたが、セドリック様のいる屋敷は想像していたよりも随分と質素な建物だった。
それほど侯爵の怒りが激しいのか、それとも公爵家からの不興が恐ろしいのか。
「何しに来た。嘲笑いに来たのか」
ドアノックを鳴らせば、中からセドリック様が顔を出す。前に見た時よりもかなり草臥れてはいるが、その輝きは変わらない。
「迎えに来ましたのよ」
どちらかといえば嫁ぎにかしら。と思ったがどのみちこのような建物には住めないので同じことだろう。どうしてもここに住みたいなら建て替えるしかない。
「は?」
「入れてくれませんの?」
そう言って中に入れば、外見から想像できるのと同じような内装だった。普段座っているものよりも硬い椅子に腰を下ろして、連れてきたメイドが入れてくれた紅茶を口に運ぶ。
「俺は後継から外されたんだ。君との婚約も解消されてるだろ」
私の目の前に座ったセドリック様は、訝しげにこちらを見つめてそう問いかける。
「あら、そうですの?ですが私、了承した覚えはありませんわ」
「何故……」
私の言葉に動揺したのか、セドリック様は目線をウロウロと彷徨わせて困惑した表情を浮かべている。あまり見たことのないその表情が愛おしくて、私は満ち足りた気持ちでもう一口紅茶を口に運んだ。
「ねぇ、セドリック様」
「な、なんだ」
「何もかも無くしてしまいましたわね。後継者の座も人望もお金も友人も家族も」
セドリック様はそれを聞いて、傷ついた顔をして顔を下に下げた。あぁ、せっかくのお顔が見えなくなってしまったわ。
「けれど私はいますわ」
もう1度目線が合う。
「私だけがいますのよ」
可哀想なセドリック様。失って、傷ついて、周りに誰もいなくなった。
なんて最高なのでしょう。
「君は……」
「真実の愛……でしたか。不思議な言葉ですわね」
あの騒動で聞こえてきた言葉を呟く。真実ってなんなのかしら。考えてみたけど全く分からなかった。
「愛はおもいですわよ」
想い。思い。重い。抱えきれないほど重くて、逃げられないほど絡みつくもの。それが愛だと私は確信している。それが真実だと。
「私、愛の重さはだれにも負けない自信がありますの」
*
セドリックは、目の前で微笑む元婚約者の姿を見つめた。いや、彼女の話ではまだ解消されていないらしい。
昔から自分のことを好きだ好きだとうるさく言う彼女の事がよく分からなかった。
金か、地位か。どれだけ適当にあしらってもこちらに好意を向ける理由はそれぐらいだと思っていた。けれど。
(「何もかも無くしてしまいましたわね」)
先程言われた言葉を思い出す。そうだ。セドリックは何もかも失った、なのに。
(「私だけがいますのよ」)
貴族の令嬢に有るまじき行動だ。気が狂っていると言われてもおかしくない。
けれど、彼女は狂ったのではない。ずっとそうだったのだ。
目の前の彼女が目を細めてセドリックを見つめる。何一つ見逃さないように。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
想い。思い。重い。
その視線には、セドリックの想像も及ばないほどの愛が宿っていた。
この震えが恐怖によるものなのか、それとも別の感情なのか。まだセドリックには分からなかった。
END




