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【BL】身代わりβの密やかなる恋  作者: 朏猫


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21/22

身代わりβの密やかなる恋1

 その後、どうやって部屋に戻ったのかわからない。気がついたら修一朗さんの部屋にいた。やっと安心できる場所に戻って来られたのだとホッとしたのも束の間、「少しだけ待っていて」と言って離れようとする修一朗さんに嫌々と首を横に振る。

 修一朗さんと離れたくない。ほんのわずかの時間でも修一朗さんに触れられないのは苦しい。それなのに首に回していた手をほどかれてしまった。


「横になっていてかまわないよ。カフスやタイを外すだけだから」


 支えがなくなり、ぽすんと背中から倒れてしまった。上着を脱ぎ、ベスト姿になった修一朗さんの背中が見える。このままじゃもっと離れてしまう……寂しくて手を伸ばそうとしたけれど、全身を包み込むような甘い香りがしていることに気がついて頬がポッと熱くなった。


(あちこちから修一朗さんの香りがする)


 延ばしかけた手をパタンと下ろした。それだけで甘い香りが広がった。今度は反対の手を少し持ち上げて同じようにパタンと下ろす。やっぱり甘い香りがパッと広がる。


(もっと香りを嗅ぎたい)


 なんとか体を動かし、頭を載せていた弾力のあるものに顔を埋めた。


(すごい……香りが濃くてクラクラする……あぁ、なんていい香りだろう)


 顔を埋めたまま手を動かした。擦るように何度か動かすと指先に何かが当たる。引っ掻くようにすると少し分厚い布だとわかった。その布をポフンと叩いてみた。すぐに甘い香りがぶわっと広がる。


(これからも大好きな香りがする)


 布を掴んでグイッと引っ張った。顔の近くまで引き寄せてから鼻を埋め、何度かスゥハァと布を吸う。甘くていい香りが鼻いっぱいに入ってきて頬がふにゃりと緩んだ。


(ここには大好きな修一朗さんの香りがたくさんある)


 その後も手に触れるいろんなものを片っ端から引き寄せた。どれを嗅いでも大好きな香りがした。僕は夢中になって触れるものすべてをたぐり寄せた。


(すごい……修一朗さんの香りがするものばかりだ)


 僕の周りは修一朗さんの香りだらけになっていた。息をするたびに甘い香りが胸いっぱいに入ってくる。嬉しくて幸せで、集めた愛しいものたちを抱きしめた。

 腕にぎゅうっと力を入れると甘い香りがぶわっと広がった。力を緩めるとフワフワと優しく香りが漂う。何をしても大好きな香りがするのが嬉しくてたまらない。


「まさかこんなに早く巣作りを見られるとは思わなかったな」


 修一朗さんの声がする。抱きしめていたものから顔を上げた。いつの間にか修一朗さんがすぐそばに立って僕を見下ろしていた。


「修一朗さん」

「蕩けた声も可愛いね」


 修一朗さんが傍らに腰かけた。右側が少しだけ沈む。「僕のベッドは気に入ったかい?」と言われて、ようやくここがベッドの上だとわかった。


「今夜はここが千香彦くんの寝る場所だ」


 頬を撫でられてドクンと心臓が跳ねた。強烈な甘い香りがドッと押し寄せてくる。抱きしめていたものなんて比じゃないほどの濃い香りに鼓動が早鐘を打つように激しく動き出した。


(すごい。どうしよう。大好きな香りが、修一朗さんが)


 鮮烈なほどの香りにブルッと体が震え、一瞬にして全身が蕩けた。うなじもお腹も燃えるように熱い。同じくらい股間がギュンとたぎり、なぜかお尻のあたりが濡れたような気がした。


「千香彦くんはΩになったんだよ。きみはいま宮家のΩに負けないほど魅力的な香りを放っている」


 息が苦しくなってきた。甘い香りをもっと嗅ぎたいのに、息を吸うのが苦しくてうまくいかない。それでも大好きな香りを嗅ぎたくて必死に手を伸ばした。


「千香彦くんはいま発情を迎えている」

「僕が、発情……?」


 僕の手を掴んだ修一朗さんが「急な発情で驚いただろう?」と微笑んだ。


「いずれこうなることは予想していた。きみから漂うΩの香りが少しずつ強くなってきていたからね。だけどあと一歩がなかなか進まない。僕のそばにいるだけでもなんとかなっただろうけれど、どうしても辛抱できなかったんだ」


「無理をさせてごめんね」と謝りながら、僕の手を握っているのとは反対の手で頬を撫でてくれた。


「後天性Ωになるには外部からの刺激が鍵になる、そう外国の論文には書いてあった。思ったとおり僕のそばにいることで千香彦くんはΩの香りを漂わせるようになった。だけどもう少しという段階で止まってしまった。それなら大勢のαやΩがいるところに連れて行けば一気に進むんじゃないか、そう考えたんだ。予想どおりきみは一気にΩへと変わった」


 頬を撫でていた手が唇の端に触れる。


「不快な思いをさせてごめん。もう二度とあんな思いはさせないと約束する。都留原のご令嬢にも近づかせたりしない」


「都留原のご令嬢」という言葉に、ここにはないはずの甘ったるい匂いがしているような気がした。胸が悪くなるような不快な匂いを思い出すだけでうなじがピリピリする。


「あの人はとても、とても嫌な匂いがします。あの匂いは好きじゃありません」

「僕も彼女の香りは苦手かな。僕が一番好きなのは千香彦くんの香りだしね。そもそもこの世で運命の相手の香り以上に好きになる香りはない」

「嬉しいです。僕も、修一朗さんの香りが一番好きです」

「ありがとう。あぁ、僕はなんて幸せなんだろう。ずっとずっと欲しいと願っていたきみをついに手に入れることができた。やはりきみは僕の運命の相手だった。運命にβだのΩだのは関係ないと信じていたけれど、それでもきみをΩにしたかったのは誰にも奪われない唯一の絆を結びたかったからだ。今夜うなじを噛めば千香彦くんは僕だけのものになる。きみを奪われることは絶対になくなる」


 修一朗さんの指が首飾りに触れた。首筋あたりを何度か引っ掻くように動いたかと思えばパチンと音を立てて首飾りが外れる。


「ここを噛んでもいいかい?」


 直接うなじを撫でられて背中がゾクゾクッと震えた。思わず「んっ」と漏れた声は自分でも聞いたことがないほど高く、鼻から抜けるような甘えた響きに耳が熱くなる。


「どうか噛むことを許してほしい。僕に噛んでと言ってほしい」


 まるで祈るような声だと思った。表情もなんとなく自信なさげに見える。修一朗さんのそんな様子を目にするのは初めてで胸が切なくなった。

 不意に瑠璃子さんの言葉を思い出した。あのときは「まさか」と思ったけれど、修一朗さんの姿を見ていると「そうなのかもしれない」と思えてくる。


(僕と修一朗さんは離れられなくなる)


 つがい婚だからじゃない。僕と修一朗さんが運命の相手だからだ。

 いまならわかる。僕たちは運命だ。僕たちを引き離すことは神様だってできやしない。だけどこの世では何があるかわからない。死以外が二人を分かつこともあるだろう。

 だから修一朗さんは僕をΩにしてうなじを噛みたいと願ったのだ。うなじを噛めば僕は修一朗さんだけのものになれる。運命のΩになれる。死が二人を分かつことがあっても僕たちは決してほかの誰にも奪われることはない。


「噛んでください。僕は修一朗さんにしか噛まれたくありません」

「千香彦くん」

「僕はずっとあなたが好きでした。姉さんの許嫁なのに、僕はずっと、ずっとずっと修一朗さんが好きだった。修一朗さんが僕を好きだと言ってくれて、どれだけ嬉しかったことか」


 いつから好きになったかなんてわからない。気がついたら好きになっていた。もしかしたらひと目見たときから好きだったのかもしれない。

 子どものときはかっこいいお兄さんのように感じることもあった。だけど笑いかけられるだけでドキドキして、言葉を交わすだけで嬉しくて、それなのに僕だけを見てくれないのが嫌で少し困らせたりして……あぁ、僕は本当にずっと修一朗さんが好きだったのだ。

 この想いは成就しないはずだった。だって修一朗さんは大好きな姉の許嫁だ。そもそも男のβでしかない僕が優秀なαである修一朗さんと結ばれることはない。

 そんな僕が修一朗さんに求められ、こうして結婚することができた。それどころか修一朗さんだけのΩになることができるなんて、いったい誰が想像できただろうか。


「僕は修一朗さんに噛んでほしいです。修一朗さんに噛まれたい」


 それが僕の願いだ。僕の手を握っている修一朗さんの手をぎゅうっと握り締めた。もう片方の手を伸ばし、修一朗さんの頬に触れる。それだけでうなじがビリビリした。

 これはきっと僕の中のΩが喜んでいる証だ。頬に触れた指先をゆっくりと動かして目尻を撫でる。それから修一朗さんと同じように唇の端に触れた。


「僕を修一朗さんだけのΩにしてください」


 修一朗さんが「あぁ」とため息のような声を漏らした。明かりのせいか、綺麗な目がキラキラと輝いているように見える。もしかして光っているのは涙だろうか。


「僕を選んでくれてありがとう。死ぬまで千香彦くんを守り抜くと誓うよ」


 修一朗さんの顔が近づいてきた。「いい香りだ」と言いながら修一朗さんが僕の首筋に顔を埋める。耳のすぐ下あたりに熱い吐息が当たって少しくすぐったい。思わず首をすくめると、逃げないでというようにうなじをスルッと撫でられた。


「んぁ!」


 みっともない声を出してしまった。慌てて唇を噛み締めたものの、うなじを撫でる手は止まってくれない。生え際から首の付け根の骨が出ているところまで何度も指で擦られた。それだけで背中がゾクゾクッと震えてお腹の奥が一気に熱くなった。熱い吐息がひっきりなしに漏れる。


「香りが一気に濃くなった。これはすごいな……これじゃあ千香彦くんに酔ってしまいそうだ」

「んっ、修一朗さん、体、熱くて、」

「それがΩの発情だよ。そうやって熱くなればなるほど香りが濃くなる。濃く甘い香りを嗅いだαは、犬歯が疼いて噛みたくてたまらなくなるんだ」


 握っていた手をグイッと引き寄せられた。中途半端に起き上がった上半身を抱きかかえるようにした修一朗さんが、僕のシャツのボタンを片手で外し始める。僕はいつの間にか上着もベストも着ていなかった。カフスボタンもタイもとっくにしていないことに初めて気がついた。


「たまらない……運命の香りがここまでだとは思わなかった。この香りをほんのわずかでもあの場にいたαが嗅いだのだと思うと……全員をこの世から消したくなるな」


 胸のあたりまでボタンを外され、肩からするりとシャツがすべり落ちる。背中がひんやりした。小さく震えると「寒いのはほんの少しの間だよ」と言いながら「僕に寄りかかって」と修一朗さんの手が背中に触れた。

 修一朗さんの肩に頭を載せた。少し俯く形になるから、きっと僕のうなじがよく見えていることだろう。背中に回った手が確認するように再び僕のうなじに触れた。


「本当は交わりながらが一番だというけれど、そんな状態じゃきっと(たが)が外れてしまう。できれば初めて噛むこの瞬間をしっかり覚えておきたい。だから先に噛んで、夫婦の営みはそれからにしよう」


 返事をしたいけれど、うなじが気になって言葉が出てこない。撫でられているだけでどうにかなってしまいそうだ。これからうなじを噛まれるのだと思うと興奮して果ててしまいそうな気さえした。

 実際、股間が大変なことになっていた。前はこれでもかと膨らみ、後ろはなぜかぐっしょりと濡れている。どうしてそうなっているのかわからないけれど、そんな自分を恥ずかしいと思うよりうなじが気になってほかはどうでもよくなった。


「千香彦くん、きみは僕だけのΩだ。ずっと見守ってきた僕だけの運命の相手。僕が望み、きみが願った正真正銘の運命だ」


 修一朗さんの髪の毛が首に触れた。それだけで背中がゾクッとして前が弾けそうになる。ドクドクとうるさくなる鼓動を感じながら目を閉じると、うなじにキスをされた。


「ん……っ」


 どうしよう、ものすごく気持ちがいい。お腹の奥がジンジンする。お尻がますます濡れたような気がしてソワソワした。


「これで千香彦くんは生涯僕のものだ」


 うなじをぺろりと舐められた。何度か舐められ、肌がひんやりしたところで硬いものが肌に触れる。以前も同じことをされたけれど、あのときよりいまのほうがずっと気持ちがいい。

 軽く触れていただけの硬い歯がゆっくりと皮膚を押すのがわかった。柔らかく甘い刺激が徐々に強くなる。


(あぁ、噛まれる)


「はぁ」と熱い息が漏れた。うなじがビリビリして、同じくらい背中がゾワゾワしてお腹の奥が燃えるように熱い。気持ちがよすぎて僕の下半身は前も後ろもぐっしょりだ。


(もうすぐだ。もうすぐ僕は修一朗さんだけのΩになる)


 そう思った次の瞬間、肌を食い破るほど強く噛まれた。


「あ・あ……!」


 強烈な痛みに涙があふれ出した。死んでしまうんじゃないかというくらいの痛みに全身が硬直する。そんな僕をぎゅうっと抱きしめながら修一朗さんは噛み続けた。


(痛い、痛い、痛い! 体が熱くて死んでしまう……!)


 噛まれているところが悲鳴を上げた。一気に燃え上がった熱が全身に広がって体中がグツグツと熱くなる。肩も背中もひんやりした感覚は消え、指先や爪先までカッカと燃えていた。

 何かに体の中をものすごい勢いでかき混ぜられている気がした。かき混ぜられてグルグルと渦を巻く熱が体の隅々まで行き渡り、僕の体を少しずつ変えていく。体だけじゃない。一番深いところにある“何か”も変わった気がした。僕の中に入ってきた修一朗さんの何かが僕と混じり合い、僕の何かも修一朗さんの中で混じり合って一つになった。


「千香彦くん」


 温かい声が聞こえる。


「千香彦くん」


 あぁ、僕が大好きな声だ。


「千香彦くん」


 なんて優しくて甘い声だろう。大好きな修一朗さんが何度も僕の名前を呼んでいる。甘く蕩けるような響きの中に、どろりと絡みつくようなものが混じっているように聞こえるのは気のせいだろうか。


(そんな修一朗さんも大好きだ)


 僕の中にあった修一朗さんの甘い香りがパッと弾け飛んだ。そうかと思えば僕を包み込むように濃くなっていく。


(僕は修一朗さんだけのものになった。修一朗さんだけのΩになったんだ)


 嬉しくて心が震えた。


(ようやく……これでようやく修一朗さんは僕だけの……)


 歓喜に震える僕の体を修一朗さんが優しく抱きしめてくれた。僕はとろとろと蕩ける意識の中、想いを込めて「修一朗さん」と名前を呼んだ。

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