魔法少女よ血飛沫と踊れ
夜のオフィス街。
路地裏の暗がりの中に、一人の男が倒れていた。
咽返る様な血の匂い。
冷えたアスファルトに血溜まりを作りながら、男はズルズルと這いながら前へと進んでいる。
男は逃げていた。
だが出血が酷く、その動きは止まる。
身をよじらせ、男はよろよろと振り返った。
路地裏の先、大通りの光の中で、人影が舞っている。
可愛らしいドレスを着た少女――『魔法少女』だった。
魔法少女は戦っていた。
手にしたステッキを正面に向け、『魔法』が放たれる。
生み出された火球が飛翔し、道路の中央に鎮座していた存在に命中すると爆発。
だがその爆炎を割って、カバを思わせる、しかし明確にカバではない『怪物』が無傷で飛び出してくる。
大通りで魔法少女と怪物が戦っていた。
男の怪我は、その余波に巻き込まれたものだった。
ここまでは、路地裏にまでは何とか逃げてきた。
だが血を失い過ぎた。
もう動く事は出来ない。
怪物が未だ暴れている以上、救助の手も望めないだろう。
体が鉛の様に重い。
世界が暗くなっていく。
男は死が迫って来るのを感じていた。
(……これで終わりか)
しかし不思議と男は冷静だった。
決して死にたい訳ではない。しかし、生きたい欲求が有る訳でも無かった。
(俺が死んだら……親は何と言うだろうか)
男の脳裏を走馬灯が過ぎる。
幼少期、男の生活に自由は無かった。
親に言われるまま勉強をこなし、習い事に通い、学校へ通う。
ゲームも漫画も、ジャンクフードも無い生活。
同年代とは会話が合わず、終ぞ友達は出来なかった。
その事について親から小言を言われもしたが、共有出来る『楽しみ』がない以上、どうにもならなかった。
『楽しい』事がない。
言われた事だけをやり、課された事だけをやる。
自分が『欲しい』物なんて、『やりたい』事なんて、何も無かった。
(いや……ひとつ、あったか)
男は思い出す。
少しだけ『憧れて』いたものはあった。
日曜の朝。
習い事へ向かう前の、僅かな時間。
親が見ていたニュース番組が終わり、出発まで付けたままのテレビから流れていた番組。
それは愛と勇気で地球の平和を守る、アニメの『魔法少女』だった。
とても賑やかで、キラキラと輝いている、テレビの中に広がる世界。
"自分もその一部であったなら"。
灰色の日常の中で、フィクションの世界に憧れを抱いた事が少しだけあった。
時は流れ、やがて迎えた大学受験。
合格したのは親の奨めた大学で、卒業して入社したのは親が納得した企業。
そしてアパートを借りての一人暮らしが始まった。
世の中に突然『怪物』が現れたのは、そんな頃だった。
街中に何の前触れもなく怪物が出現して、何かを壊したり、誰かを殺したりする事件が相次ぐようになった。
拳銃が効かず、警察では対処出来ない。
自衛隊が出動し、小銃弾を雨あられと撃ち込んで漸く倒す事が出来る。
急速に社会不安が増大していたある日、救世主が現れた。
それが『魔法少女』だった。
正しくアニメの中でそうであった様に、魔法少女達は怪物を退治していった。
同時に、多様な種類が確認されていた怪物の中に、実は人間に友好的な別の存在『精霊』が含まれていた事が判明。
ヌイグルミの様な姿をしながら、ふわふわと空中を漂う未知の生命体『精霊』は、素質ある少女と『契約』を結んで『魔法少女』に変身させる特殊な能力を持っていた。
対処法は確立された。
年端もいかぬ少女達を矢面に立たせる事の是非が激しく議論されながらも、社会は落ち着きを取り戻していく。
どうしようもなく変質してしまった、それでいて元に戻ろうとしている『平和』な日々。
だが男にとってのそれは、つい先ほど再び壊れてしまった。もう戻らない程に。
(……暗いな)
世界から音が消えていく。
男は手足を投げ出して、ゴロンと仰向けになった。
ビルの隙間から狭い夜空が見える。月も星も、もはや何も見えない。
(寒い……)
視界もぼやけていく。
男の命が果てようとした、その時――
『よう、"死にかけ"』
――突然、声が聞こえた。
(……?)
近くに誰か居るのか。
男は視線だけを周囲に走らせる。
『どこ見てんだ。コッチだ、コッチ!』
視界の端で何かがチラチラと動いていた。
男はどうにか頭を動かし、左を見る。
男の眼前。
アスファルトの上に、何かが転がっていた。
『よう、調子はどうだ? 元気か?
いや、"死にかけ"なんだから元気なんか無いか。ケケケケ!!』
――目玉だった。
血管の様な触手を生やした目玉が、まるで手を振る様に触手をフリフリと動かしている。
それが声の主だった。
(……?!)
男は困惑した。
男の知る限り、普通は道端に目玉など転がっていないし、何より喋らない。
今際だから、こんな幻覚を見ているのだろうか。
そんな男の考えを表情から読み取ったのか――
『おっと"死にかけ"、こいつは夢でも無ければ幻でも無い。
お前の目の前には、今……"悪魔"が居るんだよ! ケケケケケ!!』
◇
「さて……。
そんな悪魔である俺様が、何でお前の目の前に現れたのか」
路地裏の暗がり。
その闇の中で倒れていた"死にかけ"の人間の目の前で、悪魔は左右にテチテチと歩きながら――血管めいた触手を足代わりに――続ける。
「用件は簡単だ……『取引』をしないか?
分かってるだろうが、お前はやがて死ぬ。シュッケツタリョーだかタゾーキフゼンだか知らんが、とにかく死ぬ。しかし! 俺様と『取引』をすれば、悪魔の『権能』を使ってお前を助けてやろう。まぁ、それにあたって幾つか『ルール』があるんだが……まぁ、とにかく命は助かる」
悪魔は人間の顔に歩み寄り、『ニタァ』と笑みを浮かべながら――
「どうだ、悪い話じゃないだろう?」
――そう、囁き掛けた。
普通の人間は、『悪魔』を見る事が出来ない。
見れないし、触れないし、会話する事も出来ない。
闇の中に潜み、人間とは異なる『ルール』で動いている悪魔と会話出来るのは、特定の状況に陥った人間だけ。
特定の状況――つまり命の灯が消えかけた、生命の"黄昏時"を迎えている状態。
今まさに、暗がりの中へ消えかけている人間だけが、同じ闇の中で悪魔と対話する事が出来た。
『…………』
人間は答えない。
悪魔を見つめたまま、黙っている。
命の灯は消えておらず、声も出せるだろう。
悪魔は続けた。
「そう警戒するなって!
なぁに、『取引』って言ったって簡単だ。お前は"願い"を言ってくれれば、それで良い。願いを言うだけ。そうしたら俺様は、悪魔としての『権能』でそれを叶えてやる。それだけだ。それが『取引』。どうだ、簡単だろう?」
触手を『チッチッチ!』と動かしながら、悪魔がさらに続ける。
「ただし!
さっきも言ったが、幾つか『ルール』がある。まず願い事は、"本心"じゃなきゃいけない。嘘はダメだ。心からシたい事、欲しいモノじゃないと、叶えてやれない。次に……これが大事なんだが、キャンセルは効かない。いいか? 途中でやっぱりイイです、はナシだ。『権能』は必ず遂行される。何せ、俺でも取り消せないんだからな……ケケケケ!!」
まるで両手を広げる様に、鷹揚に触手を伸ばしながら、演説めいて悪魔が詰めに入る。
「さぁて、"死にかけ"!
時間は無いぞ! 死が来るぞ! お前の望みを言ってみろ!! 金か!? 女か!? 権力か!? 暴力だって良い!! 気に入らない奴がいただろう! そいつは今、死にかけのお前を笑っているぞ! ぶっ殺したいだろう!? その為の力をくれてやる! 何者にも負けない最強のパワーだ!! さぁ願え!! 望めッ!! 俺様がそれを叶えてやるッ!!」
『……っ!』
男の体がビクンと跳ねる。
そしてそれを合図に、路地裏がその姿を変え始めた。
ビルの壁面は肉の壁となり、アスファルトは生物の臓器を敷き詰めたかの様な肉の絨毯へと変貌する。
非常階段は肋骨を思わせる骨となって肉の壁に癒着し、グレーチングは歯列に置き換わると内側から血と粘液を混じり合わせた液体を噴き出し始めた。
路地裏全体が陰鬱で、まるで一つの生命体であるかの様な、胎動する異常な空間へと変わり果てていく。
鉄錆と生臭さが充満する中で、悪魔はほくそ笑む。
路地裏のこの特異な変化は、悪魔の『権能』によって引き起こされており、男が心の中で『取引』を受け入れた証左だった。
己の"勧誘"がうまく行った事を内心で喜びながら、悪魔は告げる。
「……あぁ、そういえば。
まだ言ってなかったが……取引をすると、お前は『使徒』になる。人間には"怪物"って言った方が分かり易いか? 魂も理性も失って、俺様の下僕になるんだが……まぁ、死ぬよりはマシだろう? お前は願う。俺様は叶える。何も嘘は言ってないからな……ケケケケ!!」
ビクビクと脈動している肉の上で嬉しそうに跳ねながら、悪魔は続ける。
「そしたらお前は人間界を滅茶苦茶にするんだ! 殺す! 壊す! 燃やす!! 楽しみだな!! そうそう……魔法少女は特に殺すぞ!! 精霊もだ!! そしたら俺様は――ん?」
不意に爆発音。
振り返った悪魔が見たのは、大通りの方で暴れている怪物――使徒の姿だった。
巨大なカバを思わせる、しかしライオンのような鬣を備えた異形。
他の悪魔が生み出した使徒だが、その姿には見覚えがあった。
「おぉ、ありゃあ先輩の使徒か? あれ強ェからなぁ……」
異形である使徒の造形は、元となった人間の『欲望の形』の影響を強く受ける。
恐らくあのカバのような造形は、正にその大口によって何かを『飲み込みたい』『食らい尽したい』という欲望の表れなのだろう。
同時にあの鬣は見栄えだとか、あるいは権威への欲求が発露しているのかも知れない。
そしてその欲が強ければ強いほど、使徒はより強力な存在として誕生する事が出来る。
そういった素質、あるいは素養のある人間を見つけ出し、甘言でうまく誘導して、使徒となるよう仕向ける。
それが正に悪魔としての仕事だった。
「あぁ早く俺も、先輩みたいに活躍してみたい!
おい"死にかけ"! 早く望みを言えッ!! 早く『使徒』になれ!! 早く早く早くゥ!!」
男の頬を叩きながら、悪魔は急かす。
男の虚ろな目は血走り、先程から手足が痙攣している。
男は既に『取引』を受け入れている。あとは望みを聞きだすだけ。
『お……俺は……』
「おっ!? 俺は!? 俺は何だ!? さァ言え、願いは何だ!? 金か! 女か! チカラかッ!?」
『……に……なりたい……』
「何になりたいって!? さァ最期だ!! 大きな声で!! さん、ハイ!!」
『魔法少女に……なりたい……』
「そうかそうか!! 魔法少…………え?」
『世界を……平和に……したい』
『悪魔』は聞き返した。
阿呆みたいな声で。
「マ、マホウ……え? 何で……え?」
『魔法処女になって……世界を……平和にしたい……』
取引成立。
周囲に存在していた肉片や内臓が、一斉に男に向かって移動し始める。
そして次々と男の上に覆いかぶさり、その姿を包み込み始めた。『権能』による男の"使徒化"の工程だった。
「ダ、ダメ~~~~!!」
悪魔は叫びながら、動いている肉片に掴みかかって止めようとする。
「い、今のは無し!!! 考えたら分かるだろォォ!!」
だが肉片は止まらない。
何より数が多すぎる。路地裏を満たしていた肉片、その全てが男を目指しており、とても悪魔の手(?)には負えなかった。
「キャ、キャンセル! 今の『取引』はキャンセルなんだ!! ノーカウントなんだァァァァ!!」
使徒化は止まらない。
権能にキャンセルは効かない。必ず遂行される。それが『ルール』。
肉片の大移動が終わった時、大量の血痕で汚れながらも路地裏は元の姿を取り戻していた。
その中央に有るのは、無数の肉片が男を包み込んで出来た、言わば繭。
それに縋りつきながら『やっぱ無し』と叫んでいた悪魔が、不意に頭(?)を抱え込むと苦しみだす。
「あぁヤバイ、俺まで! チクショウ!! 何でこんな――」
そこまで言って、悪魔は内側から膨れ上がると破裂した。
◇
――気が付けば、男は路地裏の上、ビルの上に立っていた。
「……」
左右を見れば、キラキラと遠く繁華街の光が輝いている。
下を見れば、先程まで自分が倒れていた路地裏を一望する事が出来た。
大量の血痕で赤黒く汚れているそこには、何か巨大な繭の様なものがあり、しかし破裂して中は空っぽになっている。
「……」
不思議と気分が良かった。
――朧げながら、記憶はある。
路地裏で動けなくなり、目玉に話しかけられた。
意識が朦朧としていく中で、尋ねられた。
願いは何か、と。
だから男は答えた。
魔法少女になりたい、と。
そして気が付けば、ここに居た。
何か自分を包み込んでいた殻のような、膜のようなモノを勢いよく突き破った感覚が残っている。
開放感があった。
頬を、腕を、そして脚を撫でる夜風が心地よい。
男は少し歩いて、近くにあった空調整備の金属面――まるで鏡のような――で、己の姿に気が付いた。
少女が居た。
まさに日曜の朝にアニメ番組で見たような、可憐な魔法少女。
――と似て非なる、悍ましい魔法少女が。
男は既に、悪魔との『取引』によって使徒と化している。
だが肉体は怪物のそれではなく、生物学的に完全に少女のそれとなっていた。
しかしその体が身に纏っているのは、華やかで可愛らしいドレス――ではなく、臓物を血管と骨片で繋ぎ合わせた、グロテスクで悪趣味極まりない、ドレスのような形状をした何かだった。
男――少女が手足を動かす度に、鏡面に映り込んだ魔法少女の、その肉片のドレスからは血が滴り落ちた。
男は幼少期、一時期ではあったがバレエを習っている。
不意に思い出した『パ・ドゥ・ブレ・アントゥールナン』の動き――もはや二十年近くやっていない――を、ゆっくりと舞ってみた。
自分でも驚く程にスムーズで、そして正確に四肢が動く。
体は軽やかで、何ら不調は感じず、気分も透き通っている。
男は調子にのって、赤いドレスから血をまき散らしつつ、くるりくるりと『パ・ドゥ・ブレ・アントゥールナン』の動きを繰り返し続けた。
――と、そこへ。
『お……お前は……』
空から何かが降って来た。
空中をふわふわと漂うそれは『テルテル坊主』のヌイグルミで、顔の部分は一つ目になっている。
目玉をギョロギョロと動かしながら、それは叫んだ。
『お前はバカかーーーー!! 何か魔法少女だーーー!!』
男は理解した。
嗚呼、コイツは。先ほどまで路地裏にいた『悪魔』だ。
「……その姿は?」
男――少女は声を掛ける。
年齢相応の、可愛らしい声だった。
『お前のせいだろーーー!!
見ろ……この惨めな姿を!! 何れ大悪魔になる筈の俺様が……"精霊"になっちまっただろがァァァーー!!』
「……そっちの方が可愛いな」
『そういう話かァァァーーーー!!』
魔法少女には、付き従う精霊が定番。
どうやら『取引』にあたって無意識に望んでしまった願望が、悪魔も影響下に置いてしまったらしい。
男――少女は屋上を、大通りの方に向かって歩き出す。
そして後ろから罵声を浴びせながらついて来るテルテル坊主に、質問を投げかけた。
「俺……いや、この体は、どの程度戦えるんだ?」
『ボケーー! カスーー! アホン……あァ!!? 舐めんなクソ!! いいか、"取引"ってのはな!! 心からの願いなら、それを"バカ正直に"叶えられるだけの力を与えられるんだよ!! だからお前が願った、"世界を平和に"って力は!! 文字通り"世界"を……変えられる……だけの……だけの……』
「……?」
テルテル坊主の声がトーンダウンしていく。
振り返った男――少女が見たのは、すっかり怯えた様子のテルテル坊主。
『お、お前……お前何だ、その魔力量は!? あ、有り得ない!! 何かの間違いだ!!』
テルテル坊主に見えていたのは。
目の前の、異形の魔法少女から立ち昇る、圧倒的な魔力のオーラだった。
魔力を持つ者にしか見えないそれは、少なからず歴戦の魔法少女、あるいは使徒を見てきた筈のテルテル坊主でさえ恐れを感じる程の威圧感を持っていた。
「……それは良かったよ」
どうやら自分は強いらしい。
超常の存在から"お墨付き"を貰った男――少女はビルの屋上、その縁へと足を掛ける。
見下ろす大通りでは、鬣を生やしたカバが暴れている。
魔法少女が応戦しているが、残念ながら劣勢の様だ。
『あ……おい、待て!? 何をする気だ!?』
ショックから立ち直ったテルテル坊主が、男――少女の横に来る。
見下ろしながら、テルテル坊主は叫んだ。
『お前……まさか!?
先輩の邪魔をする気じゃないだろうな!? 止めとけ! あの先輩はマジでヤバイから!!』
「だって……俺、魔法少女になったんだし……」
かつての憧れ。
日曜の朝に、少しだけ見ていた魔法少女のアニメ。
愛と勇気で地球の平和を守る、とても賑やかで、キラキラと輝いていた世界。
"自分もその一部であったなら"。
そう願った。
そして今、自分はその一部となって、ここに居る。
だから――
「――俺は戦うよ」
そう宣言して、男――少女は右手を頭上にかざす。
そして『魔法』を行使した。
手の平を裂いて骨が飛び出すと、瞬く間にその長さを伸ばしていく。
追従するように血管が伸びると絡みつき、脈動し、臓器が形成されていった。
魔法で出来る事、出来ない事。
その境界は、不思議に知識として頭に入っていた。
問題なく操れる。
まるで昔から知っていたかの様に。
『止めて! お願い! マジで止めて!!』
「さぁ行くぞ、相棒」
『誰が相棒だコラ!』
「そうだ。マスコットなんだから、名前も決めなきゃな」
男――少女は少し考えて、告げた。
「……"ルー"にしよう、相棒」
『ハァ!? ふざけんな!! 勝手に決め……誰が元"目玉"な相棒のルーだコラァ!!』
「――よし、出来た」
魔法が完了する。
男――少女が掲げた右手の上に、巨大な『槍』が形成されていた。
魔力で生成した骨を穂先に、血管と臓器で肉付けした異形の槍。
それを両手で握りしめ――
「さぁ、今度こそ行くぞ」
『あぁぁぁダメダメダメ止めてェェェェ!!』
――異形の魔法少女は、屋上からその身を躍らせた。
◇
夜のオフィス街。
本来ならば帰宅途中の通行人で賑やかな筈の大通りは、閑散としていた。
破壊されたビルの瓦礫と、飛び散った窓ガラスの破片。路肩に止めてあった車はひっくり返され、圧し潰されている。
遠くから聞こえるサイレンの音が静かに反響する中、通行する車も無くなった片側三車線の道路の中央に、この惨状の元凶が居た。
鬣を生やしたカバめいた、悪魔と取引して誕生した人間の成れの果て――『使徒』。
その使徒の頭上で、目玉が飛び跳ねている。
触手を生やし、甘言によって人間を堕落せしめる存在――悪魔の『ベルエーリト』だった。
『ヒャハハハハ!!
そろそろ限界みたいだなァ!? ピースブルー!!』
そう声を掛けるのは、使徒と正面から対峙しているひとりの少女。
名前が示す通りに青いドレスを着用した、魔法少女の『ピースブルー』だった。
しかし今や可愛らしいデザインのドレスは土に汚れ、所々が破れ、そして血が滲んでしまっている。
街の平和を守る為の戦いは、残念ながら使徒優位に進んでいた。
『ピースブルー! 気持ちで負けちゃ駄目たぬー!』
魔法少女の近くを、何かがふわふわと浮遊している。
タヌキのぬいぐるみめいた、少女と契約している精霊の『ぽん助』だった。
相棒から少女への戦術的な助言――ではなく、励ましの言葉だった。
「ハァ……ハァ……分かってる。私は、負けない!」
声援に、そう気炎を揚げるピースブルー。
しかし傷つき、肩で息をしているピースブルーの消耗は明らかだった。
『終わりにしろ、"グリードメイン"! 丸呑みにしちまえ!!』
「GuMoooaaahhhh!!」
悪魔の命令を受け、怪物が突進を開始する。
大型トラックにも匹敵するその巨体は、動くだけで全てを破壊してしまう。
「穏やかなる青空よ……私に力を!」
ピースブルーは手にしたステッキを正面に構え、呪文を唱える。
突撃を阻止しなければ、この怪物はさらに街を破壊するだろう。
回避という選択肢は無かった。
残り少ない魔力をステッキに凝縮し、渾身の魔法を放つ。
「最大出力……マジカル☆スパロー!!」
ステッキから青い光弾が放たれ、怪物の顔面に命中すると大爆発を起こした。
爆風に煽られながら、ぽん助が叫ぶ。
「やったたぬ!?」
しかし爆炎の向こうから現れたのは、怪物の大顎だった。
『残念やってなァーーい!!』
「Gooooaaahhhh!!」
「きゃあ!?」
反応が遅れたピースブルーを、怪物の大顎が咥えこむ。
下顎を足の裏で、落ちて来る上顎を両手で支え、丸呑みだけは辛うじて防いだピースブルー。
『良いぞグリードメイン!! そのまま嚙み潰しちまえ!』
『あぁぁ~踏ん張るたぬー! ピースブル~~!!』
「うぅ……!!」
閉じようとする顎に、ピースブルーは全力で抵抗する。
しかし魔力も体力も尽き掛けているピースブルーに、怪物の咬合力を押し戻す力は残っていなかった。
このままでは――。
ピースブルーが悶える様に、首を仰け反らせた時だった。
怪物の上顎、汚らしい乱杭歯の、その向こう。
見上げた視界の上半分、辛うじて見えている夜空を舞う人影があった。
それは赤いドレスを着て、槍を手に、まるで流星の様に降って来る少女で――
◇
「せいッ!!!」
「Gurroooaahhh!?」
しっかりと握りしめられた血と肉の槍が、怪物の背中へと突き刺さる。
拳銃の弾すら受け止める分厚い皮膚を、魔法で生成された異形の槍、その穂先は易々と貫いた。
怪物の体内を蹂躙し、穂先は遂にアスファルトへと達する。
ビルの屋上からダイブして、自由落下による位置エネルギーを込めた一撃。
常人ならばただの投身自殺のそれが、特異な存在と化した今、強烈な一撃として怪物に痛撃を与えていた。
「BuMooooaaahhh!!」
体に突然穴を開けられた怪物が身を捩る。
咥えられていたピースブルーが『ぺっ』と吐き出された。
「ほっ」
それを尻目に、異形の少女は槍の石突を蹴って後方へと跳躍。
そしてふわりと音もなく着地する。
その姿を見て、悪魔と精霊が同時に叫んだ。
『何だテメェは!? 新しい魔法少女か!!?』
『お前は誰たぬ!? 新しい使徒たぬ!?』
悪魔と精霊が同時にお互いを見る。
『え?』
『ん?』
そして同時に続けた。
『何言ってやがる! こんな人間まんまな使徒が居るか!』
『何言ってるたぬ! こんな禍々しいの、魔法少女じゃ無いたぬ!』
『ん?』
『え?』
『……』
『……』
数秒の沈黙の後、両者は闖入者を睨みながら同時に叫ぶ。
『テメェ誰だ!?』
『お前誰たぬ!?』
誰何。
悪魔を指さしながら、問われた異形の少女は答える。
「俺、いや、私は魔法少女だ」
『なるほど、そういう事かよ……』
『どういう事たぬ!?』
『お前の仕業か……ヴェルクーロウ!!』
呼びかけに応じる様に、空から何かが降って来る。
一つ目のテルテル坊主――今や精霊と化した、元悪魔のヴェルクーロウだった。
『ち、違うんですヴェルエーリト先輩!! こ、これはちょっとした手違いで――』
『おまけに何だその姿は! まさかお前が寝返るとはな……!』
『あああぁぁぁ違うんです~!! あ……謝れーー!! お前、先輩に謝れェェーー!!』
テルテル坊主は異形の少女の背後、後頭部へと移動すると、体当たりをして頭を下げさせようとする。だが『もがっ』と一瞬で鷲掴みにされ、肉々しいドレスのポケット(?)部分に『ずぼっ』と収納されてしまった。
相棒(?)を黙らせた異形の少女は、悪魔を指さしながら続ける。
「――という訳で私は魔法少女だから、ぶッ倒してやるぞ悪魔」
『ど、どういう訳たぬ!?』
『ケッ、上等だぜ……クソ魔法少女が!!』
『だから、どういう訳たぬ!?』
「Gurrooohhh!!」
咆哮と共に、怪物が背中を丸める。
すると背中の肉が盛り上がり、刺さっていた槍が押し出された。
悪魔が高笑いする。
『バカが!
会話は時間稼ぎだったんだよ! お陰で傷は癒えたぜ……グリードメインの回復力を甘く見たな!!』
「奇遇だな。こっちも時間稼ぎだった」
『何だと!?』
異形の少女が、怪物に掌を向け、そして握り込む。
「穂先に仕掛けがしてあって……増殖はもう終わった。複製開始」
『まさかテメェ!?』
「Bummoooaaaahhhhh!?」
怪物の体があちこち盛り上がると、皮膚を破って次々と『骨と肉の槍』が飛び出し始める。二本目が飛び出し、三本目が飛び出し、四本目が飛び出し――。
『ま、負けるなグリードメイン! 頑張れグリードメイン!!』
「MuuRiiiaaaaahhhhh!!?」
それが三十本を越えた頃――
――カバの怪物は、原型を留めていなかった。
無数の肉片と化し、灰が崩れる様に消滅し始めている。
そしてその中央に、槍が飛び出す時に体の半分を削り取られたベルエーリトが、力なく横たわっていた。
炭素生命ではない悪魔に、死という概念はない。しかし器を壊されると、暫く現世に戻って来る事は出来ない。
いつの間にかポケットから脱出していたテルテル坊主が、恐る恐る近寄ると声を掛ける。
『せ、先輩……大丈夫で……』
『この……裏切り者……』
『ひぃぃ違くてェ~!』
『この事は……魔王様に……報告……するから……な――』
そこまで言うと、ベルエーリトは崩れる様にして消滅する。
『何が起きてる訳たぬー!?』
『ああああヤバイヤバイヤバイ……!』
混乱したままの精霊と、頭を抱える元悪魔。
その横で、怪物に『ぺっ』された後の、尻もちをついたままのピースブルーが――
「あ、あなたは……何者なの?」
――肉片のドレスを纏った異形の少女に、震える声で問いかけた。
少女が振り返る。
ふわりと広がった赤いドレスからは、血飛沫が舞った。
「私は……魔法少女」
――楽しい事が無かった。
――自分が欲しい物なんて、やりたい事なんて何も無かった。
でも、今は違う。
目的が見つかった。生きる為の目標が。
ピースブルーに手を差し出しながら、異形の少女は宣言する。
「さぁ一緒に、世界を平和にしましょう!」
世界を平和にする為に。
魔法少女よ、血飛沫と共に踊れ――
カクヨム短編に出したいけど、400字削らないといけない
ぐぬぬ




