第28話 魔王になってでも
全員で地下牢を脱出して、ゴツゴツしたお城みたいな監獄の正門を抜けた。
夕日は沈みかけていたけど、二日も地下にいたアタシには、ひどくまぶしく感じた。
門を出て、監獄と市街地を隔てる広場みたいな場所に出たときだった。
「そこまでだ!」
太い鞭みたいな声が響いた。
建物の陰から、大勢の男たちが一斉に現れた。
「貴様らは完全に包囲されている! 全員、両手を上げてその場にひざまずけ!」
すごい数。ざっと百人はいるかもしれない。
みんな、濃い茶色に金の縁取りが入った、立派な軍服を着ている。
弓を構える者、剣を抜く者、ロキシィと同じ魔法使いの杖を手にした者までいる。
「あらら、もうバレちゃった。さすが王都の守護兵さんたちね〜」
イタズラが見つかった子供みたいに、舌を出すラウラさん。
いや、笑ってる場合じゃないと思うんだけど。
「ギルド長ラウラ・シルシェイド! 王都のど真ん中で堂々と監獄破りとは血迷ったか!」
「あ~、名前まで知られちゃってるわ……まいったわね~」
「いや、ラウラさん、全然まいった顔してないじゃん」
ロキシィの言う通り、ラウラさんはユルい顔で頬をかくだけ。
なんでこの人は、いつもこんなに余裕なんだろう……。
とにかくここは突破しなきゃいけない。
アタシは一歩前に出て構えをとった。
「ラウラさん、ここはアタシがなんとかします。いったん下がって……」
「ダメよ」
「え?」
「王都の守護兵は、ほとんどが貴族の子息たち。ヘタに手を出したら話がこじれちゃうわ」
「で、でも……」
「いいから、ここは私に任せて」
ラウラさんは銀髪をなびかせて、スッとアタシの横に出た。
兵士さんたちの顔が、一気に緊張する。
「こ、こいつら、あくまで抵抗する気か!」
「全員、構え!」
兵士さんたちは問答無用で矢をつがえ、杖を構えた。
隊長っぽい大きな帽子の人が、間髪入れずに号令をかける。
「撃てェ!!」
矢と、炎・風・氷の魔法が一斉に放たれた。
視界が一瞬で、殺到する光と色に塗りつぶされる。
――ダメ、全員は守りきれない!
アタシは思わず両目をぎゅっと閉じた――
ドドドドゥンン!!
耳をつんざくような連続音。
けれど――痛みも熱も来ない。
「……?」
おそるおそる目を開けると、目の前に黄金に輝く半透明の壁――いや、半球状のドームがあった。
それはアタシたち全員をすっぽり包み込むように広がり、すべての攻撃をはね返していた。
振り向けば、ドームの中央、ラウラさんが不敵な笑みを浮かべて立っていた。
片手を腰に、もう片手を横に広げて、まるでこの場すべてを支配するみたいに。
正面の隊列から、どよめきの声が上がった。
「こ、これが……ラウラ・シルシェイドの『無尽結界』か……」
「この世の一切の攻撃を通さないという、究極の防御技………」
「はい、丁寧なご解説ありがとう。結構有名なのね、私のスキルも」
満足そうに胸を張ってみせるラウラさん。
すごい自慢げだ……
「ええい、何をモタモタしておる! さっさとこの反逆者どもを捕えんかぁ!」
と怒鳴りながら、兵士さんたちの後ろから、顔も体も丸っこい感じの人がやってきた。
あれ? たしかにこの前、ギルドに来ていたおじさん?
「これはこれは、ご無沙汰しております。アホデス監査官」
「誰がアホデスだ! 私の名前はバカデスだ! ………って、それも違うし! ゲルネスだし! 自分で間違えちゃったよ!」
……変な人だった。
「おい、守護隊長! 早く次の攻撃を指示せんか!」
「し、しかし、あの結界が張られてしまったらどうしようも……」
「口ごたえするな! これ以上、私の顔に泥を塗るつもりか! ここでこいつらを逃がしたら、王家が黙っておらんぞ!」
「んも~、自分の出世に響くからって、現場に八つ当たりはやめてほしいですわぁ。兵士さんたちも呆れてますわよ?」
ラウラさんは完全におちょくりモードだった。
おじさんは「ぐぎぎぎ……」と丸々した顔を赤くして、ラウラさんをにらみつける。
「そもそも! お前たちのギルドは前から気に食わんのだ! ならず者の寄せ集めが!」
ぴくん、とラウラさんの眉が動いた――ように見えた。
おじさんは、私の後ろにいるアイギスさんを指さして叫んだ。
「そこの甲冑の女! 知っておるぞ! ストラトス家から勘当された落ちこぼれだろう! よくもまぁ、未練たらしく騎士の格好をしていられるものだな! 恥を知れ、恥を!」
「……!」
アイギスさんの顔がたちまちこわばった。
それは、彼女にとって決して向けられたくない言葉だった。
おじさん――いや、ゲルネスはそれに満足したみたいに口角を吊り上げ、さらにロキシィに太い指を向けた。
「そこのチビはもっとひどい! 調べてみれば、貧民街の生まれというではないか! 街の隅っこでゴミを漁って生きてきたドブネズミが、ろくな教育も受けずに魔法使いだと? 笑わせるな!」
「な……!」
ロキシィの目に怒りが宿り、唇が震えた。
「これが貴様らギルドの正体だ! 行き場のないクズどもが集まり、傷をなめ合っているだけの掃きだめ! 正義も秩序もない、ただのならず者集団に過ぎん! ぬはははは!」
うっぷんを晴らすみたいに下品に笑うゲルネス監査官。
目の前が真っ赤になった。腹の底から熱いものが煮えたぎって、喉元までこみ上げてくる。
握った拳が震えているのが、自分でもわかった。
あんな言葉をぶつけられて、黙っていられるはずがない。
アタシは前に出ようと一歩を踏み込み――
細く白い腕に止められた。
「ラウラさん……?」
ラウラさんはアタシににこりと笑いかけた。
空を見上げて、ふぅ、と小さく息を吐く。
次の瞬間、視線は鋭い刃のようにゲルネスを射抜いた。
「ブチ殺すわよ、ブタ野郎」
「な……」
これまで見たこともないほどの殺気に、ゲルネスがのけぞる。
「勘当? 貧民街? だからどうしたっていうの。この子たちが生きてきた道に、恥じることなんて何一つない。貴方なんかじゃ想像もできないほどの逆境の中で、何度も転び、何度も立ち上がって、ここまで来たの。私はそんな彼女たちを、心の底から誇りに思ってる」
ラウラさんの言葉は、怒りをはらみながら、それでも温かく優しかった。
「貴方にとっての正義が、生まれや育ちだというのなら、私は喜んで悪の側につくわ。魔王になってでも、命をかけてこの子たちを守る」
「ラ、ラウラさん……」「ラウラ殿……」
ロキシィとアイギスさんの目には、にじんだ涙が光っていた。
この人は、ただの上司なんかじゃない。
ギルドにいる全員の人生を、まるごと受け止めてるんだ。
ラウラさんは、アタシたちを包囲するすべての兵士たちを見渡し、声を張り上げた。
「ここにいる全員に告ぐわ! 私の仲間に手を出すなら、命を捨てる覚悟で来なさい! 何百人いようと私は一歩も引かない。この子たちには、指一本触れさせない!」
その声は広場のはるか外まで届き、空気を震わせた。
兵士たちは誰一人声も出せず、ただ立ち尽くすしかなかった。
ラウラさんの気迫が、場のすべてを圧倒していた。




