第24話 命令と約束
塔の上に閉じ込められてから、丸一日以上が過ぎた。
窓枠にもたれて、ぼんやりと夕焼け空を見上げる。
朱に染まった王都は、アニメのエンディングに出てきそうな美しさだった。
人生のエンディングロールってやつか? 全然笑えんけど。
「いい夕日ですね。思わず窓から飛び降りたくなるような」
「そんな感傷ある?」
「その気になったら、いつでもどうぞ。窓の鍵は開けてありますので」
「露骨に誘導するの、やめてくんねーかな……」
ブラックな会話を持ちかけてきたのは、扉の前で銅像のように俺を見張っている冷血メイド・リンだ。
無表情のまま淡々とした声で吐く毒が、紙ヤスリみたいにメンタルを削ってくる。
こいつと同じ空間にいること自体、刑罰じゃないか?
(そうでなくても、このままだと、マジで死刑台まっしぐらだよな………)
状況は最悪だ。
俺は監禁状態。外と連絡も取れない。
この場所を太刀川や他の仲間に伝えるには、どうすればいい?
窓を開けて叫ぶか……?
でも、それをやったら確実にリンに止められる。
最悪、その場で刺されるかもしれん。
(何か考えねぇと、何か……)
リンの背後の扉がノックされた。
彼女が扉を開けると、トレイがひとつ差し出される。
リンは無言でそれを受け取り、こちらを向いて告げた。
「夕食です」
パンとスープだけの、素っ気ない食事だ。
「いらねーよ」
「なぜです? 昨日から丸一日、何も口にしていないじゃないですか」
「毒でも入ってたら、たまったもんじゃねーからな」
……実は、死ぬほど腹は減ってるけど、ここは我慢だ。
「………チッ」
「舌打ちした!?」
「冗談です。貴方には、あくまで裁判で死刑になってもらわねばいけません。毒殺などするわけがないでしょう」
「さっきは飛び降りさせようとしたくせに」
「自発的な行動は、私の責任外ですので」
「じゃ、自殺に見せかけて殺せば問題ないってことか?」
「なるほど、その手がありましたか。さっそく実行しましょう」
「待て待て待てェ! 今のナシ! 忘れて!」
アイスピックを手に近づいてくるリンを、必死に手を振って止める。
ンンッ、ヤブヘビぃ!
リンはふぅ、と呆れたような息をついた。
「……つくづく、変な人ですね」
「悪かったね、リアクションがでかくて」
「そういうことではありません」
「?」
「こんな状況なのに平然としています。不思議なくらい」
は? どこに目つけてんだ、このメイドは?
「冗談だろ。見てみろ、このストレスで死にそうな顔を」
「見た上で言っています。これまで多くの囚人を監視してきましたが、大抵はすぐに心が折れました。しかし、貴方の目は、まだ抗う意志に満ちています」
リンは、ナイフみたいな黒く鋭い目をじっと差し向けてそう語った。
………そんな変な虫を見るような目で見られても。
「まぁ、どう見えようとあんたの勝手だけど………。簡単にくたばるわけにいかないのは、確かかな。元の世界に帰してやらなきゃいけない相手がいるもんで」
「元の世界……?」
「ああ、俺たちはこことは違う世界から来たんだ」
「頭の医者、呼びますか?」
「やっぱそう言うよね! 分かってたけどね!」
いい加減ツッコミ休ませてくんねーかな!
誘発してる俺も悪いけどさ!
「とにかく! そいつのために死ぬわけにはいかないっつーことだよ!」
「それは、命令ですか?」
「あん?」
リンの問いに、少しだけこれまでと違う色があった。
うまく言えないが、感情のカケラみたいなものが混じった――ように思える。
「その人から、元の世界に帰せ、と命令されているのですか?」
「命令っつーか。ただの約束だよ」
「約束……」
噛み締めるように復唱するメイドの目には、一体何が映ってるんだろう。
「……わかりません」
「俺もあんたが何考えてるかわからん」
「その約束が、どうして貴方にそこまでの希望を与えるのですか。約束を守れば、貴方にどんな得があるのですか」
顔を上げて、問いと眼差しを向けてくる。
妙な迫力に、俺は思わず考え込んだ。
(何の得があるのか、ねぇ……)
そう言われたら、なんだろう。
太刀川が元の世界に帰りたいっていうから、それに協力してるけど、果たせたからって、何か俺に得があるわけじゃない。
むしろ、そのせいでどんどんスローライフから遠ざかっているくらいで。
(う〜ん……)
マジで何で俺はこんな面倒事に首つっこんでんだ?
しばらく考えたが、答えは出なかった。
――まぁ、要するに、だ。
「別に、何もねぇよ」
リンの眉がピクンと動いた。
「得とか損とか考えてない。俺がしたい、って思うからしてるだけ。以上」
………と、いうことにしておこう。
これ以上考えるのはそれこそストレスだし。
リンは何か言いたそうに俺をにらんだあと、
「……貴方はやはり、ただの愚か者です」
投げつけるように言って、扉の前の彫像に戻った。
……何なんだ、結局?
沈黙のメイドに背を向け、窓の外に目をやった。
よく分からん会話だったが――人と話すってのは、悪くない。
話しているうちに、ひとつだけ思いついたことがあった。
この絶望的な状況で、俺の居場所を外に伝える方法だ。
スマホもない、魔法も使えない、相手がどこにいるかも分からない。
だが、一つだけある。俺と太刀川にしか使えない、特別な伝達手段が。
(……悪いな、太刀川。ちょっと我慢してくれよ)
リンには見えないように背を向け、左腕の袖を静かにまくった。
少しだけ躊躇する。
伝えられる情報は、ほんのわずかだ。
太刀川が分かってくれるか、保証はない。
でも――これしか方法はないんだ。
「いっ……てぇ……」
「どうしました?」
「あー、いや、なんでもねぇ。虫に刺されちゃったみたいでさ。ハハ……」
リンがじっとこちらを見てくる。
冷や汗が背中を流れたが、どうにか誤魔化せたようだ。
(頼むぜ、伝わってくれ……)
袖をゆっくりと戻しながら、心の中で呟く。
リンに言うとおり、俺がやってることは損な役回りなんだろう。
約束を守ったところで、俺の望むスローライフなんてどんどん遠ざかっていくだけ。
けど――それでもいいって、今は思う。
俺があいつとの約束を守るのは、損とか得とかじゃない。
(……なんか、ガラにもねぇこと考えてるな)
痛いのは嫌だけど、もう一つだけ伝えたいことがあった。
それはきっと、俺らしくない言葉だけど。
(ああもう、知らねぇよ……!)
小さく息を吐き、俺は右腕の袖をまくった。




