第13話 悪魔の作った書
というわけで、ラピダス村についた。
村の場所はかなりの田舎で、馬車に揺られて到着したときにはすっかり日が暮れていた。
村の様子についてはあえて説明しない。
異世界ファンタジーの村と聞いて思い浮かべるその景色が、だいたい正解だ。
「まこと、お久しゅうございます。アイギス様」
「ああ。しかし、一目で私だと分かるとは思わなんだぞ、村長」
杖をついた人のよさそうなじいさんが、アイギスさんと固く握手をかわす。
ラッキーなことに、到着直後の第一村人がアイギスさんと旧知の村長だった。
今は家に招かれ、テーブルを囲んでお話中という次第。
テンポがよい展開で大変助かる。
「もちろんでございますとも。小さなお嬢様をおんぶした日のことなど、昨日のことのように覚えております」
「お嬢様はやめてくれ。私はもう勘当された身だ」
「なに、お父上も少々ご気性が急いておられたのです。お嬢様の『大器晩成』スキルが花開いたそのときには、きっとお考えを改めましょうぞ」
白いひげを撫でながらニコニコと話す村長に、アイギスさんは少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「ところで村長。今日は見てもらいたいものがあって来たのだ。……タクミどの、あれを」
目線を向けられた俺は、腰のブックホルスターの留め金を外した。
ベルトに取り付けられた、小型の本入れだ。
拳銃のホルスターを本用にアレンジしたような形で、金具で留めると本が抜け落ちないようになっている。
今回は黒の書を持ち運ばないといけないってことで、ヤンさんが持たせてくれたものだ。
本を取り出してテーブルに置くと、村長は目をぱちくりさせた。
「……この本は?」
「黒の書っス」
「黒の書? なんと……これがあの伝説の?」
驚く村長に、太刀川がぐっと身を乗り出し、
「アタシたち、黒の書の契約者なんです。呪いを解くために本を開ける方法を探してて……この本の表紙がラピダス布だってことまでは突き止めたんです」
「黒の書の表紙が、ラピダス布で……」
「布はこの村で作られていたって聞きました。何かご存じじゃないですか?」
村長は慎重な手つきで黒の書に触れ、静かにその表紙を撫でる。
無言のままじっとそれを見つめ、ようやく口を開いたのは、たっぷり2分は経過したあとだった。
「この書を作ったのは――人間ではありますまい」
「人間じゃない?」
「ラピダス布は、この村の名の由来でもあるラピダス草から織られる布です。茶色と黒の二種があり、一般にラピダス布といえば茶色を指します」
「へぇ〜。そういえば遺跡で見つけた布も茶色だったもんねぇ」
ロキシィの言葉に、村長はうなずいた。
「茶色の布は、今でいうBクラス程度の魔力を込めれば、引き合う力を発揮します。ただ、吸着力は比較的弱く、それなりに力を込めれば引き剥がせます」
なるほど。
「しかし、黒の布は違います。引き合う力はとうてい人の力で剥がせるものではなく、さらに効力は何千年も続くといいます。その分、込めなければいけない魔力は茶色の比ではごさいません。指先程度の小ささの布でさえ、Sクラス級の魔力が必要です」
「うっそぉ。そんなの誰が使えるのぉ?」
「ですから、黒のラピダス布が使用された例は、ほとんどないのです」
「で、その数少ない例が、この黒の書というわけか」
「はい。これだけの大きさの表紙、しかも表と裏の両方に魔力を込めたとなれば――とうてい人間の仕業とは思えませぬ。悪魔のごとき魔力を持った者が作ったとしか」
「悪魔の作った本……」
太刀川は絶望的な声で繰り返した。
「んで、魔力を抜くにはどうすればいいんスか?」
「……分かりませぬ。今の話も全て口伝によるもので、詳しいことは何も……なにしろ400年も前に、ラピダス布は作られなくなりましたゆえ」
「それそれ。なんでこんな便利な布が作られなくなっちゃったのぉ?」
「ラピダス草は、かつて村の近くにあった湖のほとりにしか生えない特別な草でした。しかし、あるとき――湖ごと村が消えてしまったのです」
「消えたぁ?」
「はい。ある日突然、一日にして。実は今のラピダス村は、名前だけを受け継いだ別の村なのです」
「災害でも起こったのか?」
「それも分かりませぬ。しかし、村に伝わる言い伝えによれば……黒の書の力によるものだとか」
え、と全員の顔が固まった。
「黒の書の、って。契約者がすげーパワーで大暴れして、ぶっ潰したってことスか?」
「かもしれません。ただ、村も湖も、本当に跡形もなく消えてしまっていたそうです。黒の書の契約者の力がどれほど凄まじくとも、そのような芸当ができるものでしょうか」
「たしかにな………」
「いや、わかんねぇっスよ。仮に太刀川がキレたら、村ごと消滅させるなんてわけないっしょ」
「は?(怒)」
「ごめんなさい」
1秒前の俺よ、なぜ軽口を叩いた?
お前が消滅させられるとこだったぞ?
「これは私の推測に過ぎぬのですが……私たちが知る『契約者の強化』という能力――それは黒の書の力の一端に過ぎぬかもしれませぬ。この書の真の恐ろしさは、もっと別のところにある。そう思うのです」
しん、と沈黙が下り、空気が重くなる。
村長はふぅ、と息をつくと、ぺこりと頭を下げた。
「久方ぶりにお嬢様にお会いできたというのに、不穏なお話ばかりになってしまい、申し訳ありません。……今日はもう遅うございます。夕飯と宿をご用意いたしますので、どうぞお休みなされ」
※※※
どうやら、ひと通りの話は終わったらしい。
村長に案内されて、4人の男女が宿へと向かっていく。
その様子を、ひとりの男が通りのど真ん中から見つめていた。
「みつけたぁぁ……黒の書ぉぉ……」
泥の底から這い上がるような、粘りついた声だった。
「あの2匹をブチ割ってよぉぉ……書を持ち帰ればよぉぉ……くくくっ……」
ふと、男女のうちの一人――黒髪を後ろで束ねた女が、足を止め後ろへと振り返った。
「どうかなされましたか?」
「あ、いえ。なんか見られてるような気がして……でも誰もいないし、気のせいですね」
通りの向こうに、彼らの姿が消えていく。
男の影が、再び形を結んだ。
「くくっ……カンのいい女だなぁぁ……面白れぇなぁぁ……。アイツはどんな『中身』をブチまけてくれるかなぁ……くくっ、くくくっ……」
低く、深く笑いながら――
男は、夜の闇へと音もなく姿を溶かした。




