第12話 開かない書と開かれた道
【悲報】俺のバディがまともに口きいてくれない(3日目突入)
俺と太刀川は、執務室へ続く長い廊下を並んで歩いていた。
肩ふたつ分の距離が土星よりも遠く感じられ、流れる沈黙は身を斬るかのようだった。(文学的表現)
「な、なあ……。ラウラさん、今回は何の用で呼んだんだろうな?」
「さぁ」
意を決して沈黙を破ったのに、能面みたいな顔で会話終了された。
あの衝撃のキスから3日、ずっとこの調子だ。
太刀川さんよ、言っとくけど、あれは事故だからな?
俺にとっても人生初キスだったんだけど、振り返って感慨に浸る余裕もありゃしねぇ。地獄かな?
「失礼しまーす………」
執務室のドアを開けると、ギルド長のラウラさんとその秘書ヤンさん、そして――見知らぬ小太りのおっさんがいた。
「ラウラ君! いつまであの小娘たちを野放しにしておくつもりかね!」
おっさんはバーン! と机を叩いてラウラさんに詰め寄っていた。
なんだなんだ?
「黒の書がどれだけ危険な代物か、分かっておるのか! 中央は怒り心頭だぞ!」
「ええ、ええ。仰ることはごもっともでございますわ~」
ラウラさんは紅茶をすすりながら、のらりくらりと受け流している。
ヤンさんが俺たちに気づき、小さく咳払いをした。
おっさんは、俺たちを見てあからさまに舌打ちし、
「……また来るからな」
そして俺たちの横を通り過ぎざま、「化け物どもが」と吐き捨てて去っていった。
なんだ今の、オークになりそこなった人間みたいなおっさんは。
いや、人間になりそこなったオークか?
「ごめんね、2人とも。イヤな思いさせちゃって」
「いえ……あの、さっきの方は?」
「王都のお偉いさん。時々やってきて、ありがた〜いお説教をくださるのよ」
「ギルドの監査役の役人ってとこスか?」
「タクミ君って、他の世界から来たっていうわりに、やけに詳しいわね」
「ども」
わりとよくある設定ですから。
「なんか、アタシたち、あんまり良く思われてないみたいでしたけど」
「世の中、いろんな考え方の人がいるってことよ。あー、お茶がおいしい」
俺たちを気遣ってか、ラウラさんはそれ以上話さなかったが、だいたいは察しがついた。
ようするにあのおっさんは、俺たちを危険視して拘束しろだの何だのと騒ぎ立てていたわけだ。
まぁ、実際俺たちは歩く大量破壊兵器みたいなもんだから仕方ないけど。
「さて、本題に入りましょう」
ヤンさんは、見覚えのある焦げた布を見せてきた。
「あれ? それって……」
「はい。先日ロキシィさんが古代遺跡から持ち帰った布です。念のため分析したところ、たいへん興味深いことが分かりました」
続けて机に置いたのは、預かってもらっていた黒表紙の本――黒の書だ。
「この布と黒の書の表紙は、同じ素材で作られていたのです」
「え………?」
古代遺跡から出てきた布が、黒の書の表紙と同じ?
「見ていてください」
ヤンさんは、焦げた布を黒の書の表紙に添えた。
すると布はぴったりと表紙に張り付いた。
逆さにしても落ちない。
「この布はラピダス布といって、魔力を加えると、布同士が引き合う性質を持っています」
「磁石みたいなもんスか?」
「そうです。古代文明ではこの性質を利用して、箱や壺のフタとして用いられていたようです。この布も同様でしょう。もっとも、今では蓄積した魔力がほぼ失われているため――」
布を手に取り、黒の書からベリッと剥がしてみせる。
「この通り、力づくで剥がすことができます」
「じゃあ、黒の書が開かない理由って……」
「ええ。表表紙と裏表紙がいまだに魔力を有しており、強い力で引かれ合っているためですね」
ヤンさんは黒の書を手に取り、表紙を開こうとするがピクリとも動かない。
超強力な磁石でサンドイッチされているようなものか。
「盲点ね〜。表紙の素材のことまで気がつかなかったわ」
「私もうかつでした。ただ、これで希望が見えてきました。表紙のラピダス布に込められた魔力を抜き取ることができれば、書は開きます。そして中身を読めば、呪いを解く方法や、元の世界に帰る手がかりが得られるかもしれません」
太刀川はたちまち目を輝かせた。
「そ、それで抜き取る方法って?」
「それは分かりません。何しろラピダス布は、何百年も前に作られなくなっていますから」
「……そ、そうですか………」
一転、肩を落とす。
感情がジェットコースターしとる……。
「だからね、ジュンちゃん。それを貴方たちに調べてきてほしいの」
「え?」
「かつてこの布を生産していた場所――ラピダス村に行ってちょうだい。今は作っていなくても、その村にだけ残る文献や言い伝えから、方法が分かるかもしれないわ」
なるほど。
「あと、今回は彼女たちに同行してもらうから」
「彼女たち?」
俺が聞き返すと当時に、執務室の扉が開く。
げ、と思わず声が出た。
とんがり帽子に深緑の魔法衣。
ピンク髪の三つ編みを垂らした魔法使いが、そこにいた。
「タクミぃ〜、会いたかったぁ!」
ロキシィは俺の姿を見つけると、跳ねるように駆け寄り、抱きついてきた。
「な、なんでお前が……!」
「ええ〜っ? ひどぉい、せっかく超絶美少女魔法使い・ロキシィちゃんが村まで護衛してあげようっていうのにぃ〜」
「何ぃ?」
振り向くと、ラウラさんは明らかに楽しんでいる様子でニッコニコ。
「彼女の希望でね。古代遺跡のときみたいに、物理の効かない敵が出てきたら大変でしょ?」
「や、しかしですね」
「なぁにぃ、一緒にいるとドキドキしちゃう? あのキスが忘れられないんでしょ? かわいい〜♪」
「バ、バカやめろ!」
地雷原でブレイクダンスを踊りまくるロキシィ。
案の定、隣の最強チート様がすんごいジト目を向けてきてる。人を殺れる目線。
「主君!」
「わっ?」
突然の声にジト目女が飛び跳ねた。
金髪の女騎士が目の前に来ていた。
「ア、アイギスさん」
「ご無沙汰しております! この旅の任務、主君の護衛ができ光栄の極み! 一命をかけてお守りします!」
「は、はぁ………」
「あの〜、ラウラさん。ロキシィはともかく、なんでアイギスさんが?」
この人、太刀川に護衛されちゃった前科があるんですよ?
「彼女はラピダス村に縁があってね。ね、アイギスちゃん」
「うむ。あの村は、かつて我が家の管轄地でな。幼少の頃に何度か父について行ったことがあり、旧知の者もいる」
「そういうわけで、案内役をしてもらうことにしたの」
結構顔の広い人なんだな……にしても。
「ねぇねぇ、タクミぃ♪ 村は遠いから今度の旅はお泊まりになるんだって♪ 一緒に寝ようねぇ♪」
「主君! ならば私も主君を寝所を共にしてお守りします!」
「………(ジト目)」
……この旅、いやな予感しかしねぇ。




