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第1話 星野拓海はストレスフリーに暮らしたい

 転生チートに悪役令嬢、ざまぁ系に現代ダンジョン。

 web小説の人気ジャンルは数あれど、どのジャンルの主人公になりたいか、と聞かれれば――俺は断然スローライフだ。


 世界を救う使命とかドロドロした人間関係とか、そういうのはパス。

 小さな畑を耕して、昼間は釣りをして、夜は囲炉裏で干物をあぶる。

 いいよね、そんな人生。


 好きな言葉は無病息災、好きな英語はストレスフリー。

 小学校の卒業アルバムの将来の夢の欄に「定年退職して盆栽づくり」と書いたあたりから、うちの親もこいつはなんかおかしいと気づいたようだが、すまん、父よ母よ。もう修正はきかん。


 そんなわけで、今日も俺は屋上で一人、寝そべって青空をながめる。


 星野(ほしの) 拓海(たくみ)、高校2年生の春。


 懐から昨日出たばかりのラノベ新刊を取り出し、あお向けでページをめくる。


「ねぇ、星野君」


 ぽかぽか陽気の昼休みに青空をながめながら趣味に没頭する。これほど幸せな時間があるだろうか。

 このまま空気と同化して消えてもいい。


「星野君!」


 突如、頭上から降ってきた手が本を奪い取り、現実へと強制ログインさせられた。

 

「うおーい! 何すんじゃい!」


 起き上がったその目の前で、スカートのすそがひらりと揺れた。

 

 一人の少女が立っていた。 

 セーラー服に、後ろで束ねた長い黒髪。

 白く小さな顔に、吊り目がちの気の強そうな瞳が怒りをたたえていた。


「なんだ、太刀川(たちかわ)か」

「なんだじゃないでしょ! 屋上は立ち入り禁止だって、何回言わせんの!」

「お前も入ってきてんじゃねぇか」

「あなたを取り締まるための委員長特権よ!」


 立ち上がると、頭半分低いところから、人差し指をズビシと鼻先に突き付けられた。

 やめれ、穴に入る。


 太刀川 (じゅん)

 同じクラスの委員長で、見ての通りのカタブツちゃんだ。

 言うまでもなく、俺を目の敵にしている。


 昼休みの屋上で強気系女子に罵倒されるなんてどこのラブコメかと思うシチュエーションだが、実際やられてみろ、うっとおしいぞ。


「少しは大目に見てくれませんかねぇ、ダンナ。ほら、この焼きそばパンでここは穏便に」

「このアタシにワイロが通用するとでも? 臭い臭い、小物犯罪者の匂いがプンプンするわ」


 なんて言い草だ。

 マジメでいい奴だとは思うんだが、ちょっと度が過ぎてコースアウトしてる感じがある。お前、クラスで『校則テロリスト』って呼ばれてるの知ってるか?

 

 太刀川は俺から強奪したラノベの表紙に目を落とした。


「『盆栽作って500年、気づいたらジャングルになってました』……何これ?」

「知らんのか。100万部突破の大ヒット作だぞ」

「ライトノベルってやつ? オタク〜。まさに犯罪の温床ね」


 ……お前、いま全ラノベ読者を敵に回したぞ。


 ドサッ。


「ん?」


 重い音に、俺と太刀川は同時に振り向いた。

 すぐ足元に何かが落ちていた。


「なんだ、こりゃ」


 本だ。

 一冊の古ぼけた本。

 ちょうどハードカバー本くらいの大きさだろうか。

 拾い上げると、ずっしりとした重みが手に伝わった。

 真っ黒な表紙にはタイトルも作者名もなく、ただ四辺にぐるりと沿うように、銀細工の刺繍が施されていた。

 どことなく気味悪いというか、禍々しい雰囲気を感じさせる。


「なに、それも星野君の?」


 聞いてくる太刀川に、俺は「いや」と返し、空を見上げた。


 どこから落ちてきたんだ?

 ここは屋上だぞ。空中から出てきたわけじゃあるまいし……。


「貸して」

「どうすんだよ?」

「落とし物かもしれないでしょ。職員室に届けてくる」


 言うが早いか、太刀川は俺が持った本に手をかける。


「あ、オイ。待てって――」


 その瞬間だった。


 ヴンッ。


「――え?」


 脳内で音がすると同時に、視界が切り替わった。


 屋上の景色は一瞬にして消え去り、代わりに一面の草原が俺たちの前に現れた。



※※※


「え、え、何? どこ、ここ? どういうこと? 何が起こったの?」


 キョドりまくる太刀川を尻目に、俺は目の前の草原を見渡した。

 てっぺんから水を吹き出させる巨大な木。

 人の背ほどの高さまで跳び回る、角のついたウサギ。

 悠然と空を横切ってゆく、4枚の翼を持つ鷹。

 そして空に浮かぶ、3つの白い月。


 どこをどう見たって、地球の光景じゃない。


 ――なるほど。


 となれば、まずはこれだ。


「ステータス・オープン」


 宙に向かって唱えてみる。

 隣の太刀川がビクッと身を引いた気がしたが、そんなことは知らん。

 果たして目の前の空間に半透明のウインドウが浮かび上がる――と思いきや何も起こらなかった。


「なるほど」

「何がなるほどなのよ……ってどこ行くつもり?」

「とりあえず街だな」

「街? どこの? えっ、ちょ……っていうか、こんなことになってんのに、なんでそんな落ち着いてるの?」


 そういうお前は、なんでそんなにうろたえてんだ。

 ちょっと異世界ものを読み込んでる人間なら、カンマ1秒で状況を理解するぞ。


「いいか、俺たちは異世界に転生したんだよ」

「い、イセカイ? てん、せ……?」

「死んだわけじゃないから、正確に言えば転移だな。ただ、ここは王宮の広間の魔法陣の上でもなけりゃ、女神サマの前でもない。そしてステータスウインドウも開かない。まるっきりノーヒントだ。そんなら街に出て情報を集めるのが自然な判断だろ」


 我ながらカンペキな論理展開だ。

 さぁ、反論できるものならしてごらん?


 太刀川は圧倒されたような顔で俺の顔を見つめ、ひと言。


「……外国語?」


 なんでやねん。


 そもそもこんな長々とした説明をさせること自体がもうダルい。

 こっちはカップラーメン並の異世界小説のスピード感に慣れ切ってんだよ。

 本当だったら今ごろファーストミッションの農地開拓が始まってるところだぞ。


「わ、分かった。分かってないけど分かった。とにかくここは日本じゃなくて別の世界で、アタシたちは迷い込んじゃったってことね」

「理解が早くて何より。それじゃ改めて街に――」

「で、どうしたら戻れるの?」

「……は?」


 おいおいカンベンしてくれ。

 今来たばかりで戻ろうって発想が意味ワカンネ。

 異世界主人公が百人いたら百人とも、その瞬間、ここで生きてく決意をするもんだろうが。


「戻る方法なんか分からんし調べる気もない。一般人の発想は捨てろ」

「何よ一般人て。そうだ、アタシたち、その黒い本に触ったからこうなったんでしょ? そこに何かヒントが書いてあるんじゃないの?」

「これか? 俺もさっきから中を見ようとしたんだが、そもそもページが開かねーんだよ」


 黒い表紙の本は、接着剤でくっつけたように頑として開かなかった。

 太刀川も手に取り、力づくで開こうとするが、まるで意味をなさない。

 もともと開かない構造なのか、何かのフラグで開く仕掛けなのか。

 どのみち今考えても仕方ない。


「ほら、これで気が済んだろ。あきらめてここで生きる方向にハンドルを切れ」

「そんな……」


 太刀川は真っ青な顔でよろめいた。

 おうおう、さっきまでの威勢はどうしたよ。


「なんで……なんでよ。アタシ、さっきまでフツーに学校行ってたのに。なんでこんなことになるの……」


 昨今、こんな丁寧なリアクションとるヤツも珍しいなぁ。

 とか思って見ていたら、太刀川は突然あさっての方向に向かってズカズカ歩き始めた。


「おいおい、どこ行くつもりだよ!」

「元の世界に決まってるでしょ」

「だから戻る方法なんか知らんっつってんだろうが!」

「だから一人で探すって言ってるのよ! 心配しなくても星野君には迷惑かけないから、どーぞほっといて! あなたと違って、アタシには帰らなきゃいけない理由があるんだから!」


 マジかよコイツ。


 じゃ、いいや。勝手にしろ。

 こっちには首根っこつかんでまで連れてく義理はないしな。


 帰らなきゃいけない理由?

 テスト勉強かなんかだろ。

 はいはい、せいぜいがんばってエリートコースを歩いてくださいな。


 背中を向けた俺の後ろから、ふと、消え入るような声が聞こえた。


「……今日、弟の誕生日なの」

「あん?」 

「あの子、ずっと楽しみにしてたの。うち、母子家庭でお金なくって。去年は何にもしてあげられなかったから、今年こそはって。バイトで貯めたお金で、ケーキとプレゼント買って……パーティしようって、約束してたのに。それなのに……」


 多分、それは俺に向かって言ったんじゃなかった。

 そこにいない誰か――たとえば自分をこの世界に連れてきた、運命の神様に向かって投げかけた言葉のように思えた。


 太刀川はセーラー服の袖で両目をぬぐい、それでもキッと顔を上げて再び歩き出した。


 ――あ〜もう。


 俺はくしゃくしゃと髪をかき混ぜ、太刀川の背に声をかけた。

 

「おい」

「何よ。止めたってムダよ。アタシは……」

「そっちじゃない。行くならこっちだ」

「え?」

「よく見ろ。街が見えるだろ」


 指さした先、丘の斜面に赤茶色の屋根が連なるように並んでいた。城のような大きな建物も見える。

 1時間も歩けば着きそうだ。


「帰る方法を探すにしたって、人のいるところに出ないと意味ないだろ。方法が見つかるまでは付き合ってやるよ」


 太刀川はしばらくの間、呆けたように立ち尽くし、やがて呆けた表情のまま、


「えっと……ありがとう」

「礼なら見つかってからにしてくれ。言っとくけど保証はゼロだからな」


 別にあんなベタな身内話に同情したわけじゃない。

 このまま放置したらコイツは確実にのたれ死ぬ。

 ストレスフリーな俺の人生に、後ろめたさを残したくなかっただけだ。


「ほら、行こうぜ」

「う、うん」


 さっさとコイツを元の世界に帰して、悠々自適のスローライフを送ってやろう。

 そう考えながら、俺は異世界での一歩を踏み出した。


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