■第5話 伝承
揺れる馬車の中ですやすやと眠るアイヴィー。 そんな彼女の姿を見つめた後、アズはふっと顔を上げて窓の外を眺める。
王都に近づくにつれてぽつりぽつりと建物が見えはじめた。
__【王都メフィス】
その昔__…無の水から突如現れたとされる神と、その子らによって生まれた広大な大地があった。
そこに繁栄した都市の一つである王都メフィスは、別名【機械の都】と呼ばれ多くの機械技術師を排出した。
周りの村や街は王都から配属される機械技師や治癒魔術師の助けを借りて生きており、また王都内にあるギルドは各地から冒険者として依頼を受けたり仲間を探すため人々が集う大規模な交流地点となっている。
古くからの言い伝えによれば、この世界は元々【空】と【地】の概念はなかったが二柱の神によって今の形をなした事により、空には神の加護を受け治癒能力が発展した空中国家が。
今人々が暮らすこの大地より更に下には、魂を奪い閉じ込めてしまう冥府の国が存在すると言われている。
その言い伝えは全国共通でほとんどが御伽噺のようなものではあるが、この機械技術の国においては治癒の力という非科学的な物を与えたのはその神のおかげだと信じてやまないものは少なく無い。
しかしながらこれ迄、空と地、そして冥府__それぞれの世界に存在する者と接触したという話は出たことがなかった。
__数ヶ月前。アイヴィー……その人が現れるまでは。
____
「アズ、少しよろしいですか?」
深夜。
扉を軽くノックする音の後にソラの低い声が響く。
いつもはのらりくらりと生きている彼の真剣な声色にアズは「ほいよ」っと椅子から立ち上がると急いで扉を開けた。
「どうしたよ、ソラ氏……って、え?まじでどうしたよその人!?」
開けた扉の前には白く美しい少女を抱き抱えて困ったように首を傾げるソラの姿。
困惑するアズの横をするりと抜け、部屋に入るとそのままベッドへ少女をおろし青年が振り向いた。
「今日は夜空が綺麗でしょう?アズ。
だから眺めていたんです。ぼーっと。
……そしたら白い光が落下してきまして……追いかけて森を抜けた先の、古い村の跡地のような場所で倒れていたのですよ、彼女。」
来てください。と手招きされ静かに寝息を立てる少女におずおずと近づき改めてその姿を見てアズは思わず息を飲んだ。
「……この姿、って……うっ…ッ!」
ズギンッ…!
瞬間、頭に激しい激痛が走り思わず呻き声が漏れた。
ザーザーと砂嵐の様な景色に、一人の男性が嬉しそうに歩み寄ってくる姿。
くずおれて動かない少女の姿。
機械まみれの部屋、ぶくぶくと泡立つ容器とその中に映るなにか、世界が、全てがぐるぐると回って浮かんで消えてゆく。
移り行く世界で、透明な、海の底のように美しい怪鳥の赤い目と視線が交わる。
「アズ!アズッ!!しっかりしてください!」
「ぅ、はっ……!はぁっ……ッはぁッ……!今の……どこかで……」
アズはソラに凭れる様に膝から崩れ落ち、床に汗がパタタッと流れ落ちた。
それでも、ベッドの上の少女から目を離せない。
いや、正確に言えば__
少女の赤い瞳がアズを捉えて離さなかった。
「お前、はぁっ……はッ……、天空人か……!!ッはッ、……はぁ……!」
少女は何も言わない。
が、アズの言葉を聞いたソラはすくりと立ち上がり、申し訳ございません。と一言かけたのち彼女の瞳を布で覆い隠した。
「わ、たしの……」
布で視界を覆われた少女は少しふらふらと身体を揺らしたのち、ぽすんっとベッドへ倒れ込みそのままスー…スー…っと静かな寝息を立て始めた。
「…‥アズ、今のは‥‥」
「んん‥‥、‘’みられた"。言い伝えは本当だったのか……」
アズはちょっと調べ物、っと立ち上がり自室を後にし、家の地下へ向かった。
なんの変哲もない壁にマナ工具をかざすと小さな鍵へと変貌し、壁に向かって鍵穴を開けるように動かすと、ずずずず…っと低く重い音と砂埃を立てて壁が開いた。
「知識は裏切らない。……師匠の言葉、やっぱすげーわ。」
目の前に広がる本の山々を前に、上がる口角をそのままにアズは本をひたすらに読み漁る。
その本たちに書かれている伝承には先程見たような光景を示唆する記述は一切なく、アズは首を傾げた。
(……おかしい。俺の知識や記憶の源は師匠から与えられたものか、この本の山位のはずだが……。
天空人が"観る"のはその対象の持つ知識、あるいは記憶のはず……、例外があるということか?あるいは__…)
__…俺が覚えてないか。
まさか、そんな。ああでも、赤子の頃の記憶だとしたら……と軽く首を捻る。
夜明けを知らせる鳥のさえずりが聞こえ始める頃には、アズは本の山の中で気絶するように眠りについた。
__…