■第1話 夢の先
「__この力を使って、君を…」
懐かしい夢を見た。
モヤかかった人……口元が動くのを辛うじて視認できる程度ではあるが、目覚めた時の気分はどこか懐かしさと高揚感、そして少しの物悲しさで満ちていた。
しかしながらハッキリとした声に、目覚めたばかりの青年の心臓はドクンドクンと激しく脈打っていた。
「……今のは、……?」
青年は長い髪をわしわしと掻きながらうぅんと唸る。
青年__アズは治癒魔術師である。……と言ってもそれはあくまで自称であり、彼に出来る治療といえば薬草を用いた薬術しかない。
彼の本業は、マナ工具という自身の意思で自在に操れる工具を用いた機械技師だ。
……ではなぜ治癒魔術師を自称しているのか?
それは、己の師がそうだったからである。
育ての親でもあり、薬術の師でもあるその人はいつもフラフラとどこかへ消えては気まぐれに現れる……そんな人だった。
そして、先程の夢の人だ。
目元が隠れるほどの深いフードを被り、いかにもな風貌であった彼の師は、すらりと高い背に、優しい声、ふわりと微笑む口元が印象的な魔術師であった。
「んえぇ〜……俺師匠とあんな会話したっけか?
全然記憶にねぇなぁ……。……夢っつーのは情報の整理だっけか?なんかするんだってーのは聞いた事あったけどよ……」
まぁいっか、っと脳内で呟くとふあぁ……っと大きな欠伸を漏らしながらベッドから這い出る。
そして散らかった部屋の隙間を縫って玄関の扉を開けた。
広い丘の上にぽつり立つ木で出来たこの家は、一人が好きな青年にとっては絶好の"隠れ家"であった。
澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込み、傍を流れる川でバシャバシャと荒く顔を洗い、長く伸びきった赤い髪を結うと、自身で栽培している薬草の葉を摘み取る……これが彼のルーティーン。
「えーっと……確かダンにヘリュー、エリスの薬がいるんだったか。ふぅん…最近やたらと体調悪い奴が多いみてぇだな……。
あ、後あれだ。確かエマの脚見てやんなきゃだ。まぁたぶっ壊したのかねぇ、あのやんちゃっ子は……。」
グツグツと煮たつフラスコの中の液体を横目にみつつ長いため息を吐く。
この隠れ家のある丘、その近くに存在する村……エアド村とは長くの付き合いがある。
そのエアド村のほぼ専属治癒魔術師として一週間に一度、訪問治療件本業の機械修理も行っているのだ。
彼がここに居座り薬を作り続けていたのは、一種の恩返しだ。
というのもアズが過去、一人彷徨い歩いていた時に助けてくれたのがまさしくこの村の人々と師匠なのである。
エアド村は小さくはあれど皆心豊かで優しく、アズを見かけては果物やパンを分け与えてくれた。
村を走り回る子供たちはやんちゃ盛りか、アズは村に行くたびに体力のほぼを子供達とのかけっこに消費してしまう……そんな、優しくも明るい村である。
街や王都ともなれば【専属の治癒魔術師】が必ずと言って存在するが、こんな小さな村では到底そんな人は現れない。
(__いや、正確に言えば"現れていたのかもしれない"が、俺がいる為居着かないというのが正しいか。)
繊細な細工のされたガラス瓶に、抽出された薬を注ぎ蓋をする。
そこに手書きのネームプレートを付ければいつもの薬の出来上がりだ。
精製法は完全な魔術方式では無いにしろ、師が畑近くの地脈にかけた魔術のお陰でそこらの薬草よりも効果は出る。
流石としか言いようがない。
「……ほいじゃま、行ってきますかね。」
薬瓶の入った木箱を抱え、マナ工具を肩に引っ掛けるとアズはエアド村へ向かうため家を出た。
___…