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第9話 デート




それはリアンとヴァハルの正式な婚約発表を行う夜会まで、残り三日を切ったころ。


「城下町にキャラバンが来ている」

「また急ですね」

「デートをしよう、リアン」


恥ずかしげもなく誘う姿に、一瞬「調査の類か?」とリアンは思った。

ヴァハルは唐突にリアンの前へと姿を現すのはいつものことで、使用人の方が驚いているぐらいだ。

「いつになく急だな」と思いながらもリアンは頷いた。


「たまにはいいかと思って。いつもは城内でしかデートできていないから」

「あれってデートだったんですか……」

「それに外に出ることも大事だから」

「原因はあなたなんですけどね」

「む、それは言わない約束だろう」

「そうでした」


少し拗ねたような表情のヴァハルを見てリアンは笑った。「む、」なんて言うとは最初思わなかったのに、いつの間にか絆されていたらしい。

彼もずっとリアンを王宮内に閉じ込めていることに何か後ろめたさがあるのか、気にしている様子であった。


「服装はどうしましょう」

「変えなくても大丈夫だ。その代わり——、」

「これは?」


ヴァハルが差し出してきたのは華奢なデザインのネックレスであった。


「魔力や姿に対する認識を変換するものだ。君は今、その、僕の魔力をたくさん纏っているから……、」

「照れないでください。つまり姿形を城下町の人々に合わせても魔力でバレるってことですね」

「そうだ。それに竜人の中には鼻がきくというか、勘の鋭い者も多い。匂いも含めて変換できる魔法道具が必要となる」


他国に流れれば軍事利用待ったなしの代物だ。実際、この国でも使っている可能性は高いだろう。

リアンは神妙な顔つきで渡されたネックレスを手のひらに置いた。


「……なんですか、この複雑怪奇な魔法式は」


華奢で、シンプルなネックレス自体に重さはなく、むしろ身につけていることを忘れそうなぐらいだが、編み込まれている魔法式に一度目を向けると目眩がしそうになった。


「僕が作った」

「そんな気はしていました。理路整然としているはずなのに、なんというか、こう」

「怖い?」

「いえ。馬鹿の詰め合わせセットみたいで」

「ばか……初めて言われた」

「あ、違いますよ。褒めています」


むしろよくここまで軽量化できたものだと、リアンは感心していた。何重もの魔法式を構築し付与するとなると、どうしても形も質量も大きくなり、重くなる。

それが一切ないのだ。驚きを通過して、賛美を通り越して、もはや笑いと呆れが出てくるほどである。


「これは量産しているのですか?」

「していない」

「? どうしてですか」

「初めて作った。でも僕以外に作れるとは思えない。こういった類の物で他人の手の垢がついたものを、番には絶対、身につけてほしくないから」

「そうですか」

「……君のその性格。僕にとっては好都合だけど、いくらなんでも潔すぎないかな」


たまに心配になるよ、と言いながらヴァハルはリアンの手のひらからネックレスをそっと受け取り、後ろへと回った。


「潔い?」

「それとも自分自身への関心が薄いのかな」

「関心は……あると思います」

「そう。髪の毛、少し上げてくれるかい?」

「わかりました」


代わりに行おうとした使用人を目線で止める。

リアンはおろしていたダークブルーの髪を、首元が見えるまで手で押し上げた。

実戦でもそうだが、首を晒すことはあまりないからか落ち着かない。


「ヴァハル……? どうしましたか」


金属の鎖がわずかに揺れ、控えめな音を立てた。

背後に回った彼は、首元に手を伸ばす。その動きはためらいがなく、けれど丁寧で——リアンは自分の呼吸が浅くなっていくのを自覚していた。


ひやりとした金属が、肌に触れた。緊張のせいで余計に鋭く感じる冷たさに、小さく肩がすくむ。続いて、ヴァハルの指がネックレスの留め具を探す。指先がほんのわずか、うなじに触れた。

それは、冷たい金属とは違う、静かな熱を伴った感触だった。


「……っ」


言葉にならない息が漏れた瞬間、


「ダメだよ、リアン。簡単にうなじを晒しちゃ」


耳元で囁かれた低い声が、肌のすぐそばを滑るように落ちてくる。

その声音にはどこか愉しげな揺らぎがあり、同時に、どこか切実な温度があった。

リアンは、反射的に髪を下ろそうと手を動かしたが、ヴァハルの指が優しく肩に触れ、それを止めた。


「……でも、嬉しい」


その言葉に、彼女は目を伏せたまま、胸の内で小さく何かが溶けていくのを感じていた。


満月の夜まであと——。







城下町の熱気は凄まじい。

道を3歩進めば必ず屋台や店主から声をかけられる。

一種のお祭り騒ぎに、リアンは「なぜ今まで気づかなかったのだろう」と王宮にある竜帝居住区の静けさに驚いたぐらいだ。


「世にも珍しい砂金をあしらった物だよ!」

「名物のコブ肉だ、よってってくれ〜」

「真珠の耳飾りはいかが?」


色とりどりの特産品がずらりと並ぶ道を抜ける。いくら魔法具で偽装しているとはいえ、動きづらい服装ではなくリアンは軽いドレスを着ていた。

淡い白の生地に、ほんのりと光沢のある薄水色の刺繍が施された、春風のように柔らかい印象のワンピースドレス。袖口は控えめに透ける素材で、風にふわりと揺れるたび、街の空気によく馴染んでいた。髪も普段よりはゆるく結い、顔立ちが穏やかに見えるようになっている。


ヴァハルも合わせたのか、いつもよりは控えめな服装をしている。濃い灰色のシャツに、細やかな模様が織り込まれた黒のロングジャケット。シルエットはすっきりとしていても、素材の上質さが隠しきれない。二人の腰元にはいつもの剣はなく、代わりに細い飾りベルトだけを巻いていた。


使用人と役人たちは最初、猛反対したらしいがヴァハルが少しだけ眉尻を下げると二言目には「わかりました」の声がするりと出ていたらしい。どうやら例年通りのやりとりらしかった。

竜帝がいくら強いといえども、さすがに一人での城下町は反対されるらしいが、何も言わずにフラッと出て行かれるよりかはマシ、という結論に毎回至るという。

それを聞いてリアンは「愛されているな」と思いながら、彼の横顔を見上げた。


「おうおう、兄ちゃん。ここがどこのシマかわかってんのか、あぁ゛!?」


所詮、現実逃避である。


「金目のもの全部置いてけ……そこの女でもいいぜ」

「そりゃあいい。楽しみが増える」


リアンは頭を抱えたくなった。「ここまで典型的なものも久しぶりだ」と思いながら。

それにしても妙だ。街中で見てきた人々と何かが異なる、些細な違和感。リアンは首を傾げた。


「おい、早くしろ」


危機感をあまり感じ取っていないリアンとヴァハルの様子に痺れを切らした男たちが唾を地面に吐いた。脅しのつもりなのだろう。彼らはすでに武器を構え始めていた。


「あ……もしかして、」

「気づいたか」

「竜人、じゃない?」


そう。彼らの野生味ある服装から覗く皮膚のどこにも竜人特有の「鱗」がないのだ。

満足したように「そうだ」と言ってヴァハルは頷いた。


「コイツらは自らをこう名乗る」

「チッ、さっきからごちゃごちゃ何話してんだ! ぶっ殺すぞ!」

「——裏商人、と」


ヴァハルの目がギラリと光った。嫌悪感に満ち溢れた、殺気の隠しきれていない目をしている。

その横顔を見て、リアンはいつも持っている剣がないことを思い出し「ふーん」と呟いた。


「盗人の方がまだ謙虚ですね。制圧しますか」

「……いや。いい」

「逃げる、ということですか?」


別に剣がなくともこんなゴロツキ片手で伸ばせる、という確信からリアンは戦闘体制に入ろうとしていた。

魔法道具がなければ釣れなかっただろう。

だがそんなリアンを、ヴァハルはそっと止めた。


「違うよ、リアン……デートの続きといこうか」


ヴァハルが指したのは明るいキャラバンの方向ではなく、薄暗い路地とゴロツキの男たち。


「……こんな物騒なデートのお誘いは初めてですよ」


リアンはどこか嬉しそうに笑った。

目を細めながら、指先で袖口の留め具をそっと緩める。風に揺れたドレスの裾が、彼女の軽やかな一歩とともにひらりと舞った。




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