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第8話 番




リアンは王妃教育の合間を縫って取材を受けていた。


大衆新聞紙の王室担当と聞かされているカメラマンが魔法でフラッシュをたく。あまり普及していないらしく精密さも高いらしい。

それに取材も彼、いや彼女一人だ。ヒールを履いているとはいえ、リアンは久しぶりにヴァハルよりも背の高い人を見た、と感心した。


「リアン様、いい笑顔ですわ〜!」


笑顔が引き攣る、というのは何度か経験がある。

王宮の近衛兵ををしていたら誰もが通る道だろう。華やかな笑顔の裏で、人をいなし誘導することも必須のスキルだ。


「写真撮影とインタビューへのご協力、ありがとう。竜帝陛下はちっとも笑ってくれないよ。今度二人で撮る時は笑顔の写真を使わせてもらうわ」

「彼は笑うだろうか」

「番なのでしょう。番のためなら命も惜しくないって言ってる人を何人も見てきたわ。ニコッと笑うくらい朝飯前よ」


よほど肝が据わっているのだろう、記者の態度は一貫していた。

リアンがこの国に来て気づいたのは、竜帝ヴァハルのことを国民はあまり恐れていないことだ。周辺諸国にはその名が広がっているというのに、使用人も静かな行動を心がけているとはいえ目に恐怖の色はなかった。


「私、インタビューの前に必ず王宮の使用人に声をかけるの。口々に竜帝陛下が公務以外の時間を作るようになったって言っていたわ。……運命の番っていうのは本当みたいね」

「あの、」

「何かしら」

「番って、結局なんでしょうか?」


リアンの純粋な疑問符に記者は手のひらを揃えて口元を隠した。


「あっら知らないの」

「はい。あまり」

「あら〜そう、えっと、怖がらないでね?」


記者は周りに人がいないことを確認しながら、こっそりと耳打ちをした。

ただならない様子にリアンは「言葉の割に、そんなに恐ろしいものなのか?」と内心不安になる。


「番っていうのはね、魂の片割れ……つまり、生涯でただ一人、結ばれるべき存在ってことなの」

「……生涯」

「ええ。それはもう、契約でも縁でもない、もっと根源的な繋がりよ。竜人族にとっては、血よりも深い絆だと言われてるわ」

「……正直、実感はないです」


ぽつりと零すと、記者はにこやかに笑った。


「大丈夫よ。たぶん竜帝陛下も、最初は実感を伴っていなかったと思うわ」

「それは……本人に聞いたんですか?」

「ふふ、秘密よ。でもね——」


記者は声を少し落とした。


「あなたの名前を口にした時のあの目、あれは本物だった」


リアンの胸が、なぜか少しだけ熱くなる。


「……お話できてよかった」

「ええ。お付き合いありがとう、リアン王妃様」


そう言って記者は魔法カメラを肩にかけ、深く一礼した。リアンもつられるように頭を下げる。

ふと、ふたりの間に風が吹いた。

遠く鐘の音が響く。王都の夕刻が、静かに訪れようとしていた。







一方その頃、会議室。

そこは前にも進めず、後ろにも引けぬ戦いが繰り広げられる場所である。

婚約を発表してからリアンだけでなく、国の中枢機関の重鎮たちも同じく缶詰状態であった。


会議室では腕を組んで顔を顰めるもよし。

指を向け糾弾するもよし。

書類を握りつぶすのもよしの修羅場である。


会議室には年若い者から、いわゆるご意見版のようなご老人方があーでもない、こーでもないと言いながら肩を並べて座っていた。

常であれば粛々と進むことが多いが、今回ばかりは違っていた。


「王よ」

「いかがか」

「陛下!」


このように、会議室にはなぜか白熱する老兵士どもが揃っているのである。

なまじ戦乱を生き抜いただけあって体力だけは有り余るほどで、身振りも大きければ声もでかい。

唾を飛ばしあう様は見ていてあまり気持ちのいいものではないが、国を思う気持ちは高い者たちの集まりである。


「例の湖の向こう側の王からの書状。あれでは認めぬと言っているようなもの」

「こちらの王もです。どの王族も陛下に自国の令嬢を嫁がせたい一心で訳のわからぬことを」

「そもそも番のなんたることを知らぬ人間が」

「ま、儂らも人間の血は入っているがな」

「番判定の感覚って割と個人差でますよね」

「唯一の救いはリアン様の故郷である隣国の王が快諾した点のみですな」


番という本能が強く出る者もいれば、限りなく人間に近い反応の者もいる。

特に年齢のいった者ほど、時代もあるのだろう、竜人の血が濃ゆく出ている。

戦乱を生き抜いた将なぞ、その典型だ。


「盛り上がっているな」

「あの人らにとって陛下は孫息子同然だからなぁ」

「かつてないほどの団結力」


驚くべきことに、普段はやれ「現状をわかっていない」、「経験ではなく過去から学ぶべきだ」、「枯れ木め」と揶揄される重鎮方が珍しくも味方についたのである。

ちなみに彼らも「改革が全てうまくいくと思うな!」、「外交のことを考えろ」、「礼儀を知らんのう」とすぐさま言い返し張り合うので、五十歩百歩である。

政策に関しては舌戦を繰り広げるのだが、現状、これまでにないほどの一枚岩が出来上がっているのである。


「お前たちの意見はわかった。賛同に感謝する」


ヴァハルが静止するように手をあげる。その動作だけで、頭に血が昇っていたかのような、まるで発作を起こしていたように怒りに満ちていた老人たちが黙った。

その様子に「おぉ」と比較的若い文官たちが感心する。

普段であれば「えぇい、若造は黙っておれ」と頭に血の上った者がヴァハルに向かって不敬罪まっしぐらの発言をするというのに。しかしその不敬ですら許されるのがこの会議室の利点であった。


「他国の反応に対して忌避感を示す者も多い。だが理解を得なくてはならない、息のし辛い世になったのも事実だ。人は我々の習性を傲慢だというが、これが平和の証拠であるならば、我が半身にとって安心できる環境を作るのも番の務め……そうだろう?」


現在、竜帝のおさめる国は人間と竜人の混血が多く、ある種の分断期でもあった。

実際、純粋な竜人族はとうの昔に滅んでおり、現在「竜人」と呼ばれるのは、血の濃淡に程度はあれど竜人族と人間との間に生まれた人々の末裔のことである。

竜人は体の一部に鱗があるのが特徴だ。一昔前に「鱗狩り」が流行ったこともあり、外へと飛び出す竜人はあまりいない。それゆえに国民は外との関わりに対して敏感なのである。


それを変えるのが今、というわけだ。

ヴァハルの言葉に会議室にいた者たちが頷き、ある者はサラサラと何かを書き、ある者はすぐさま指示を飛ばした。


「関係各所に最大限の根回しを。そして取り急ぎ隣国へ使者を派遣しろ。嫁がせようと画策していた王族にはそれとなくお見合い話を流しておけ」

「かしこまりました」

「美談を流しましょう」

「ではそれと同時に醜聞も流すといい。美談はゆっくりと広がるが、醜聞は毒の回りよりも早い」

「歌劇はどうだ? 人は、特に他国は”番”という未知のものに好奇心がある。それを利用して陛下と番様のろまんちっくらぶすとーりーとやらを流布させればいい」

「盤外戦術か。いいねぇ、血の流れない戦は」


誰かが「はい、解散」と言ったわけでもないが、それぞれが忙しなく動き出す。

二言目には「戦争だ!」と言っていた血の気の多い連中までもが。

ヴァハルのはるか後方でで会議室の様子を眺めていたクシュは「すげー」と呟いた。


すると不意に、「それに、」とヴァハルが口を開く。


「僕の番の可愛さを知れば……まぁ、黙るだろう」


忙しなく動いてた音が消えた。

この場にリアンがいれば「何言ってんだコイツ」という顔をしたあと「そんなわけあるか」と叫んでいるだろうが、あいにくと彼女は王妃教育の最中である。

あの「番? そんなこと今はどうでもいい」と冷たい目で何度も呪詛を吐くように政務に打ち込んでいた王が、竜帝が、爆弾発言をしたからである。


ひらひらと、誰かの書類が手元から落ちた。

目を点にした者が多数を占めていた。

すると照れたように番を持つ者たちが、次々と口を開く。


「……ふむ。まぁ番という存在は愛らしいですからな」

「むしろ王よ、よくぞ人前に出そうと決断なさった。あなたほど血の濃い方には辛いことでしょう。寛大な心に敬意を」

「わかるぞ。儂も番を人前に連れて行くなんて嫌だったわい」

「そうか? 私は見せびらかしたい派だな。牽制もできる」

「お前は割と少数派だろうに」


何を思い出したのか鼻をこすりながら番トークを繰り広げ始めた。

会議室にいる者たちは揃いも揃って竜帝ヴァハルに対して甘いのである。

何せ自分の孫世代と同じぐらいの、それこそ書類を両手で持っていた頃から知っているからだ。


皆一様に、口を揃えて「わかる。番っていいよな」と言うのである。

普段どれほど議論で罵り合っていても、である。

普段、誰にも惚気ないくせに、である。


会議室全体を見て、後ろに控えていたクシュが遠い目をする。


「俺らの竜帝陛下がとうとうおもしれー王様になっちまった。どう落とし前つけてくれるんだよ、リアンのねーちゃん」


ぽつりと呟かれた言葉を拾う者はいなかった。


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