初めての違和感
放課後の陽が少し傾いた頃、山元綾子は妹の宏美と一緒に、近所の大橋浩二のアパートへ向かっていた。綾子は白の半袖体操服を着て、襟付きのハーフジップを軽く開けている。裾はエンジ色のブルマにきちんと入れ、その上にエンジ色のジャージズボンを重ね履きしていた。額に汗がにじんで、おさげにした黒髪が少し揺れる。白のリブハイソックスと紐付きの通学靴が、歩くたびに小さく音を立てた。隣を歩く宏美は薄いピンクのスカートに、白いTシャツを合わせていて、軽い足取りで鼻歌を歌っている。
「ねえ、お姉ちゃん、浩二君今日も何か作ってくれるかな?」宏美がにこっと笑って、綾子を見上げた。
「うん…分からないけど、いつも何か出してくれるよね」綾子は目を伏せて答える。浩二の優しい笑顔を思い出すと、胸が小さく跳ねる。でも、すぐに自分の細い腕や平たい胸に目が行って、「私じゃ…ね」と心の中で呟いてしまう。145センチの小柄な体が、今日も少し重く感じた。
アパートのドアをノックすると、ガチャリと音がして浩二が顔を出した。少し乱れた髪に、ゆったりしたグレーのTシャツとジーンズ。綾子より頭一つ分高い165センチくらいで、男の人にしては小柄な体格だ。
「やあ、お疲れ。入ってよ」浩二は目を細めて笑うけど、どこか落ち着かない様子でドアを開けた。
部屋の中は少し散らかっていて、ソファには畳んでいない洗濯物が乗っている。テレビの横には、空になったお菓子の袋が転がっていた。綾子は靴を脱いで揃え、白い通学靴の紐をほどく。ジャージズボンを脱いでソファの端に腰かけると、ブルマが隠れたまま膝を揃えた。宏美は床にぺたんと座り、スカートが広がるのも気にしない。浩二はキッチンで何かゴソゴソやっていて、やがて「ちょっと待っててね」と言いながら、コップにオレンジジュースを注いで持ってきた。
「ありがとう、浩二君!」宏美がコップを受け取り、一口飲む。その拍子にスカートがずり上がって、白いショーツの裾がチラリと見えた。綾子は「宏美らしいな」と思う。いつもこんな感じで、家でも学校でもお構いなしだ。でも、ふと視線を動かすと、浩二がじっと宏美を見つめているのに気づいた。
「あの…宏美、そのスカート、動きやすそうだね」浩二が少し震えた声で言った。綾子は耳を疑う。いつもなら「ジュース飲む?」とか当たり障りのないことしか言わないのに。
「うん、そうだよ!お気に入りなんだ」宏美は無邪気に笑って、膝を立てて座り直す。またショーツが覗いて、綾子は小さく首を振った。でも、浩二の目は真剣だった。いつもの優しいお兄ちゃんっぽい目じゃない。もっと…何か、熱っぽい。綾子の胸が、ドキンと鳴る。
「浩二君、どうしたの?」綾子は思わず口に出してしまった。声が小さくなって、自分でも驚く。
「え?あ、いや、なんでもないよ」浩二は慌てて目を逸らし、コップを手に持ったままゴクゴク飲んだ。顔が少し赤い。綾子は首をかしげて、「変だな」と思ったけど、それ以上聞けない。喉が詰まるみたいで、言葉が詰まった。
そのあと、3人はテレビを見たり、お菓子を食べたりした。浩二がコンビニで買ってきたポテトチップスを袋ごとテーブルに置いて、「好きに食べてよ」と言う。宏美が床で寝転がって笑うたび、スカートがめくれてショーツが丸見えになる。綾子は慣れてるから気にならないけど、浩二がチラチラ見てるのが気になって仕方ない。見てるっていうか…観察してるみたいだ。目を細めて、じっと。綾子の指が、ジャージズボンのポケットの縁をそっと触る。
「ねえ、浩二君、私のショーツってそんなに面白い?」宏美が突然言った。綾子はドキッとして、宏美を見る。妹はただ笑ってるだけなのに、心臓がバクバクしてきた。空気が一瞬、止まったみたい。
「え、いや、違うよ!そんなんじゃないから!」浩二は手を振って、慌てて立ち上がる。「ちょっとトイレ行ってくる!」と逃げるみたいに部屋を出てった。綾子はソファに座ったまま、手を膝に置いて動けなかった。宏美の笑い声だけが部屋に響く。
「お姉ちゃん、浩二君って変だね」宏美が笑いながら言った。綾子は「う、うん…そうだね」と曖昧に返す。頭の中がぐるぐるしてる。浩二のあの目。あの慌て方。いつも優しい浩二君が、なんか違う人みたいだった。心のどこかで、小さい頃の浩二を思い出す。BBQで笑ってた浩二君。あの時はこんな目じゃなかった。あの頃は、綾子も宏美も、ただの子供だった。
帰り道、夕陽がオレンジに染まる中、綾子は宏美の横を黙って歩いた。宏美はまた鼻歌を歌ってる。綾子はジャージズボンのポケットに手を入れて、生地の感触を確かめる。「いつもこうだよね」って思う。でも、いつもってことは、前から気づいてたってこと?胸の奥がざわざわして、足元の白いハイソックスがなんだか重く感じる。
「あのさ、宏美」綾子が口を開く。声が少し震えた。
「ん?なに?」宏美が振り向く。
「浩二君って…なんか変じゃない?」頭の中のモヤモヤが言葉になった。
「変って、のんびりしてるよね。優しいし」宏美は笑って、また歩き出す。
綾子はうつむいて、「うん、そうだね」と呟いた。でも、心の中で別の声が響く。「本当にそれだけかな」。浩二君のこと、もっと知りたい。知っちゃいけない気がするのに。夕陽に照らされた道を歩きながら、綾子は自分の影を見つめた。体操服の白い生地が、少し影を落としていた。家に着く頃、手には汗がにじんで、コップを持つ指が少し震えていた。部屋に戻ると、綾子は脱いだジャージズボンを手に持って、ぼんやり見つめた。エンジ色の生地が、夕陽の残り光に染まっていた。




