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 ニールとの話し合いの日がやってきました。


 時間になるとエントランスで何やら騒いでおり、聞きなれた声が聞こえます。


「男爵家が偉そうに! ニールは伯爵令息なのよ!」


「だから男爵令嬢の貴方はお帰り下さい!」


「私はニールの愛犬なの!」




「ロナン? ハインツも?」

「ああ、姉さん・・・この男爵令嬢は全然話が通じないよ」


「犬だからな、言葉が理解でき無いんだろう」


「ひどいわぁあん!」




「はぁ~・・・」

 せっかく父がチャンスを与えたのに、この男は性懲りもなく駄犬を連れてきたのです。


「ロナン、リリを連れてきて」

「分かった」


 ニールは焦った顔で私の前に進み出ました。

「ごめんねサーシャ、ヘレナがどうしても謝罪したいって付いてきたんだ。同伴は今日だけだから」


「サーシャ。私、あなたにどうしても謝りたくて。気遣いが少々足りなかったわね、ニールを許してやって!」


「・・・・・は?」これのどこが謝罪なんだか。



「私達は仲のいい幼馴染なんだわん。引き裂いたりしないよね? ね?」

 ワンワンとウザイのよ。ちゃっかり買ってもらった私と同じイヤリングまでつけて、よくも私の前に現れたものです。


「コホン、ニール様、話が違いますわ」

「すまないサーシャ。ほら、ヘレナは馬車の中に戻って待ってて。僕達は大事な話があるから」


「そんな~ 私も一緒にお話ししたいわ」

 この駄犬が「待て!」をするわけ無いでしょうに・・・



 その時です。「ワンワン♪」と愛らしいリリの声が。


「え? 犬・・・サーシャ、君の家に犬がいるの?」

「ええ、今日は紹介するつもりでしたのよ」


 嗅ぎなれた香水の匂いに惹かれリリが走ってきて「ワンワン(オヤツ頂戴)」とニールの周りを駆け回っています。


 一か八かの賭けでした。亡くなったポメを思い出してニールは落ち込むのか、正気に戻るのか。



「ああ、なんて可愛いんだ。抱っこしてもいいかい?」

「ええ、おやつを用意してあるの。リリに与えてくれますか」

「そうか君はリリちゃんか。ああ、亡くなったポメを思い出すよ」


 落ち込むことなく、ニールは愛おしそうにリリを抱きしめました。


 そうよニール、これが本物の犬なのですよ。目を覚まして下さい。貴方の頭が正常に戻れば、私達は上手くいくかもしれないと、未練がましく淡い希望を抱きました。


「お嫁入りの際はリリを連れて行ってもいいかしら?」

「ああ勿論だよ。今度は死なせない、大切にするよ」


「私も大切にしてくれますか」

「ああ」

 そう答えたニールはリリを見つめたままで、やはり私への愛情は感じられません。


 リリのオヤツをニールに渡すとヘレナが吠えだしました。

「ちょっと! 何よそんな犬! ニールの浮気者!」


「浮気者? お二人はやはりそういう関係だったのですね」


「違う! ヘレナ、誤解されるような事は言わないでくれ!」

「ニールの愛犬は私だけでしょう? 私だけを愛して可愛がってよ!」


「無理だよ。このリリの可愛さ・・・・愛さずにはいられないよ」


 ニールはリリを右手で抱いて、オヤツを左の掌に乗せ「『待て』は出来るかな」と言いました。


「出来ますとも。うちのリリは優秀なんですの」


 ワナワナと震えながらヘレナは立っていましたが・・・


「ずるーい! ひどいわ、私がニールの一番なのよ!」と言うなりニールからリリを奪い取りました。

「キャン!」


「やめてリリが怖がってるわ」


「こんな犬、ポメみたいに死んじゃえ!」

 ヘレナはリリを頭上に高く持ち上げました。


「やめろ!」

 ニールがヘレナの腕を掴んで「『ポメみたいに死んじゃえ』って何だよ!」と初めて声を荒げたのです。


「だって、ニールはポメばかり可愛がって遊んでくれないから居なくなればいいと思ったのよ」


「ポメが死んだ日、君はうちに遊びに来ていて・・・・・まさか・・」


「あ・・・ちがう・・私は何もしていないわ」



「おかしいと思ったんだ、どうやって僕の知らない間にポメが庭に出てしまったのか。僕の不注意のせいで死なせてしまったと後悔していたけど・・・」


「あ・・あれはメイドの不注意よ」


「違う、今みたいに君がポメを持ち上げて・・・それから地面に叩きつけたんだろう?」


「し・・知らないわ・・・」



 ポメを叩きつけたですって?! 早くリリを取り返さなくては!


 私はヘレナの背後からリリを素早く奪い返しました。すると不意を突かれたヘレナはニールの手を振り切って私の方を振り返り────


 ガブリ!!!

 私の腕に思いっきり噛み付いたのです。


「きゃぁぁああ」

「姉さん!」

「くそっ!」


 ロナンとハインツが慌ててヘレナを押さえつけましたが、ニールは唖然と見ているだけ。本当にガッカリだわ。



「サーシャあんたが悪いのよ! お金が目当てでニールと婚約したんでしょう」


「婚約は伯爵家から申し込まれましたわ」


「うるさい、うるさい! ニールは私だけのご主人様なんだから!」




「そこまでだ!」



 エントランスに父の声が響きました。


(いつから居たのよお父様、見てないで、最初から早くこの二人を追い返してよ)



「ニール殿、約束を違えましたな、残念です。今日はお帰り下さい。この件は改めて抗議させて頂きます」


「申し訳ありませんでした」


 ヘレナを引きずるようにして、私を気遣うことも無く足早にニールは帰って行きました。


「お父様、狂犬に噛まれました」

 腕の歯型を見せると父は「サーシャ、婚約は解消でいいか?」と頭を抱えました。


「はい、治療費はたっぷりと貰って下さい」


 彼は本当に私との婚姻を望んでいたのでしょうか。何をされても文句も言わない都合のいい婚約者が欲しかっただけかもしれません。



 ***



 リリが無事でよかった。


 あの後、ニールから謝罪の訪問を受けましたがお断りしました。もう彼とは関わりたくありません。


 婚約は無事解消されて、父は次の婚約者選びに慎重です。せめて犬と人間の区別がつく方をお願いしたいですわ。



 私に怪我をさせて、ニールが飼っていたポメの死もヘレナの仕業と判明し、ヘレナはイヌスキー伯爵家を追い出されて実家に戻ったようです。


「ニールはヘレナを捨てたのね」


 継母の虐待なども嘘で、ニールを慕って家出したのが真相でした。アザトーイ男爵家も我儘なヘレナに手を焼き、居なくなって清々していたのではないかしら。


 まぁ嘘をついて、4年間も図々しく居候できたものです。



 ニールからの謝罪の手紙だけは受け取りました。


「数々の失礼な振る舞いは本当に申し訳なかった。許して欲しい」


 などと書かれていましたが、そんな些細な事は許してあげましょう。


 許せないのはニールがヘレナを捨てたことです。


 一度はヘレナを愛犬と認めて飼い主になったのです。彼女は間違いを犯したけど最後まで面倒を見るのが飼い主の義務ではないかしら。


 なんて・・・良い人ぶっても仕方ないわね。もう済んだ事だもの。


「私は最後までリリを大切にするからね」


「ワン!」




 

読んで頂いて有難うございました。

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