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「はぁ? なんだよその話は・・・イカレてるんじゃないの」
帰宅して弟ロナンに相談したら・・・返事がコレでした。
「でも心の病って理解が難しいでしょう? ニール様には幼馴染が犬に見えているんじゃないかしら」
「わかんないけどお相手は伯爵令息、こちらから婚約破棄なんて無理だしね」
「婚約破棄なんてしないわよ」
「僕はそんな婚約者はごめんだけどね」
私たち姉弟は双子のようにそっくりですが性格は正反対、悔しいけど弟の方がずっとしっかりしています。ザーケンナー男爵家の未来は安泰かも。
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なんでも最初が肝心ですわね。ヘレナには拒絶の態度を見せておくべきでした。
次に私の家にニール様をお招きしましたら、当然のように愛犬ヘレナが付いてきました。
「サーシャ! 会いたかったわん!」
会うなり駆け寄って私を抱きしめるヘレナ。顔をペロペロ舐められそうで、思わず仰け反りました。
まだ親しくも無い私にこのような態度は失礼なのですが、犬になりきっているヘレナは傍若無人、何をしても許されると思っているようです。
「・・・ようこそヘレナさん」
「『ポメ』って呼んでね。ニールの愛犬だった犬の名前よ」
「素敵なお名前なのでヘレナさんと呼ばせていただくわ」
「あら、サーシャって名前も素敵よ!」
「ヘレナ、今日は大人しくしてるって約束じゃないか・・・しょうがないな」
ニール様が「メッ!」ってしましたが、連れて来ないで欲しかったわ。
薔薇の花束を渡されたので気を取り直し、サロンにてお茶の用意をしていると「メイドはいないの?」とヘレナが尋ねました。
「雇う余裕がないのよ」
「ホント貧乏なのね、可哀そう」
「先代が多くの借金を遺したので父は苦労していますわ」
「だから、お姉さんは身売りしたのね」
これは聞捨てならないわ!
「姉は恋愛結婚ですが? 急いで式を挙げたのは母が亡くなる前に花嫁姿を見せたかったからです」
婚約を省いた姉を誤解している人は多くいますが、こんな侮辱は許せない。
「済まない、ヘレナは悪気はなかったんだ。許してやってくれないか」
「そうなの、噂を鵜呑みにしちゃったわん」
「誤解を解いていただけたならいいです」
グッと不快感を押さえ「ニール様、甘いものはどうかしら」と笑顔で尋ねると「あ、彼は食べないわよ。全部私が頂くわん」と速攻でヘレナは答えます。
「僕はお茶だけでいいよ。ヘレナの好物のケーキを用意してくれたんだね。有難う」
「このケーキは私も好きなんですよ」
「サーシャも? 私はここのケーキはもう食べ飽きるくらい食べてるわん」
食べ飽きたなら食べなくてもいいのに!
ヘレナがパクパクとケーキを食べているのを笑顔で見ていたニール様が私の方を向いて「そうだサーシャ嬢、来週オペラを見に行かないか?」と誘ってくれました。
「行ったことが無いので、行きたいです」
「ねぇねぇBOX席でお願いね。楽しみだわん!」
え、ついて来るの?
「ごめん、BOX席は無理かもしれない」
「むぅぅ・・・まぁいいけど。着ていく新しいドレスが欲しいわん」
「ダメだよ、先月も買っただろう? 甘え過ぎだぞ」
「ふ~んだ! ニールのいじわる~」
私は何を見せられているの・・・ドレスの新調など私は年に1回も無くて、全部姉のおさがりでした。
「コホン、私は普通席でいいですわ」
「いや、良い席を取っておくから予定が決まったら連絡するよ」
「お待ちしています」そう言ってケーキを食べようとすると「あ・・・」
「ん? サーシャったら全然食べないから貰っちゃったわん、えへ」
この卑しん坊の駄犬は・・・
「構いませんわ。ダイェット中なので」
「そうね後3キロ落としたほうがいいと思うわ」
「うぐぅぅう・・・」
「サーシャ嬢は今ぐらいが丁度いいよ、僕はポッチャリした女性のほうが好きだな」
失礼ね、私はポッチャリではありませんから!
ケーキを食い散らかし・・・いえ、食べ終わるとヘレナは「まだ帰らないの~?」と帰宅の催促を始めました。
「そろそろ帰ろうか。サーシャ嬢、またお会いしましょう」
「ええ、お見送り致しますわ。それとサーシャと呼んで下さいな」
「分かった。僕の事もニールって呼んで下さい」
「ニール・・・またいらして下さいね」
ニールの右隣に並ぶとヘレナが間に割り込んで「ここ、私のポジションなんだわん」と言って彼の右腕にしがみ付きました。
「では左が私のポジションでいいかしら?」
「どうぞ」と言ってニールが左腕を差し出したので、私はそっと手を掛けました。
ヘレナの不機嫌なオーラが伝わってきて、ちょっといい気味。
ふふ、ご主人様が他の犬を触ると愛犬は嫌がるのよね・・・ぁぁ!違う、私は犬じゃないわ!
*****
「あーー想像以上に酷かったんだね。まさしくワンちゃんだ。はははは」
ロナンは大笑いです。
「何よ、ニールに挨拶もしないで」
「関わりたくないよ、そんなの。姉さんはこれからどうするの?」
「どうもこうも、あんな駄犬に負けないわ」
「まぁ頑張って伯爵夫人の座を射止めるといいよ」
「ええ射止めて見せますとも!」
「言っとくけど、僕はこんな婚約は反対だからね」
何も言い返せない私を置いて、ロナンは自室に戻っていきました。
*****
それからというもの、私が黙っているのを良いことに、ニールはヘレナをどこにでも連れてきました。
約束のオペラもヘレナは私よりずっと高価なドレスを身に着けて参加したのでチョット惨めな気分になって余り楽しめませんでした。
月2回のお茶会は勿論、たまに誘われる街デートにもヘレナを連れて来るのです。
もしも二人っきりなら楽しい時間を過ごせるのに、悲しくて泣けてきます。
優先権は常にヘレナにあって、例えば・・・「私のお気に入りのカフェに行きませんか?」と誘っても「最近話題のカフェがあるの、そっちにしようよ~」とか・・・
『王立公園の大池で恋人とボートに乗ると必ず結ばれる』という伝説があるので「公園の大池でボートに乗りませんか?」と誘っても「池に落ちたら怖いからヤダ~」と邪魔されて、駄犬は私の提案はなんでも拒否。
ニールなんて「じゃぁ今度にしよう」とヘレナの意のままです。
(今度っていつなのよ?)と思いますが、何を言っても無駄な感じ。ヘレナの我儘をニールは全て笑って許しており、絶対に叱らないのです。
読んで頂いて有難うございました。




