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恋。となり、となり、隣。  作者: 雉虎 悠雨
第三章 いつも隣りに
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「ちょっとそこまで分かるわけないって、あの話し方でそこまで伝わる?」

「普通は伝わらないな」


 大翔もそれは分かっていた。汐織が周弥に疑問を投げかける。


「ゆきちゃんはそういうことも分かってるの?」

「分からない」

「でもゆきちゃんは最初から母さんと普通に話せてるよな」


 颯天に不思議そうに聞かれて、周弥はゆきに確かめたことはないが、そうだろうと思っていることを話す。


「憶測だが、ゆきさんは元来人間への興味関心が高い。恐らく幼い頃から人のことをとても良く観察していて、そこから行動の背景を推測し、理解することを無意識にしている。知識も豊富だが、それをひけらかすこともしない。本を読むのは知識欲を満たすためではなく、ただ活字を目に入れることが快楽なんだ。だから人と会話をするとその頭の中の文字列が生きた情報になるのをまた楽しんでいて、より多くの情報をくみ取ろうとしてるんだろう」


 全員の目が点になっていた。


「凄い考察」

「そこまでいくとのろけにもならないな」

「いや、もうマジで怖いだろ」

「ゆきちゃんに怖がられないように気を付けてね?」


 周弥は気も留めない。


「心配ない」

「どっから来るんだその自信」


 呆れを存分に含ませた颯天の言葉に大翔が続く。


「ゆきちゃんにだけ最上級に優しいのは知ってるけど、それだけで繋ぎ止められるもじゃないぞ」

「気を付ける」

「そうしなさい」


 大翔が重めに言うと同時に奥の廊下から子供達が走ってきた。泰三と共にアトリエに初めて連れて行ってもらっていたその手には画用紙がはためいている。


「ママー、パパー! みてみてー」


 海知が両手でそれをダイニングにいる大人たちに披露する。


「素敵!」


 母親の一言に自信たっぷりにニンマリ笑った海知は、くるりと向きを変えた。


「ゆきちゃーん、みてみて!」


 背中を見送りながら颯天がその印象を口にする。


「正月の時も思ったんだけどさ」


 汐織がその先を引き受ける。


「あれでしょ、海知がゆきちゃんにやたら懐いてるって言いたいんだよね」

「そうそう、やっぱり? 何で?」

「うーん」


 海知と一緒に戻ってきた沙茅が話し始めた。


「海知はゆきちゃんが好きなんだよ」

「え?!」

「え?」

「好きってあの好き?」

「子供にそこまで分かんないって」

「海知がそう言ってたの?」


 汐織が尋ねると沙茅は頷く。


「言ってた、ゆきちゃんだけ前の時もずっと笑ってたし、楽しそうだし、可愛かったって」


 そして周りを見渡した沙茅は大人たちに問う。


「ママたちはおばあちゃんとたちと仲直りしたの?」


 そこにいた大人全員が居た堪れなくなる。

 颯天が隣の旺輔の頭を思わず撫でた。


「うぁ、ごめんな。そうだよな、子供だからこそ空気読めるよなぁ、だからここ来てる時はずっと大人しかったんだな」


 我が子はまだ何も分かっていなかっただろうとは思ったが、それでも何か感じ取っていたかもしれないと心が痛む。

 汐織は沙茅の目の前にしゃがむとその手を取った。


「沙茅はもとから人見知りと場所見知りが酷かったから、それでかなって思ったんだけど。ごめんね。もう大丈夫だからね」


 思いが居たらなかったと深く反省しているのは汐織だけではなく、大翔もしゃがんで沙茅を抱きしめる。

 沙茅は嬉しそうに笑う。


「おじいちゃんと絵描くの面白かったからもっと来れる?」

「来れるよ、おじいちゃんもおばあちゃんも喜ぶだろ」


 満足そうに頷く沙茅はアトリエの素晴らしさを語りながら描いた絵の説明をし始める。

 颯天が周弥の隣りに立ち、顔を寄せる。


「ゆきちゃんと海知を会わせたくないとか言って、また来なくなるとかやめろよ」

「そこまで狭量じゃない」

「じゃあこれからはもっと顔を出せよ」

「検討する」

「うわ、それ来ないヤツじゃん」

「冗談だ」

「それもどっちかわからん」


 キッチンでは喜美とゆきは相変わらず和気あいあいと作業をして、その傍らに泰三と海知がいる。


「ゆきさんはご自分のお母様のことはどうお呼びかしら?」


 それまで全く関係ない話をしていたが、突然のことにもゆきはその意図は聞かない。


「母のことはお母さんですね」


 喜美との会話は始めに説明はないが話していればそれが分かるから、ゆきは話せば話すだけ喜美の言いたいことがずっと理解できた。

 ゆきの答えを聞いた喜美が子供のように目を輝かせた。


「ねえ、ゆきさん。私のことはママって呼んでもいいのよ」

「ママ……」


 思わず呟いたゆきの横に周弥がさっとやって来て、くぎを刺した。


「母さん、それは流石に駄目だ」

「そう? 隼ちゃんはママさんって呼ぶわよ?」

「隼二郎は友達だろ」

「私もゆきちゃんと呼んでも良いかしら?」

「母さん聞いてる?」

「娘が欲しかったのかい?」


 泰三が尋ねるとフフフと喜美は笑った。

 その様子をダイニングから見ていた時枝が汐織の傍で囁く。


「あんなこと私たちには言ったことないわね」


 そもそも嫁二人には健康の確認や心配、子供の成長のことくらいしか言わない。それなのにゆきには最初から少しフレンドリーだ。


「なんだろう、あれはどう解釈するべき?」

「俺にも分らん」

「俺もだ」


 その会話を聞いていた沙茅がタタタとゆきと喜美の元へ走って行った。


「どうしてママが良いの?」


 喜美は微笑んだまま小首を傾げた。


「だって可愛いでしょ?」

「うん、かわいい」


 ゆきがその様子にほっこりとしながら喜美の言葉の解釈を口にする。


「役割の意味ではなくて、あだ名みたいなことですね」


 喜美はあだ名? とさらに首を傾げる。


「母親の意味でも、スナックの店主的なママでもなくて、ただ響きが可愛いんですね」

「私ももうお母さんは卒業だから、そろそろ子どもたち以外からは違うのがいいの」


 喜美はにこにこと頷いた。

 ゆきは喜美の強さを見た様な気がした。

 もうとっくに巣立ちしている息子たちだろうが、可愛い我が子には違いない。けれどそれに依存することなく、喜美はまた未来を見ているのだと。


「じゃあぼくはきみちゃんってよんであげる」


 海知がぐっと背伸びをして、胸を張った。 


「私はおばあちゃんのままにする、その方がいろいろあって良いでしょ?」


 沙茅も名案だと言わんばかりに自慢げだった。


「ママたちはいいの?」


 喜美は優雅な微笑みを浮かべた。


「お嫁さんにそんなこと頼んだら、息子に怒られちゃうわ」

「娘が欲しかったというわけでもないんだね」

「よその大切なお嬢さんを突然娘扱いなんてしては駄目よ。息子の大切な奥さんであって、私たちの娘になりにきたわけではないの」


 驚いたのはもちろん汐織と時枝だった。

 今までどこかで受け入れられていないと感じていた部分は、そうではなく自分たちを立てていてくれたのだと今なら思えた。嫁だからなんてことも求められてはいないのだと、喜美を世間の姑という認識で捉えてはいけないと、やっと理解できた。

 ただそれはこれからどう付き合って聞くべきか新しい悩みが生まれた瞬間でもあった。けれども今までとは違い、喜美という人物をそのまま知っていく積み重ねであるのでそれぞれ旦那に聞きながら時間をかけていけば自ずと解決していけると、暗い悩みではなかった。

 そしてその発言にひっかかるのは周弥だ。


「ゆきさんはいいのか」


 今の言葉をゆきの立場で受け取るなら、拒絶されているように思えても仕方がない。実際のゆきはそんなことはないのだが、まだ結婚していないならと軽んじられているとも取れる。

 ただ、喜美にはゆきに願い出た根拠があった。


「ゆきちゃんは、まだ周弥の恋人でしょ? それに隼ちゃんがゆきちゃんなら分かってくれて聞いてもくれるからいろいろ大丈夫だって、お友達にもなってくれるって教えてくれたの」

「あいつは本当に」


 最近また顔を出すようになったらしい幼馴染に悪態をつく。


「では私は時々で変えましょうか、お母様と呼ぶ時も喜美さんと呼ぶ時も、ママと呼ぶ時もありますがいいですか?」


 ゆきには表面上のお遊びだと分かっていた。ただの呼称であって、関係性を表すものではない。要するに宮前に遊びの通じる相手だと教えてもらっていたから実行したのだろうと、ゆきもそんな遊びなら節度を持ってではあるが、一緒に楽しむ調子の良さは持ち前のものだ。


「まあ、そんなにいいの?」


 一層華やぐ表情の喜美に、ゆきはさらに付け加える。


「他にもあったら言って貰えればその時はそう呼ばせてもらいます」

「嬉しいわ、今日は喜美ちゃんにしようかしら」

「ぼくといっしょだね」


 横にいた海知も喜ぶので、ゆきは軽く礼の姿勢を取る。


「はい、承知いたしました」


 ゆきがいつかのように言えば、海知も真似をする。


「しょうちちました」

「お、海知君言えるようになってるね」

「れんしゅうした、すごい?」

「練習!? 頑張ったんだね!」

「そう! すごいでしょ!」

「とっても」

「ゆきさん、ほめ過ぎです」


 周弥の一言に当事者以外はみんなで笑った。頬を膨らませているのは海知だ。


「えぇー、もっとほめてもいいよ。ぼくもっとがんばるから」

「楽しみにしてるね」


 ゆきの期待に海知はまたとびきりの笑顔を見せる。


「はいはい、こっちもうすぐ完成するから食事にしよう」


 まさか本当にこれくらいのことで周弥が実家に寄り付かなくなるとは思ってはいない大翔だが、念のため場を収めた。

 子供二人が活発に話すようになったのもあり、食事は今までになくにぎやかに過ぎていった。



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