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恋。となり、となり、隣。  作者: 雉虎 悠雨
第三章 いつも隣りに
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 それぞれ干し終わり、すべての作業が終わったのは、ゆきが想定していたよりずっと早い時間だった。

 目雲が夕方くらいに帰ってくると思っていたので、それまでになんて思っていたゆきは、おやつを目雲とゆっくり食べることになっていた。

 目雲が淹れてくれたハーブティーを飲みながら、市販の小分けのクッキーを頬張る。


「ゆきさん、もし違ったら申し訳ないのですが」


 いつも通りさほど表情に変化はないが、心なしが気遣いながらなのがゆきには分かった。


「はい、なんでしょうか?」

「驚かせた僕が言うのも変だとは思うんですが、もしかして一人で家にいるのが苦手ですか?」


 ゆきは笑顔で首を振る。


「そんなことないですよ、音楽聴いてたからですか?」

「音楽が好きな事を疑ってはいないんですが、あまりに気付かない程だったことと驚き方が、いえ、今も少し落ち着いてないですよね?」


 ゆきは悪戯が見つかった子供の様に笑った。


「バレましたか、目雲さんはすごい観察眼ですね」


 心拍数は流石に落ち着いたが、ゆきはどこかまだどこか気がそぞろになっていて、感覚が過敏になっている自覚があった。


「ゆきさんのことだけです、あの事件のせいですか?」


 目雲ならそれにすぐ気づくだろうとゆきにも分かる。


「そこまで深刻なことではないんですよ、あの後引っ越した先でもやけに物音が気になるようになってしまったので、本を読む以外は家にいるときは一時期ずっとイヤホンするようになっていたことはありますけど、今は本当に気持ちを高めるためです。でも目雲さんが気にしてしまうなら一つ白状しておきます」

「はい」


 目雲は神妙に頷いた。


「家にいることは大丈夫なんですが、家から出る時はいつも少し気合を入れます。どちらかと言えばそっちの方が印象として強いので、ドアを開ける瞬間は少し緊張します。それも以前ほどではないですけどね」

「そうなんですね」


 目雲の固くなった返事でゆきはその心情を察知する。

 ゆきは目雲がどこか深刻に受け止めてしまうのを理解しつつも、心配されるほどではないともきちんと伝えなければと微笑む。


「ちょっとした事件なので気になりますよね、当時は一人暮らし始めたばかりなこともあって影響が全くなかったとは言えないですけど、二週間の出来事だったことが逆に良かったんだと思います。そこまで重く捉えたり、考え込む間もなく進展して終わっていったので」

「ご両親は心配なさったのではないですか?」


 当然の質問にゆきは苦笑してしまった。自分の反省を思い起こしたからだ。


「その当時は詳細に報告しなかったんです。隣の人がちょっと困った人だったから大学に相談して引っ越すことにしたというのを最初、学生課に相談に行く前に話してあったので、引っ越し先が決まった結果だけ報告して。心配かけないようにというのも少しはあったんですが、その時がはまだあまり積極的にすべてを話す必要性を感じていなかった頃で、言葉にあまり感情ものせてなかったので、メグがいうところのニコニコしてるだけって時期です」

「なるほど、ではご両親はまだ知らないのですか?」

「知ってますよ、何年かして思い出話のような感じで話して怒られました」


 その時の両親とはるきの表情は今でも鮮明に覚えている。驚愕と言えてしまうくらい驚いていた。


「ご家族の心中をお察しします」


 察せられてしまうのかとゆきは目雲にも知らず心配をかける場面があったのだろうと反省する。けれど反省だけで終わらせないのが自分の長所だと何とか持ち直す。


「はい、なので目雲さんには今の状態を言ってみました」

「ありがとうございます、その方が安心できます。他にはないですか?」


 そういわれて思い当たればもっとマシな人間になれるのにとまた苦笑に戻る。


「自分で気にしていなので、言われないと思い出せないんです。すみません」

「大丈夫です、僕が聞いていきますから」

「私も聞かれたら積極的に話します」

「僕もそうします、だからゆきさんも僕に聞きたいことがあったら何でも言って下さい」


 改まって言われるとゆきは僅かに緊張感を持った。


「が、頑張ります」


 本来のゆきは人に尋ねることは最低限で、大抵の知識は本を読めば解決するからだ。そして人にも興味はあるがそれは観察によるものが多かった。相手が話したいと思っていることについては存分に尋ねるが、言葉を使うことを意識してからはその相手が話したいと思っていることを聞ければいいのだから、ゆきが一方的にどうしても聞き出したいことがある状況はこれまでほとんどなかった。


 ただこれは目雲の誠意なのだとゆきは理解したのだ。だからゆきもスタンスを変える必要性を感じてそれを忘れないようにと思うことが軽い緊張感に繋がった。


 目雲はゆきの妙に力の入った決意を感じつつ、付け加えた。


「僕もきちんとその時の状態を伝えます、もう話せないということはないと思いますので」


 無理はしてほしくないので、ゆきも話す。


「言えないときはそれでもいいですよ。浮気の場合は別ですけど」

「そんなことしません」

「私もしないですね、目雲さんだけで手一杯です」


 目雲は苦笑しながら冗談半分で返した。


「余裕ができたら可能性もあると?」

「どうなんでしょうか、浮気する人の心理は分かりませんが、よく魔が差したとか言いますよね。今までの人生で幸い魔が差したことはないけど……」


 てっきり否定が帰ってくると思っていた目雲はゆきのあまりに正直すぎる考えに別の意味の苦笑を浮かべることになる。


「不安にさせますね」


 元カノの浮気については全く気にしてもいなかったが、ゆきがとなると何もかもが情緒を不安定にさせる。


「目雲さんを裏切ってまで何かしたいと思う人なんか探したってかなり難しいですよね。それとも全く別の思考になるんでしょうか? パートナーは自分の所有物の様な感覚で傷つけるという意識もないのか、逆に傷つけることに意味があるとか? 浮気の線引き論争が発生して複雑になるのかな。目雲さんが意味のある食事を誰か二人っきりでしたら?」


 ゆきが例えで考え始めたことを目雲も知りたくなる。


「意味のある食事ですか?」


 ゆきは思考を口に出した。 


「仕事関連は除外するとして、誕生日とか少し雰囲気の良い場所でとか、じゃあ居酒屋ならいいのか、でもお酒飲んだら意図せず盛り上がって一夜を共にする可能性も考えられますね」


 タラレバなんだからいくらでも可能性は考えられた。意図して出会ってない場合はその場の勢いみたいなものかとゆきは言う。


「ゆきさんはそんなことあると思いますか?」

「うーん、無いように思いますが、でもそれでも浮気や不倫が後を絶たないのには何かあるからではないかと、いくら本を読んで考察はできても明確な答えは今のところないんです」

「本能だからとか」


 ゆきの表情は硬くなる。


「そんな恐ろしいことありますか? いくら理性で抑えてもどんな人でもってことになって、自分さえも信用に値しなくなります。でも、この一人に一人だけって結構近代的な考え方なんですよね、宗教的な影響もあったり、国の制度的な側面とか、目雲さんが他の誰かとなんて嫌だと私が思うのも幼いころからの刷り込みなのか」


 まるで浮気を容認する心理を身に付けようとしているかのような話の流れに、目雲がストップをかける。


「現代を生きているので今の感情を大事にするので良いと思います」


 ゆきの表情がぱっと晴れる。


「さすが目雲さん、正しいです。じゃあやっぱり浮気はしないということに、私が嫌なので万が一の時は別れる覚悟で、もちろん私自身もです」


 浮気なんて面倒くさいと大好きな人を裏切ってまでする価値など何一つ見出だせてないゆきだったが、備えていれば回避できるだろうとしっかりと心に刻む。

 そして目雲に関してはもちろん信用しているし、疑わしくない者をわざわざ警戒もしなかった。


 そんな束縛心がまったくないゆきだから目雲も良い意味で安心できない。


「はい、ゆきさんの気持ちが僕から離れないように精進します」

「それは私の方が言えることですけど、いまいち精進の仕方もわからないのが問題です」

「そのままでいいですよ」

「そのまま……ですね、頑張ります」


 意識してる時点でもう違ってきていると分かっているゆきが、結局何もできないと開き直るのはわりとすぐだった。




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