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恋。となり、となり、隣。  作者: 雉虎 悠雨
第三章 いつも隣りに
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 宮前は照れくさそうにする。


「友情って言うか俺にはもう唯一の家族みたいなもんなんだ。あの時さ、出会ったのが周弥じゃなかったら俺どんな道に進んでたから分からないから。悪の道って言うの? ボロボロになってた可能性も絶対あって。だからさ、それまでないと思ってた運がそれで帳消しになるくらい最大に運が良かったんだと今でも思ってる」


 ゆきも暖かい表情で頷いた。

 宮前も一つ頷くと、パンケーキにフォークを差した。


「周弥は分からんけどね、俺が勝手に恩義を感じてお節介してるだけだから」


 そう茶化すように言ってひと口頬張った。


「目雲さんも宮前さんといるのは落ち着くようなこと言ってましたよ」


 ゆきも置いていたフォークを手に取り、切り分けたパンケーキにソースを絡める。


「そっか、それなら嬉しいな。友達作るってもう俺にはやり方が分らなくて、周弥以外は本当にいないんだよね。距離感掴めないっていうか、一緒に遊ぶなんて周弥以外としたこともない」

「誰ともですか?」


 ゆきがパンケーキを食べつつ尋ねると、宮前は大げさに頷いた。


「これが誰とも。学生時代の友人なんてもちろんいないし、仕事関係も仕事としての飲み会くらいしかないし、俺も求めてないからさ。そして恋人ともない」


 ゆきは首を捻る。


「ん? デートは遊びと呼ばないとかそういうことですか?」

「デートをしないからさ。飯食うくらい」

「大人なお付き合いなんですね」

「空気みたいな存在ってよく言ったものだよ、離れて生活してる時間が長かったのも関係してるのも知れないけど、一緒に暮らすようになってもそれぞれ好きなことして過ごしてるからね」

「宮前さんの恋人の方はこういうのは怒らないですか?」


 今更ながらゆきが心配すると、宮前が事前に許可は貰っているという。


「ちゃんと話してあるっていうか、あんまり迷惑かけないようにと言われてる」

「それって、裏を読むと会うなってなりますけど」


 払拭されない不安を漏らすと、宮前はそういう面倒くさい言動はしないタイプだから大丈夫としつつ、全く関心を持たれていないわけでもないと理由を話す。


「嫉妬してくれてる部分はあると思うけど、それは俺がゆきちゃんや周弥と深い仲になることを心配してるんじゃなくて、単純に一緒に居られる時間があいつと短い部分だから」


 それでも前よりずっと多くなったと喜びを滲ませ、ゆきに惚気けた。


「二人でいたいんですね」


 頷きつつも、宮前は今日も暇なのは恋人のせいだと愚痴る。


「そのくせ向こうが出張ばっかりなんだから、今も九州の方にいってるよ」

「一緒に暮らしてみて喧嘩が増えたりしなかったですか?」


 宮前が不安がっていたことはゆきもよく覚えているから聞いてみたが、本人は明るく返す。


「それは大丈夫だった。案ずるより産むがやすしだね」

「穏やかな毎日なら良かったです」


 宮前の幸せに暮らせているならとゆきは一安心した。

 そんな姿を見て、宮前が気になっていたことが口をついて出た。


「ゆきちゃんはさ、周弥に結婚を考えてた相手がいたことは引っ掛かったりしない?」

「一生一緒にいてもいいと思えた人がいたんですよね、そんな人を失うってとてもつらいことですよね」


 宮前はてっきり過去の相手に複雑な心境を持っているかと思って聞いたが、返ってきたのは目雲の心配で拍子抜けした。


「あ、そっちか。周弥じゃないから俺の感覚とは違うかもしれないけど、そんなに重く考えてなかったんじゃない? あいつプライベートは基本受け身っていうか、あんな風に拗れてなかったら普通に振られて終わりだったと思うんだよ」


 宮前も目雲の交際のすべてに首を突っ込んでいるわけではない。

 いちいち紹介してほしいとどちらも思っていないし、今までの目雲の彼女が宮前を知りたいと行った場合だけだったから、ゆきが例外的だった。

 ゆきは宮前の話にいまいち納得できない。


「拗れなかったら結婚していたんじゃないですか?」


 ゆきとしては過去の恋愛にまで遡って心をすり減らすのは現実的ではないと、会ったこともない相手に思うことは何もなかった。だから今の目雲だけを考えると振られる要素など見当たらない。

 逆に目雲の過去を知っているからこそ、宮前は頷かない。


「いやぁ、ないと思うな。仕事以外本当に何にも興味ない感じじゃん? ゆきちゃんとだと違うか、前はそうだったんだって。今はなんかコーヒーとかいろんなお茶のこととか研究し始めてるみたいだけど」


 最近の家での様子をゆきも思い出す。


「そうみたいです、私が仕事の時にコーヒーばっかり飲むので、寒がりなのはそうのせいかもしれないとかで良いお茶がないかと探してくれてたり、それでもコーヒーも美味しく淹れる方法とかマシーンとか調べてくれたりしてます。思い付きで道具を買ってきたりはしないのは流石だなって思います」


 ゆきが褒めている事柄も宮前にはそうは映らない。


「検討したら買ってくるんでしょ? 生活に組み込まれるってことじゃん、めんどくさって思ったりしない?」

「私が面倒さ臭いことは何一つないですから、手を煩わせて申し訳ないなとは思いますが、お抹茶を点てるのと一緒で精神統一ができるとかで大丈夫だと言われてます」

「精神統一?」

「一つ一つの動作に意識を向けることで一種の瞑想状態を作り出す効果が見込めると私も読んだことがあります」


 ゆきが茶道の動作も加えて説明すると、宮前は一気に仰々しくなったと驚いた。


「なんか凄いことしてる感だな」


 目雲の真剣さはそれくらいあるとゆきは認めた。ただ止める理由も見つからず、ゆきはただ受け入れている。


「悪いことでもないので、私は有難く美味しくいただてます」

「偏った健康志向になってるわけでもないし、迷惑かけてないならいいのか」

「私は快適になってるだけですね、目雲さんは逆かもしれないですけど」

「好きでやってるんだから大丈夫だよ。むしろいい息抜きなんだって、最近楽しそうだろ?」

「……それがちょっと分からなくて」


 ゆきが珍しく困った様子に宮前が驚く。


「え?」

「辛そうでないことは分かるんですが、いつも真剣って感じなので疲れてたらどうしようと思うこともあって」

「そっか、ゆきちゃんと会ってから周弥ずっとあんなだもんな。最初に料理作ってる時も俺には楽しそうに見えてたんだけど、ゆきちゃんにとってはそれが普通か。周弥はあれで楽しそうだから心配しないでいいよ。のんびりしてるのが性に合わないタイプってこと」


 子どもの頃からを知っている宮前が言うなら間違いないだろうと、ゆきは胸を撫でおろした。


「宮前さんに言われると安心できますね」

「ありがと」


 ゆきの信用が宮前にはむず痒いほどに嬉しいものだった。


「お礼言うのは私の方ですよ?」

「いやぁ、なんとなく?」


 笑って誤魔化しながら、けれど理由を話し始めた。


「俺さ、ゆきちゃんが友達って言ってくれたときマジで嬉しかったんだ。さっきも言ったけど、俺もう距離感の取り方が分かんないんだよね。もっと若い頃はそれで好きだって勘違いさせたり周弥の彼女怒らせたりしたのも一人だけじゃないし、だからわざと周弥と距離とってた時期もあるし、それで世界に一人だって勝手に絶望したりね。本当の家族も知らないから付かず離れずの位置も分かんないし、周弥が両親と揉めてもどう立ち振る舞ったらいいのか分かんなくて。何にもできないって無力感が凄かった」


 そうだったのかと、ゆきは改めて宮前の心情を理解した。宮前自身の過去を知ればその複雑さがよく分かった。

 頷きつつ聞き入るゆきが、宮前にとっても結果救世主だった。


「そんな時にゆきちゃんが現れてさ、前の彼女のことがあってそれでお節介だって分かってけど何かせずにはいられなかったんだ。もし、その子が良い子で、迷惑がられたらその時いなくなればいいと思って」

「いなくなるって、もう会わないようにってことですか?」

「そう、俺にだって恋人いるし、大事な友達だから悩みの種にはなりたくないから。もし周弥が別れた時にはまた会おうと思ってたけど、そんな不幸願ってるって最悪だろ。だから転職くらいは考えてた。物理的に距離のある場所に行けばいいかってさ」

「寂しいですよ」


 すぐに、そう返すゆきに宮前の感謝は募る。


「次に周弥が付き合う相手が周弥を大事にしてくれる相手だったらそうしようって思ってたんだけど、それがゆきちゃんでさ、信じられないくらい距離の取り方が上手くて、友達の距離感を初めて知ったよ」


 ゆきは自覚がないため、ゆっくり首を傾げた。

 宮前がゆきに教える。


「スキンシップが全然ないとか、無理にプライベート知ろうとしないところとか、それでいて俺の話も聞いてくれるしノリも合わせてくれたり、周弥と俺がくだらない言い合いしてても笑ってくれて、周弥と付き合いだしても彼氏の友達に彼女マウント取らないどころか俺がいるとちゃんと意見聞いてくれるし二人だけの恋人空間ほとんど作らない。だけど、たまに周弥にだけ可愛く笑いかけるんだよね。それで俺には絶対言わないこと言ったり、ちゃんと彼氏的に嬉しいムーブしてるから俺も安心してみてられる」

 

 考察され過ぎて、ゆきの感情はかなり複雑になった。だからリアクションもどう取るべきか、喜ぶべきか動揺すべきか、咄嗟の反応は鈍くなる。


「完全に無意識で何をどう褒められているのか、恥ずかしがるべきなのかも分からなくなってます」

「うん、それでこそゆきちゃんだから大丈夫」


 目雲にも同じようなことを言われた気がして、似たもの同士だと実感する。


「目雲さんもですけど、すっごくいろんなこと見てくれて考えてくれてるんですね」

「そうでもないよ。ゆきちゃんにはつい話したくなるんだよね。本いっぱい読んでるからかな偏見無く何でも受け止めてくれるし、良い感じに受け流してくれる時もあるし、なんかいろいろ報告したくなるっていうか。ゆきちゃんの友達はみんなそうなんじゃないかな」

「私が聞きたがりなだけでは」


 聞き出しはしないが、興味津々な様子は絶対伝わっているはずだとゆきは思っている。


「それが無暗やたらじゃないからだよ。聞いてほしい時に耳を傾けてくれる。さっきの話しだってそうだよ。例えばこれを俺の恋人に同じように話したら烈火のごとく怒り狂うね。嬉しいんだけど、俺の中では折り合いついてるからそいつらに復讐したいって言われても逆に困るからね。過剰に同情されても共感されても嫌っていう面倒くさいメンタルも持ち合わせてたりでさ。ただただ語れる相手って稀有なんだから」


 ゆきとしては何か特別なことをしている気がないため反応に困るが、良い風に捉えてくれているのならばと宮前のさっきの言葉を思い出した。


「えっと、ありがとうございます? でいいのでしょうか。宮前さんは目雲さんのためにどっか行ったりしないってことで良いんですよね?」

「遠距離恋愛も終わったところだからね。それでもほったらかし気味の俺と、周弥もゆきちゃんも遊んでくれるからわざわざ寂しい思いしには行きたくない」

「良かったです」


 目雲にとっても大切な友人が遠くに行かずに済んで、ゆきは安心する。そして自分も大切にしてもらったていると改めて思った。


 その後パンケーキを食べ切った頃目雲と合流し、ホラー映画を観に行った。

 見終わった後、三人とも恐怖への感想はなく、宮前は笑いながら面白かったとどっちとも取れる言葉で、ゆきは演出の妙に感心し、目雲は納得だけした。


「感想はなかったってことか?」


 帰り道、話しつつ目雲の家に向かっていた。


「いや、違和感もなく観ることができた」

「そこか」


 呆れる宮前と、頷くゆき。


「確かにどこも破綻してるところはなかったですね」

「ゆきちゃんは破綻してても楽しめそうだね」

「そうですね、それも面白いです」


 その可笑しさを楽しめるゆきと正反対だと宮前は目雲を見る。


「周弥は無理だな」

「理解に苦しむだけだ」

「理解しようとしてる時点でダメなんだって。これだから有名どころしか連れて行けないんだよな」

「なんでも観るだろ」

「感想が分からんかっただけだったら面白くないだろ」

「どこが分からなかったかくらいは説明する、それを解説すればいいだろう」

「解説なんかできるか。お前に分からんもんは俺にも分からんに決まってる」


 ゆきは二人の終わることのない小競り合いを微笑ましく見守っていた。




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