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恋。となり、となり、隣。  作者: 雉虎 悠雨
第二章 車中でも隣には
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 ゆきににこにこと嫌味を言っていたと思っていた場面を振り返り、ゆきの言葉を載せると笑顔の意味が変わるから不思議なものだなと思う。それが真相なのかどうかまだ目雲は疑っていたが、すっかり心は軽くなっていた。

 けれど、改めてその時を思い出したことで新たな疑問が目雲に生まれた。


「ゆきさんが母の言葉をそう思っていたにしてはかなり戸惑っているように見えたんですが、どうしてですか?」


 さっきとは打って変わってゆきは明らかに狼狽えた。


「ああ、え、えぇと、それはですね」


 目雲はそれを見て、さっき拭えたと思っていた黒い感情が沸き上がる。


「その時はやっぱり嫌味だと思ったんですね、あとで思い返して考え直したとか。あの場ではやっぱり傷ついたんじゃないですか?」

「いえ違います、違います。ちょっと別のことを考えていたというか」


 そんなことを目雲が簡単に信じられるわけがなかった。あの状況で何を考えられるというのか、ゆきは上の空で人の話を聞く人間ではないと目雲は知っている。


「別の事ですか」

「そうです、別の事です」


 目雲に余計な心配を掛けなくて済んだと、少しほっとするゆきに次の試練が訪れた。

 目雲は今まで母親のことを冷静に見れていなかったからゆきの本心にまで気が回らなかったのが、ここにきて色眼鏡なく思い出すことで変化に気が付いてしまった。


「誤魔化してます?」

「誤魔化してません!」

「ではどんなことを考えていたんですか?」

「えっ」


 何を考えていたのか気になる言い方をしてしまったが、言わずにいたいゆきは言葉に詰まってしまう。そうなると目雲の疑念は拭えない。


「やっぱり誤魔化してますね」

「してません、してません」


 必死に否定する様がますます怪しいと自覚できるゆきだが、他にどうしたらいいかも分からない。


「では何を? 言えないようなことを考えてたんですか?」

「い、意地悪な聞き方を……」


 少しだけむくれるゆきに、目雲は戦略を変えることにする。本当に不安になっているのもあって、いつになく憂いを含んだ声を出す。


「秘密にしなければならないことですか?」


 そんな声で聞かれてしまえば、ゆきは強く出られない。


「秘密……というわけでは、ちょっと目雲さんには言いづらいというか」

「別の誰かならいいんですか? 隼二郎とか?」

「宮前さん、でもちょっと難しいですね」

「じゃあ愛美さんならいいんですか?」


 それならと少し押される。


「メグなら、いいかもしれないです」

「では愛美さんに話してください」


 畳みかけるように言われてもゆきはのせられなかった。


「それって聞き出す前提ですよね? それを分かってて言いませんよ!」

「では今、話してください」

「そんなに気にすることではないですよ」

「じゃあ話しても問題ないですよね?」


 ふと、ゆきは我に返った。そんなに追い詰める目雲のいつもと違う様子にゆきの気持ちも少し変わる。


「珍しい目雲さんですね」

「あの母の事を全く別の視点で捉えていたゆきさんが、その時に何を考えていたのか。気にならない方がおかしいです」


 ゆきとしては気にしてくれない方が良かったという本音とここまで問いつめれると言わない方が悪い気がするのも事実だった。

 けれども恥ずかしさが勝って、なかなかはっきりと言えず、目雲としてもそんなゆきの姿は珍しく映っている。


「教えてもらえませんか?」

「どうしてもですか?」


 困った表情で見上げるゆきに揺るぎそうになる目雲だったが、ここで譲る気はなかった。ゆきの真実の感情を知ることは今後の家族との関わり方が変わってる。それは目雲にとって、ゆきを守るために絶対に知っておかなければならないことだからだ。


「これはどうしてもです、それに今までなんでも答えてくれていたのに、どうしてこのことだけ話さないのか余計に気になります」


 目雲の決意にいよいよ押され、ゆきは言いよどみながら話す方向に舵を切ることにした。


「あの、誤解しないで聞いてくださいね」

「誤解しそうならきちんと説明を求めます」


 目雲の真摯な言葉に、逆にゆきは目を逸らす。


「求められてもたぶん困るんですが……」


 目雲はその様子に不思議さが増す。


「勘違いするよりはいいと思うんですが」


 ゆきはやはり困り果てたように俯いたまま。そして上目遣いで唇を尖らせる。


「誤解されるのも、説明も求められるのも、結果は同じなんです」


 やけに子供っぽい仕草に目雲は思わず微笑んでしまう。


「なぞなぞしてますか?」

「違います。話してしまえば、答えはすぐ分かります」

「では話してください」


 そうだよな、とゆきはため息を吐く。

 あー、うー、と話し始めを探って苦悩するゆきを何とか目雲は黙って見つめた。

 ゆきはふいに斜め上を向くと、呟いた。


「結婚……」

「結婚?」

「したら、どんなかなー」

「……」


 ゆきが何を想像したか。目雲も分かった。

 それをゆきも察する。けれど、ゆきはそのまま目雲が次に何か言う前に続けていく。


「お付き合いは……」

「お付き合い?」


 ゆきがあの時の目雲の母との会話の自分視点だと伝えぬまま、自分の感情、さっき目雲に言っていた別の事の中身を暴露する。


「そこまで想像してもいいんでしょうか」

「想像」


 この想像はさっきと同じ想像だ。結婚することまで想像しても良いのかとそわそわワクワクする気持ちが、そしてあの時目雲の母の言葉に誘われてその想像は膨らんでいく。


「式は……どんなのが目雲さんはいいかなぁ」


 にやけるゆきに、目を奪われながら、突然現れた自分の存在に目雲は驚く。


「僕?」

「子供は……可愛いですよねー」

「ゆきさん?」


 会話が成り立っていないことで、ここでようやくゆきがおかしいと気が付いたが、だがもう遅い。


「いつかは産みたいなーとは思います」

「ゆきさん」


 目雲はこの時の感情を簡潔に説明するのはとても難しいと後に思い返した。

 率直に言えば、感動に近いもので嬉しさが勝っていた。けれど、これをゆきに言わせてしまうのはとても申し訳ない気持ちにもなる。二人でそんな具体的な話をしたこともなければ、ゆきはきっとまだそこまで考えることもなかっただろうと、目雲は理解している。

 できるだけ今が続いていけばいい、ゆきの感覚ではまだそのくらいの状態だと。

 だから目雲もそれを焦るつもりも意識させるつもりもなかった。

 それでもどこか嬉しそうに自分との未来を想像して、決して否定的ではなく望むべき未来だと思って貰えてる雰囲気がしっかりと伝わってきた。


「以上、私の心の声を再現してみました」


 やっと目が合ったゆきはまだどこか他人事のような言い方をしたが、目雲の視線を受け止めるとみるみる赤くなって抱え込んだ膝に顔を押し付けた。


「ゆきさん」


 甘さの含まれた声色にゆきの恥ずかしさは爆発しそうになる。

 勢いよく顔を上げ、首を振る。


「だ、だから、誤解しないでくださいね!」


 そんな風に慌てふためく様子に愛おしさが募る目雲は自然と柔らかい声になり、ゆきの手を取り、しっかりと握りこむ。


「誤解ではないと信じたいです」

「その言い方だと否定しづらいです」

「否定しないでくれますか?」


 ゆきはもう声も出せずに目も合わさずコクリと頷くだけ。


「説明は求めないでおきます。答え合わせは、僕からしますから」


 目雲がなぞなぞだと言った答えは、きっと同じだと二人で感じ取れた。

 ゆきは小さな声で頷く。


「はい、……良き時に」

「はい良き時に」


 そこから目雲の事前準備が始まった。

 まずはいち早く叶えたいと思っていたことを実行する。




お読みいただきありがとうございます!

第二章はここまでです、次回から第三章に入ります。

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