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恋。となり、となり、隣。  作者: 雉虎 悠雨
第二章 車中でも隣には
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 本格的に寒くなる前にという大義名分のもとに、早々にバーベキューの日はやってきた。

 目雲と二人電車に乗り、待ち合わせ場所の駅に降り立つと、車で迎えに来ていた朋一が待っていた。


「初めまして、篠崎ゆきです」

「目雲の同僚の瀬戸口朋一です、後ろチャイルドシート移動させといたから二人ともそっちでいい? どっちか助手席でも全然良いけど」

「二人で後ろに乗る」


 目雲が答えたのでゆきも笑顔で頷いた。

 出発して早々、朋一はゆきに軽い口調で呼び方を提案する。


「俺の事はともっちって呼んで」

「瀬戸口でいいですよ」


 すかさず目雲がゆきに提案するので笑ってしまう。

 けれど運転しながら朋一は口を尖らせて抗議する。


「それはダメだろ、ひろ子と一緒なんだから」

「ひろ子さんの方を名前で呼べばいい」


 目雲の言葉に朋一が噴出した。


「おま、お前がひろ子さんとか、やめてくれ」

「僕は瀬戸口さんと呼ぶから問題ない」


 問題しかないという朋一を目雲は簡単に無視した。

 めげない朋一の様子に二人の日頃を感じ取ったゆきは明るい気持ちになる。

 気を取り直した朋一はひろ子との関係をゆきに説明してくれた。


「俺が今三十、ひろ子より年下で、ちなみに俺が婿養子だから。篠崎さんはいくつ?」

「二十六です」

「若いねー、ひろ子と十近く違うわ」


 ひろ子の正確な年齢を告げないけれど、それとなく教えてくれるのは初対面の気遣いだろうとゆきは素直に付け止めてニコリと笑う。


「そうなんですね」


 黙っていた目雲はひろ子と朋一の馴れ初めを知っているが故にひろ子自身はほとんど年齢に無頓着でありながら、朋一に対してだけ正確な数字を言葉にしない教育が徹底して行き届いていることを理解して聞いている。


「ジェネレーションギャップ感じてもスルーしてあげて」

「きっと感じないですよ」

「いやー、育児とか仕事とかのストレス発散しにかかってるからいつもに増してテンション高いんだよ。先に謝っとく、ごめん」


 キャンプの感覚を思い出したいからと、広大な公園にあるキャンプ場でデイキャンプをすることになっていた。

 同じ公園内にバーベキュー場もあるのだが、どうせならと瀬戸口夫婦の提案だ。

 食材の調達も夫婦が済ませており、ゆきと目雲は本当に身一つで行くだけという状況だった。

 せめてもと、公園の最寄り駅までは二人でやってきた。

 なので、瀬戸口家族は先に一旦公園に行き、ひろ子と子供はそこで待っていると説明された。


「先に荷物下ろしてタープは立ててきたから、戻ったら火おこしから始められるよ」

「すみません、何もかもお任せして」


 至れり尽くせりの状況に恐縮するゆきに、むしろ朋一の方が気を使う。


「いやいや、ひろ子は準備からもう楽しいからね。好きなんよ、マジで。だから全然、気にしないで」

「そうなんですね」


 本当にキャンプ好きななのだと気掛かりが無くなった。


「今日はひろ子めっちゃやる気だから、気合入りまくり。二人が存分に楽しんでくれたらひろ子も喜ぶからさ。今日は俺が車担当だから帰りも駅まで送るからね」

「ありがとうごさいます」


 ゆきがにこやかにお礼を言うと朋一も俄然はりきりだし、バーベキューのメニューを説明し始めた。

 到着して、ひろ子にもゆきが自己紹介した後、その足元に小さな男の子が立っていた。


「晋太郎だよ、もうちょっとで二歳」


 晋太郎が慌ててひろ子の足の後ろの隠れる姿にみんなで笑う。


「しんちゃん、目雲とゆきちゃんだよ」

「こんにちは、篠崎ゆきです。今日はよろしくお願いします」

「目雲周弥です」


 人見知りをしっかり発揮してひろ子の足にしがみつき後ろから出てこない。


「すぐ慣れると思うから」

「警戒心があって素晴らしいです」


 ゆきは小さな子供との関りがほとんどないので、ただ怯えさせないようにだけを心掛けるだけで無理やり仲良くするつもりはなかった。人見知りがあるということは信頼できる相手とそれ以外の違いがしっかり認識できているのだと子供の成長の一環だと知識はあるのでゆきはそれを強固に崩そうなどとは考えなかった。


「じゃあ俺とゆきちゃんでしんちゃんの相手してるから、ひろ子と目雲でバーベキューの準備しててよ。ゆきちゃんいい?」

「みなさんが良ければ私はもちろんです」


 ゆきは当然とばかりに頷いた。キャンプが好きだと言うひろ子がバーベキューの準備したいとなると、子供を見守るのは朋一になるのは当たり前だ。目雲をキャンプに誘いたいと思っているのだから手伝いをお願いするのも納得で、残ったゆきは準備に必要以上の人手はいらないだろうと、素直に晋太郎を見守る担当になることに異議はなかった。

 そして目雲も頷く。


「ゆきさんが良ければそれで」


 けれどその目雲の様子に瀬戸口夫妻は二人して衝撃を受けた。


「わぁ、目雲っぽくないわ。何で勝手に決めるんだって朋に言わないの?」

「ホント、一切説明を求められないなんて初めてかも」


 ゆきは思わず笑ってしまう。


「職場の目雲さんは一体どんな感じなんですか」


 朋一が驚いた表情のままゆきに教える。


「クライアントに対しては丁寧だけど、仕事中は必要なこと以外は話さないし、プライベートも自分から話題振ってくることはないし」

「聞けば答えてくれるけどね」


 ひろ子も職場とは違い過ぎる目雲に目を丸くしていた。


「いちいちなんでだって聞かれるし」


 目雲はそんな二人の様子を気に留めてもいなかった。


「必要のないことを聞いてくるからだ」

「こんな感じ」


 目雲が落ち着いていて、いつもと変わらない様子なのでゆきも初対面の人と会う緊張がすこしずつ和らいでいく。


「いい職場なんですね」

「そう思ってくれる?」


 ひろ子の心配そうな言葉にゆきは明るく頷いた。


「はい」


 その返事に朋一が笑う。


「良かった、今日は楽しもうね。ということで準備よろしく」

「よし!」


 そう言ったのは勿論ひろ子で目雲はただ頷いた。

 ひろ子の後ろにずっと隠れたままだった晋太郎は朋一に手を引かれるとポテポテと歩き出し、ゆきはその後ろをついていった。


 少し歩くと地面には葉っぱや木の実がたくさん落ちていた。

 作業しているサイトの様子も見える位置で、三人でいろいろと拾う。

 見ていないとどんぐりを食べてしまうかもしれないと、朋一がハラハラとしながら晋太郎の傍でしゃがんでいる。

 ゆきも久しぶりに自然に触れようと木の枝を拾ってみたり、それに葉っぱを刺してみたりと遊んでいると晋太郎も寄ってきて拾った物を次々とゆきに渡してきた。


「どぞ、どぞ」

「ありがとう」

「そんなに渡してもゆきちゃん持てないぞ」


 最初は拾う物を選んでいた晋太郎も次第に手当たり次第にゆきの手のひらに乗せていく。


「早くも調子出てきたな」

「可愛いですね」


 頬が緩んでいるゆきは、歩く姿だけでも癒しなのに、小さな指が自分の手のひらに物を乗せていく動作なんて悶えそうだった。

 そんな蕩けているゆきに朋一も微笑む。


「そのうち走り回りだすから追いかけるのが大変だよ、いよいよ目が離せなくなってきたって実感する」


 可愛い反面、親の苦労は計り知れないだろうと想像する。


「大変ですね」


 月並みな言葉しか返せなかったが、あちこちといろいろ拾っている姿を見て、ゆきは大いに同意した。


 しばらくすると石を集めるのに夢中になりだした晋太郎を二人で眺める。

 視線は少しも晋太郎から逸れることはない朋一が、横で晋太郎が集めている石を積まされているゆきに問うてきた。


「うちの事務所のことブラックだと思ってない?」


 急な話題だったが、ゆきはオブラートに包んだ返答をする。


「忙しい職場なんだなとは」

「福利厚生ばっちりだし、できる時なら在宅勤務も可能だし、そんなにひどい所じゃないんだよ。目雲は人気だからさ、依頼も多いし、いろいろ案件抱えてるから、うちでも一番忙しいんだ。もしかしたら所長より忙しいかも」


 聞いただけでも相当な仕事量だとゆきはただ頷く。


「目雲はさ仕事好きだし、その分の給料も貰ってるはずだから、体壊したり私生活に影響がなければ全然問題ないとは思う」


 ゆきはサイトで作業している目雲を眺めて苦笑いしてしまう。影響がすごく出ていたことを職場の人はどれくらい知っているのか分からなかったから、下手な口出しはできなかった。


「もしさ、目雲がしんどそうとかだったら、これからはちゃんと俺らも手助けできると思うから心配し過ぎないで。しっかり休みも取れるようになるから。まあまだまだ俺たちもフォローしてもらうこともあるだろうけど、それでもさ、目黒にばっかりにはならないようにする」


 決意表明のようで、それを伝えてくれるために今日誘って貰ったのかなとゆきは微笑み頷いた。

 すると晋太郎が朋一に駆け寄ってきた。


「お、あっち行くか?」

「うん」


 朋一の手を引っ張り始めた晋太郎について、準備ができたと呼ばれるまで近くをあちこちとただ歩き回った。


「いっちょ前に大人用に座るのか?」


 呼ばれてサイトに戻ると、晋太郎は用意されていたベビーカーには座らず、アウトドア用のハイチェアによじ登ろうとするのを朋一が手助けする。


「先にしんちゃんにご飯食べさせちゃうわ、始めてて」


 自宅で準備してきた小さなお弁当を広げてひろ子が食べさせ始めた横で、網にいろいろとのせて焼き始める。


「ああ、この匂いだけで癒されるわ、ねぇしんちゃん。 あとで焼いたお芋もあげるからねぇ」

「おいも?」

「あとでね」


 朋一とひろ子が代わる代わる晋太郎の世話をしている横で、目雲とゆきはバーベキューを進めた。

 お弁当に飽きた晋太郎がパウチの子供用ゼリーを手にベビーカーに移されて、それを飲み干し、冷めたスティック状のサツマイモを少し食べて、晋太郎はゆらゆらと揺らされながらおもちゃで手遊びしていたが、いつのまにか眠ってしまった。


「憩いのひと時」


 ひろ子の安堵の声に朋一が頷く。


「お疲れ」


 落ち着いた時を見越して残していた食材を網に乗せて、すこしだけと朋一以外は缶ビールで乾杯をした。

 大して飲んでいないが、久しぶりだったひろ子のテンションはさらに上がった。

 粗方食べ終わる頃、ひろ子が目雲にお願いを始めた。


「ちょっとゆきちゃんとお話させてよぉ、良いでしょ目雲」

「何するんですか?」


 目雲が疑念のために目を細める。


「話しするっていってるでしょ、私をなんだと思ってるのよ」

「分かりません」


 ひろ子があんぐり口を開ける。


「ひどい、私はゆきちゃんと仲良くなっておきたいの。兎に角あなたたちはしんちゃん見てて、何かあったら呼んでよ。行こう、ゆきちゃん」


 ベビーカーの中ですやすやと眠る晋太郎を確認してから、缶ビールを持ったまま少し離れた見晴らしのいい場所まで来たひろ子はゆきを座らせ、自分も座った途端に頭を下げた。


「ごめんね、まさか本当に目雲が連れてくるとは思ってなくて」


 ひろ子の様子で社交辞令の方だったかとゆきも慌てた。


「ご迷惑でしたか?」


 ひろ子はそのゆきの気持ちをはっきりと払拭するように飛び切りの笑顔を見せた。


「全然! 本当にすっごく嬉しいの。目雲ってプライベートは謎っていうか、仕事だけって感じがしてたから。プライベートの話なんて全くしないって感じで。だからつい彼女がとか聞いたら気になっちゃって、でもそういうのは嫌がるだろうなって思ってたんだけど」

「目雲さんは乗り気な感じがしましたよ」


 ひろ子が職場でよく目雲の様子を気に掛けているのだと安心したゆきは、だから目雲は自分を誘ってくれたのだと心が温かくなった。


「そうなの? びっくりなんだけど」


 ひろ子の方は意外過ぎて信じられないような気持ちになっていた。


「ただ私がそう感じだけの可能性もありますけど、私も人が集まることは好きなので」


 そのゆきの言葉でひろ子はふにゃりと膝を抱えて首をもたげた。


「本当? 良かったぁ。いや、なんかいろいろ気を使ってくれたりでさ、来てくれたとかだったら申し訳なし、目雲のいないところで本音をね、聞いておきたくて。目雲が無理言うとは思わないけど、それこそ私生活は分からないから彼女には高圧的な可能性もあるでしょ」


 ひろ子の気遣いが嬉しくて、けれど目雲への疑惑も晴らしておかなくてはとゆきはしっかりと証言する。


「優しいですよ」

「うん、今日で分かったわ。彼女に激甘なのは。だから念のためね。ゆきちゃんも優しいから目雲の職場のこととかくみ取ってくれたりで、無理してたらそれこそ今後誘えないし」


 ひろ子もゆきが無理して付いてきたわけではないと雰囲気で感じる部分もあったし、初対面の相手に対しても必要以上の緊張感がない様子も分かっていた。

 さらに目雲も職場とは全く違うことも知れて、微笑ましくもなっていた。




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