第99話:ほーしゅーもらうそうです!
その日の夕方、マメーたちは国王一家の食事に招かれた。無論、正式な晩餐会という訳ではなく、もっと私的なものであるが。
本来なら正装すべきところではあろうが、魔女にとってはローブ姿がそれと認められている。つまり普段通りの格好で食事会にいけば、国王一家のうちすでに嫁いでいない者を除き、王太子など王の子供たちも勢揃いしていたのだ。
「わ、いっぱいいる」
マメーは驚いた。ゴラピーたちはマメーのローブのフードの中だ。もちろん王子たちもそれを知っているのだろう。マメーの背中に妙に視線が集まって、ゴラピーたちは隠れていてもなんとなく気になるのかごそごそとみじろぎした。
「よく来てくれた」
「ふん、お招き感謝するよ。と言った方が良いかね?」
国王と師匠はそんな挨拶をして席に着く。
マメーは師匠とウニーの間に座った。
「ながーい」
テーブルのことである。白い布のかけられた卓はとても長く、マメーはびっくりしたのだ。ちょうどルナ王女はマメーたちの向かいになるように席次を決められていたのだろう。マメーは向かいに座る王女にふりふりと手を振り、王女は柔らかな笑みを浮かべた。
豪華な内装の部屋である。暖炉の石は艶やかな色を放ち、花瓶には美しき花々が生けられている。絵画なども飾られ、マメーの視線はきょろきょろと動いていたが、ある一点で止まった。
「しかさん」
マメーが上を見上げて呟く。部屋の柱の上部には、見事な鹿の剥製がいくつか飾られていた。
「狩猟会での獲物ですね」
王子の一人がそう言った。王侯貴族の男性にとって狩猟は最も重要な遊戯である。狐や兎などを狩るのだが、サポロニアンでは鹿狩りが人気であった。
マメーはその中の一頭を指差す。
「ルナちゃんのしか」
「なんだって?」
「どういうことかしら?」
「あのしか、ルナちゃんにはえてたのとおんなじ」
師匠は、ああ、と納得の声を出した。
「なるほどね、姫さんの全身が鹿になった時、どうして女なのに角が生えてるのかと思ったのさね。姫さん、雌鹿を見たことはないだろ」
「角の生えてない鹿がいるのですか?」
「いるよー」
「雌の鹿には角が生えないのさ。ただ、ああやって飾られるのは立派な角のある雄鹿だからね」
「わたくしがあれしか知らなかったから……」
「ま、そうだね。最初の呪いは角を生やすのだったのだろうけど、その後で全身が鹿になった時にも角が生えてたのは、この剥製のイメージがあったのだろうさ。魔術ってのは想像力の力だからねえ」
ほう、と魔術の講義を受けているような雰囲気となったが、今回の話はそれではないのである。
こほん、と咳払いをして国王は言う。
「今回の件、まずは最大の感謝を。魔女グラニッピナ殿と、その弟子マメー殿の力により解決したと、そして魔女ブリギット殿の助力も得たと臣下には伝えよう。だが、その仔細については公表しないこととしたい」
ふむ、と師匠は唸り、視線を外す。ブリギットは肩を軽くすくめた。交渉ごとは任せるという意味である。師匠は言葉を返す。
「構やしないさ。あたしたち魔女の大半は俗世の名誉なんざに重きを置いちゃいない。なんならマメーやゴラピーについては言及しないでもらえるとありがたいぐらいさね」
「ではそうすると約束しよう。魔女殿たちにもこの件についてあまり口外しないでいただきたい」
師匠はちらりとルナ王女に視線をやった。
「まあ、魔女協会に報告はせにゃいかんがね、それ以外にはできるだけ話さないようにはするさね。……いいね?」
最後の確認の言葉はマメーたちに向けられたものだった。
「あい」
「はい」
マメーとウニーが肯定すると、ゴラピーたちもピキピーピューと鳴き声を上げた。
その様子に王子たちの顔に笑みが浮かぶ。
「まあ、理由はある程度想像つくが、一応、聞いておいてもいいのかね?」
国王は頷く。
「うむ、察しの通り、理由の一つはルナの婚姻、これは外交に関わることであるからだ。そして彼女の魔力、つまりは将来にも関わることだからだな」
「そうさね」
トゥ・ガルーの王子との婚約は断る方向でサポロニアン王家は進めることであろう。だが、当然ながら婚姻や外交とは一方の都合のみで成り立つ訳ではない。相手国がどうしてもと推してくることもあり得るのだ。師匠もそれを分かっていて、ルナ王女に与えた魔導書の最後にちょいと保険を仕込んでおいた。
「もう一つの理由は……ここへ」
王が手を叩くと、壁際に控えていた騎士が隣室への扉を開けた。
憮然とした表情をした男が一人、部屋へと入ってくる。その手には枷が嵌められていた。
「宰相かい」
「うむ、宰相のネイヴィスらについてだ。本来なら王族に呪いをかけたとあらば一族郎党を死刑とすべきところだが……」
「別にあたしゃそんなことに興味はないさ。好きにすりゃあいい」
「うむ。実行犯である魔術師は追放刑とし、ネイヴィスは宰相より降格、爵位も二等降爵させ、トゥ・ガルーへの外交官として赴任させるものとする」
王の言葉に、宰相ではなく一外交官となったネイヴィスは皮肉げに口元を曲げた。
「甘い処遇ですな。……ですが感謝いたします」
そう言って彼はおもむろに跪く。手枷をつけられては紳士の礼がとれない。平民がするようにして最大限の感謝を示したのだった。
師匠はにやりと笑みを浮かべる。
「その魔術師の追放先はトゥ・ガルーかね?」
「それは余には与りしれぬこと」
王はしれっと答えた。
追放刑とは本来、死罪に次ぐ刑罰である。法や国家の庇護を受けられずのたれ死ねという意味合いのものだ。だが、この場合ネイヴィスが私財でその魔術師を雇い、トゥ・ガルーで任務につかせる分には黙認するという意味であろう。
「ま、さっきも言ったが構いはしないよ」
「では報酬を」
王がそう言えば、騎士の一人が歩み出て、ずしりと重い革の袋を師匠の前に置いた。