第97話:ブリギットししょーがかえってきました。
それから数日。
ルナ王女は真面目に魔術の基礎と魔力の制御の基礎をマメーやウニーとともに、師匠から教わった。授業を一番真面目に聞いていたのはランセイルだろう。師匠の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、筆記魔術まで使っている様に師匠は呆れて言ったものだった。
「ふん、あんたなんかにゃ当然分かってることだろうに」
「無論。ですが、この極めて初歩的なところにおいてすら、やはり魔術師と魔女では差異があるのだと感心しているのですよ。特に魔力の制御と感情に対するアプローチにおいて」
魔術師は理論で魔術を扱う。故に魔術の制御は冷静でさえあれば良い。しかし魔女とは、あるいは魔法の才能が3つ星以上であるということは、感情の発露が魔法になるということでもあるのだ。
青いゴラピーが死にかけた時、マメーが教わっていない植物再生の魔法を発動したように。ルナ王女が婚約を嫌がる気持ちが角を生やしたように。
「ま、熱心なのはいいことだがね」
師匠が森に戻れば、ルナ王女の魔法を指導するのはランセイルとなる。その職務に熱心といっても良いが、それにしても強い熱意を感じるものであった。
そして座学の後は実践である。ルナ王女の場合、魔法を使って運動で魔力を消費するということになるので、ルイスに連れられて庭へと出る。小麦色のゴラピーにピャッピャッとせっつかれながら。
マメーとウニーたちも一緒にいくが、運動能力が高いのは最も幼いとはいえ、普段から畑仕事で動いているマメーであった。
「マメーは身体が柔らかいのが素晴らしいですね」
ローブ姿のまま、芝生の上にぺたんと開脚して座ったマメーにルイスが声をかける。
「えへへー」
「身体が柔らかいと訓練をしても怪我をしづらいのですよ」
「ピキー!」
赤いゴラピーがすごーいと褒め称える。
「ピー……!」
黄色いのはマメーの真似をしようとして芝生の上で体勢を崩して転がった。
「ピュー……?」
「ピャー……」
青いのと小麦色のはウニーとルナ王女の運動を見て首を傾げたりため息をつくような仕草を見せた。
立ったまま身体を前に倒しているのだが、指先も地面につかないのである。ちなみにマメーはさっきその運動をやって、手首まで地面についていた。
うーん、とルイスは困ったような表情を浮かべて、振り返る。
「グラニッピナ師、よろしいでしょうか!」
「なにさね、聞こえてるよ」
師匠は四阿で書き物をしていた。ランセイルと、ルナ王女に教えるべき魔法を記した彼女のための魔導書を作っているのである。
「殿下に指導される、強化系の魔術ですが」
「肉体操作系の強化術式さね。それがどうしたかね」
「運動に不慣れな殿下がいきなり筋肉などを強化すると身体を痛めてしまうおそれがあります」
ふうむ、と師匠は唸った。
「きゃっ!」
師匠の視線の先で、身体を曲げていた王女がバランスを崩して芝生の上に転がった。
「……ちょっと珍しい術にはなるが、柔軟性を高める魔術と、器用さを上げる魔術を魔導書の1つ目と2つ目に置いとこうかね」
「よろしくお願いします」
こうして日々はすぎ、マメーとウニーが起きたある朝のこと。寝室から出てきたマメーたちが見たのは、師匠の姿と、その向かいに座る美しく妖艶な魔女であった。
マメーはぱっと笑みを浮かべて言った。
「あ、ブリギットししょー!」
「はぁい、マメー、ウニー元気してた?」
美女は片手をあげてマメーたちに振って言った。
ブリギットは昨日の夜遅く、マメーたちが眠りについた後にサポロニアンの城に戻ってきたのである。当然城門などは閉まっていたが、上空からやってくる彼女はお構いなしだ。
朝に弱いウニーは寝ぼけた声で答える。
「おふぁえりなさい、師匠」
「マメーはげんきだよー」
マメーの足元でゴラピーたちがピキピーピューと鳴いた。
「ゴラピーたちもげんきだよって。おはよー、ししょー」
「おふぁようございます、グラニッピナ師匠」
「ああ、おはよう」
師匠も言葉を返した。
師匠の姿は昨晩のままだ。卓の上には酒瓶も転がっている。どうやら徹夜で話していたようである。だがグラスは2つではなくもっと沢山あるようだった。
「だれかいたの?」
「王様とかさね。ついさっきまでここにいたのさ。ブリギットの報告を聞かにゃならんだろう?」
ブリギットとグラニッピナの両魔女は離れていても連絡を取り合っており、報告は適宜行っていた。だが直接会って話をするというのはまた重要なものである。国の話でもあり、マメーやウニーには聞かせられないような内容もあったのだろう。そのまま夜中会談していたということだ。
「おつかれさまブリギットししょー」
「まー、マメーったらなんてやさしいのかしら! お土産あげちゃうわ」
はいっと、ブリギットは何もないところからリンゴを取り出すとマメーに渡す。
「わーい」
マメーはそれを受け取った。赤くてつやつやしていて美味しそうなリンゴだった。
「あとこれはニンニクとー……」
ニンニクは野菜でもあるが薬草でもある。トゥ・ガルーの名産でもあった。そう言いながら向こうで買い求めた薬草などをぽいぽいと積み上げていく。
「お、おつかれさまです師匠!」
目が覚めてきたウニーも師匠を労う。
「はい、じゃあウニーにはお土産のナマコ」
ブリギットはウニーの手の上に、まだうねうねと動くナマコを置いた。
「わーい……」
ウニーは嬉しくなさそうな声を出した。








