第96話:こむぎいろのごらぴーはあまやかさないのです!
「お、お待ちを。ゴラピーちゃんがわたくしの使い魔になったのですよね?」
ルナ王女がそう問いつつ、小麦色のゴラピーを示せば、師匠やマメー、それに四匹のゴラピーたちまでうんうんと頷く。
「わたくしの余剰の魔力がゴラピーちゃんに行くのでしたら、わたくし魔法を使いながら運動しなくても大丈夫なのでは?」
「ふむ、魔法を学ばないということかね?」
師匠が問う。
「い、いえ……」
「あれー、じゃーやっぱりルナちゃんじゃなくてルナでんかってよぶね!」
ルナ王女がそれに答える前に、マメーはにっこりと笑みを浮かべて言った。
ウニーもふっと、笑みをこぼした。
「そうよね、魔法の練習しないならマメーの妹弟子じゃないわね」
ルイスもまたわざとらしく悲しそうな表情を作る。その口元は笑みに歪んでいたが。
「おや、せっかく尊き友情を寿ぎ申し上げましたのに、撤回せねばなりませんかな?」
「ま、待って」
ルナ王女がそう言った時だった。
「ピャ!」
小麦色のゴラピーが頭の葉っぱでルナ王女の手をべちりと叩いた。
「えっ」
「ピャ! ピャ!」
べちべち。
「ちょっと、いた……くはないけどやめてくださいまし! なんですの!?」
べちべちべち。
「まほーやれ、うんどーもしろ、っていってるよ」
マメーが答える。
ふむ、と師匠とランセイルは思う。小麦色のゴラピーはルナ王女と魂絆の繋がりがある。だがルナ王女はゴラピーの言葉がわからず、マメーはその言葉がわかるようであると。このあたりはルナ王女に植物系の素質がないためであろうか、それとも魔術に長じれば分かるようになるのかと考察する。使い魔の譲渡は稀にあるが、研究は進んでいない。彼らにとっても興味深い事例でもあった。
ルナ王女は降参するように言う。
「やります、やりますから!」
「ピャ〜」
小麦色のゴラピーは叩くのをやめると、胸を張って満足そうに鳴いた。
皆がその様子に笑い、侍女のハンナが卓上に顔を近づけてお辞儀をするような姿勢で言った。
「ふふ、ゴラピーさん、ルナ殿下のお尻引っ叩いて運動させてくださいましね」
ルナ王女は決して太ってはいない。それはハンナや料理人たちの努力によるものだが、彼女は甘いものが好きで動くことを好まない。そして茶会は社交に必須で必ず甘いものが供されるのだ。将来の体型維持のために、運動は極めて重要とハンナは考えているのだ。
そして、かわいいものに目がないルナ王女はゴラピーの言うことなら聞くであろうと。
「ちょっとハンナ!?」
「ピャ!」
小麦色のゴラピーは任せろとでも言うように手をあげて返事を返したのだった。
戻ってきたクーヤにより紅茶と菓子が卓上に供される。
「すってん?」
「ええ、今日はヴァルヌス・シュニッテンですよー」
「ばるすのすってん」
マメーとクーヤはにこにことしながら、ちゃんと伝わっているのかいないのかわからない会話をする。
ヴァルヌスとは古い言葉でクルミ、シュニッテンとは切り菓子の意味である。美しくカットされたバタークリームのケーキにはクルミの欠片が散りばめられていた。
師匠は茶で喉を湿らせると話し始め、子供たちは菓子を頬張りながらそれを聞く。ゴラピーたちはフィンガーボウルにたたえられた水の中でぷかぷか浮いていた。
「ま、真面目な話をしようかね。今の姫さんの魔力量ならおそらく、ゴラピーに流れていく魔力を支えるのでちょうどいいくらいだろうねえ」
師匠の言葉にぱっとルナ王女の顔が明るくなる。だが師匠は言葉を続けた。
「ただね、姫さんあんたまだこれから成長期だろうが。年齢とともに魔力量ってのは増えてくんだよ。そんときまでに自分で魔力を使う術と、魔力を制御する術を覚えずしてどうするのさね」
「マメーもまりょくふえるよ!」
そうさね、と師匠は肯定した。
肉体と違って魔力量は加齢によって衰えない。よって魔女や魔術師は基本的に歳を経るほど強力になる。それでも特に、10前後から20弱くらいまでの間が最も魔力量が増えるのだ。
ただ、彼女の場合はゴラピーたちが持ってくる魔力の実による影響の方が大きいかもしれないと師匠は思っているが。
「……魔法の勉強と運動しますぅ」
がくり、とルナ王女は肩を落とした。
ぽん、とゴラピーたちの頭に赤い花が咲いた。ちなみに今日の水にはランセイルが魔力を込めている。王城に置いていく茶色いゴラピーに魔力を与えられるか調べるためであった。
「ルナちゃんがんばって!」
マメーがふんす、と応援した。
「良いではないですか。せっかくなので浮気者のトゥ・ガルーの王子に一発キツいのを差し上げるつもりで訓練しましょう」
ルイスがそう言い、拳を構える仕草を見せる。ランセイルがため息をついて言った。
「野蛮なことを……それは国際問題になるだろう。だがまあ、こういう状況です。いざという時に自衛する術は必要かと」
「がんばりますぅ」
とルナ王女は弱々しく答える。
「ピャ!」
赤い花を咲かせた小麦色のゴラピーは力強く答えたのだった。








