第94話:ルナちゃん!
ランセイルはマメーが特化型か準特化の植物系四つ星だと思っていた。だが、ここまで幼き者が、書物にも掲載されていないような使い魔を自作したというなら、ひょっとすると四つ星ですら足りぬのかもしれぬ。ランセイルの背に冷たいものが流れた。
ここでその追求をするのはマメーやその師の本意ではないだろうから行わないが、マメーへの視線に畏敬が混じり、放つ声が僅かに震えた。
「幼き賢人よ」
「ん」
「ゴラピーをつけてルナ殿下に危険はないかね?」
マメーはピキピーピューと鳴くゴラピーたちの声に耳を傾けてうんうん頷いて言った。
「ないって!」
ないはずかない。魔術師や研究者から大いに注目を集めることになろう。だがそういった社会的問題をマメーやゴラピーたちは忖度しない。肉体的・魔力的な意味で安全と言っているに過ぎない。
だが、そちらは問題ないらしい。
師匠が言う。
「マメーは年齢のせいもあるが決して魔力が多いわけじゃない。それで三匹抱えられているんだから、ゴラピーたちは術者の魔力をあまり多く持っていく性質じゃないのは確かさね」
ふむ、と唸りながらランセイルは卓上のゴラピーの一匹をそっとつついた。
「ピュー?」
青いのはされるがままである。
指先に魔力をこめた。
「ピュー」
心地よいらしく、ランセイルの指に顔を擦り付けるような仕草を見せた。危険性の高い生き物ではなく、餌など育成に困難があるわけでもない。
「ちょっと、ランセイル! わたくしが我慢しているのにゴラピーちゃんを可愛がるのはずるいのではなくて!?」
ルナ王女が立ち上がって言った。別に遊んでいるわけではない。しかしランセイルは慇懃に頭を下げる。
「申し訳ありません、殿下。不才としては殿下が使い魔を持たれること、反対いたしません」
「そう、なら良くてよ」
「やっていいー?」
マメーが首を傾げた。師匠が言う。
「ここにいる魔女でなき者たちには、後で口外禁止なんかの誓約はかけさせてもらうよ。細かい話は王も呼んでだ。ま、そのへんはマメーにゃできんからあたしが勝手にやっておく」
「あい、ありがとししょー」
「一つ問おうかね。マメーよ、ゴラピーよ。どうして姫さんにそんなに良くしてやろうとする?」
もちろんルナ王女とマメーやゴラピーが仲良くしているのは分かっている。王女が現在困っていて、それを解決する術があれば、助けてやろうとする優しさがマメーにはあることも。
それでも、師匠自身やウニー、ブリギットよりも前にゴラピーを預けることになるとまでは思っていなかったのだ。
マメーはうんうんと自分の中で言葉を探そうと考える。その前にゴラピーたちは鳴き声をあげた。
「ピキー」
「ふえるの、うれしいって」
「一緒にいなくてもかね? マメーとは離れてしまうよ?」
「ピュー」
「ひろがる、いいことって」
ふむ、と頷く。
ゴラピーは基本がマンドラゴラであり植物だ。植物の本能・思想は増えて広がることにあるのは間違いないだろう。そう思えば、遠くに自分たちがいることは彼らにとって望ましいことだと考えられる。とはいえ世界中にこのピキピー言う生き物たちが広まるのも困る。そこは師として制御せねばなと考えた。
一方のマメーは自分の言葉がまとまったのか、ぱっと笑みを浮かべた。
「あのね、ししょー」
「はいよ」
「ルナでんかはいもーとなの。マメーはいもーとができたらやさしくしてあげようっておもってたの」
「妹かい」
「ん」
「あら、わたくしの方がお姉さんではなくて?」
ルナ王女は首を傾げた。ルナ王女の方がマメーより年齢が上であり、マメーは特に体格が小さめでより幼く見えるのだ。だがマメーは言う。
「おねーちゃんだけど、いもーとにもなったの」
「妹弟子ってことさね。マメーの後にあたしの指導を受けてるんだから、姫さんはマメーの妹弟子だ」
ルナ王女は魔女協会に認められた魔女見習いではない。それでも同じグラニッピナという師から魔術を教わっているのだ。マメーにとっては初めての妹弟子だ。
「まあ、マメーお姉様?」
「むふー」
王女の呼びかけにマメーは満足げに頷いた。
「マメーちゃん、こうして勉強している時は、わたくしをルナと呼んでいいわ。妹なんですものね」
「ルナちゃん!」
「ええ、マメーちゃん!」
二人は手を取り合った。そしてじっとウニーを見る。
「な、なによ」
「ウニーちゃんはマメーよりせんぱい!」
「じゃあウニーさんにもルナって呼んでもらわないと!」
ウニーはしばし葛藤するような表情を浮かべ、二人の視線に根負けしたように言った。
「……ルナちゃん」
三人がきゃっきゃと手を取るのを眺めながら師匠は思う。マメーは生家で親兄弟から虐げられてきた子だ。師匠はそれを直接見たわけではないが、数年前に森に捨てられていたことや、その時の痩せこけたさま、先日のエヴェッツィー村での父ジョンや姉ドロテアの反応を見ればそれは明らかである。
それでも彼女は自分の妹に優しくしてあげようと思っていたというのだ。
「優しい子だ」
師匠はマメーの緑色の髪をそっと撫でた。マメーはえへへとはにかんだように笑みを浮かべた。
「そう言うならやっておあげ」
「うん!」