第93話:えへへ
「ピキー!」
赤いゴラピーがてちてちと歩き出し、黄色いのと青いのもピーピューと鳴いて、てちてちと歩き出す。
「ちょっといってくるね!」
マメーも立ち上がり、ゴラピーたちの後を追う。
「私もついていきましょう」
護衛であるルイスもマメーの後を追い、三匹と二人は部屋を出ていった。
ルナ王女は首を傾げる。
「……マメーちゃんたちは何をしに行ったんでしょう?」
「さてね。あたしゃ、やな予感がするがねえ」
師匠がそう言えば、ウニーも曖昧な笑みを浮かべて頷いた。侍女たちも戸惑った様子であり、ひっそりと喜んでいるのはランセイルくらいのものである。何が見れるかと楽しみなのだ。
マメーたちは言葉通り、すぐに戻ってきた。
「ただいまっ!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
元気よく戻ってきたマメーの足元には、三匹のゴラピーたちがよいちょよいちょと力を合わせて運んできたものがある。茶色い鉢植えであった。
はあ、と師匠はため息をついた。
「持ってきた鉢植えかい」
森の庵を出て城へと向かう直前、ゴラピーたちはマメーにマンドラゴラの植えられた鉢植えを持たせたのである。マメーは彼らが『いつかきっとやくにたつからもっていくといいよ』と言っていたと。
「なあ、ゴラピーよ」
「ピ?」
ゴラピーたちが首を傾げる。
「あんたら未来が読めてるのかね?」
彼らはぷるぷると首を横に振る。再び師匠はため息をついて言った。
「……あたしゃ反対だけどね」
「えー」
師匠はマメーやゴラピーたちが何をしたいのか、既に推察できている。
「だがまあ、姫さんやらそこのが強く望むだろうことはわかるよ。……せめて国王から大金ふんだくるくらいしかないかねえ」
そう言って、顎でランセイルを示した。む、とランセイルが唸る。ウニーがはっと気づいた。
「あ、うそ。マメーちゃん本気で?」
「マメー、あんたの口から説明しな」
「あい! あのね!」
マメーはゴラピーたちから鉢植えを受け取って卓上にとんと置いた。土が溢れてハンナが渋い表情を浮かべる。
そしてゴラピーたちも抱え上げて卓上に置く。ゴラピーはぴっとルナ王女に向けて手を上げた。王女は手を振りかえした。
「ゴラピーはね、マメーのつかいまみたいなものなのね」
「そうでしょうな」
ランセイルが肯定した。
使い魔と主人の間には魂絆と呼ばれる独自のつながりができる。これは単純に魔力で繋がっているという意味ではない。ただの動物に高い知能を与えたり、感覚を共有したり意思の疎通がはかれるようになる、場合によっては生命を共有するなど、その効果は多岐に渡る。
植物であるはずのゴラピーや、森の沼に住む師匠のヒキガエルが高い知能を有しているのはその一端なのだ。
「マメーのまりょくをゴラピーたちがつかってるんだけどー、わかる?」
ランセイルが答える。
「植物素体であるゴラピーがこうもなめらかに動き、高度な思考をする。魔法の力なくしてはあり得ないことでしょう。そしてその魔力の源は、幼き賢人たるマメー殿からとしか考えられません」
ゴラピーのピーという鳴き声からその意図を正確に理解できているのはマメーだけなのである。そこに特殊な繋がりがあるのは当然見て取れる。
「うん。えーっと、それでつかいまとのつながりはー、まりょくほーしゅちゅできなくてもだいじょぶなの。あってる?」
「不可視の魂絆で繋がっているから、放出にはあたらないと言われますな。……まさか」
「うん、だからゴラピーをルナでんかのつかいまにすれば、ルナでんかのあまったまりょくをかってにつかってくれるよって」
魔法に詳しくないルナ王女が尋ねる。
「つまりどういうことでしょう?」
「ルナでんかにゴラピーいっぴきあげるの」
「本当ですか!?」
ルナ王女は思わず立ち上がった。
ランセイルはマメーの前で跪いた。そして困ったように眉根を寄せる。
「幼き賢人よ」
「ん」
「あなたやゴラピーたちにそれが可能というならば技術的には可能なのでしょう。ですが魔法とは、秘された技なのです。師から弟子へと連綿と受け継がれる技術、それも魔導書にも記されていないような特殊なものは無用に広めるべきではない」
魔導書とは魔術について記した書物であるが、基礎的なものや一般的なものは本にまとめられて、魔術師なら誰でも閲覧し、学ぶことができる。しかし、禁呪と呼ばれる危険なものや、独自に発見した魔術、一門の秘伝の魔術、そういったものが存在するのだ。
「ランセイルはゴラピーをルナでんかにつけるのいや?」
「大歓迎ですが!」
即答にルイスとウニーが吹き出した。そりゃあここまで特殊な使い魔のサンプルである。ランセイルだって研究したいに決まっているのだ。
「ランセイル」
師匠が声をかけた。
「あんたの忠告は正しい。あたしもそうすべきではないと思う」
「はい、もちろん不才もゴラピーに興味はあります。ですが技術の流出は……」
ランセイルは良心と研究者としての性の間で葛藤をみせる。
「だが、マメーとゴラピーがそう望んでるんだ」
「幼子とその使い魔の判断に任せて構わないと?」
師匠は三度、ため息をついた。
「あたしが教えた技術なら、やめろって言えるんだがね。やめろっていう権利がないのさ」
「嘘でしょう!?」
つまり万象の魔女の指導した魔術ではなく、マメーのオリジナルであると言ったのである。
ランセイルはマメーをまじまじと見つめた。
「えへへ」
マメーは無邪気に笑みを浮かべた。








