第90話:ルナでんかのとこにいきます!
ランセイルはオパールの結晶をゴラピーに返しながら言う。
「龍の鱗は、一般的にこれよりも一回り大きいですが、この数倍の魔力を保有していますね」
ゴラピーたちはピキピーピューと感心したように鳴いた。
「すごいねー」
「ピュー」
マメーとゴラピーはこくこくと頷きあった。
「ピキー?」
赤いのが師匠の方を見て身体を傾けた。
「ししょーはりゅうのうろこ、もってるの? って」
「あたしかい? そりゃ持ってはいるがね。おいそれと使うようなもんでもないよ」
「それはそうでしょう」
ランセイルも応じた。当然、龍の鱗は貴重なものでもあるし、大魔女ともあろう者がさらにそこまでの魔力を必要とするような魔術など使う機会がそうそうあってもらっては困る。
「ピー」
「すごいまりょくのほしいなー、だって」
「ふん、頑張って稼ぐんだね」
ゴラピーたちは三匹で輪になって、こくこく頷くと、ぴっと右手を上げた。
「がんばるー、って」
「そうかいそうかい」
師匠はさらりと流した。
ゴラピーちゃんの頑張るー、はなんか酷いことになるんじゃないかなあとウニーは思わないでもなかったが、口を閉ざした。その懸念が実現するのはずっと先の話である。
「ま、ともあれルイスにランセイルよ」
「はっ」
「なんでしょうか」
師匠が男たちに声をかけ、彼らは居住まいを正す。
「あたしゃこれから魔力制御を姫さんに教えにゃならん。まあ教えるのは基本のとこだけなんでね。大して時間はかかりゃしないが、ランセイル、あんたはそのやり方を見て覚えるのと、あたしたちが帰ってからは、あんたが見てやってくれ」
おお! とランセイルは師匠の指導が見れることに歓喜の声をあげ、そして表情を引き締める。
「御意、承りましてございます」
「ルイスはあたしたちが戻った後に何かあったら連絡役を頼まれるだろうが……」
「ええ、もちろん承りましょう。今、師のご滞在中にしておくことはありますか?」
ルイスはにこやかに笑みを浮かべてそう言った。
師匠は少し考えてから言う。
「まあ、あんたあたしたちの護衛なんだろ。護衛に余計な仕事を頼む気はあまりないがね。ただ、姫さまのとこも人が増えてるんだろ?」
「ええ、そうですね。増えているというか、使用人らを遠ざけているのを戻しているという形ですが」
「魔法の指導するのに、あまり周りに人がいて欲しくはないね」
この部屋にもメイドが配されたということは、姫であるルナのもとにはずっと多くのメイドやら使用人やらが増えているはずである。しかし、魔術の指導を多くの人目に晒す気はないのだ。
「なるほど、伝えておきましょう。それとルナ殿下のご都合を伺ってきますね」
「ああ、頼むさね」
ルイスは立ち上がった。
結局、その日の午後、遅めの時間に魔術の指導の時間が取られるようになった。
ルナ王女にも当然公務というか、各種の勉強などやらねばならぬことは多い。しかし角が生えてしまったためにそれらが中断していたのは事実である。
色々と多忙になってしまうのだった。
そのため、マメーたちがルナ王女と会った時、ルナ王女は少々疲れた様子であった。
「ルナでんかこんにちはー」
マメーの挨拶と共に、ゴラピーたちはぶんぶんと手を振る。
「こんにちは、マメーちゃん、ゴラピーちゃんたち」
ルナ王女もゴラピーたちに小さく手を振り返した。
「魔女のお婆さまも、ウニーちゃんもようこそ」
「こんにちは、ルナ殿下」
「ああ、失礼するよ」
どっこいしょと師匠は椅子に腰を下ろす。
ルナ殿下の部屋に来るまでの途中、幾人もの使用人とすれ違ったが、この部屋にいるのはハンナとクーヤだけであった。彼女たちと、ルイス、ランセイルは壁際に立つ。
「ひひ、お疲れかね?」
ルナ王女は弱々しく笑みを浮かべて頷く。
「兄様、姉様にも久しぶりにお会いできましたし、色々と勉強などの再開もできたのですが、一気にくるとやはり大変ですわ」
「そりゃ仕方ないねえ。それなのに魔術の訓練の時間もねじ込んじまったわけだが」
ルナ王女はぱたぱたと手を振る。
「いえいえ、これは絶対に必要なことだとわたくし思いますし、それにこの時間楽しみにしていましたのよ」
「たのしみー」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーたちがばんざいするように手をあげた。
「ええ、ええ。気が詰まることもありませんし」
後でハンナが咳払いを一つした。
まあ、礼儀作法を咎めたり、多くの人目に晒されないこの時間は確かに息抜きにはなるのだろう。行き過ぎないよう、ハンナが釘を刺したが。
「ま、それならいいさね。鑑定は?」
「いえ、まだです。話はしていると思うのですが」
「時間かかるか。そりゃ仕方ないね」
魔女は王族に鑑定をしてはいけない。神殿に頼んではいるが、1日では直ぐにというものでもなかろう。師匠は気にせず、王女に向けて手を差し出した。
「やれる限りでやっていくさね。ほれ、手をおだし」
ルナ王女は師匠の手の上に自分の手を重ねた。
師匠はしばらく、その手を医師が触診するように揉んだり撫でていたかと思うと、おもむろにこう言った。
「あー、あれだ。姫さん魔力放出ができないタイプだね」