第9話:きしさまをおもてなしします!
「ゴラピー、ルイスはきっとよいきしさまよ? しんぱいしないでだいじょうぶ」
「ピキー?」
ほんとに? とでもいいたいのだろう。赤いゴラピーがそう鳴きながらルイスを見上げてくるので、ゆっくりと胸に手を当てて言った。
「ああ、私は君たちに危害を加えるようなことはないとも」
ルイスがそう言えばゴラピーたちはよちよちとマメーの腕の中から卓の上へと降り立った。
「じゃあおちゃいれてくるね!」
「ピー!」
黄色いゴラピーがかまどへと向かうマメーに手を振った。
「さて……」
ルイスはゴラピーたちを驚かせないよう、大きな音を立てないように気をつけながら荷物の袋や兜を足元の床に置き、甲冑の小手も外してその隣に置いていく。
「ピキ」
「ピ」
ゴラピーたちは意思疎通でもはかっているのか短く鳴くと、机の上の本に手をかけた。
うんしょうんしょと本を持ち上げると卓の端に積み上げ、ペンを持ち上げてペン立てにさし、ガラスのふたを持ち上げてインク壺に蓋をする。
「ピキー!」
「ピー!」
そして卓上が片づけば一仕事終えたという様子で汗を拭うような仕草を見せて元気よく鳴く。
家事の手伝いをする妖精といえばブラウニーなどが有名だが、マンドラゴラにそのような習性があるのだろうか? ルイスは疑問に思うが、彼らがこちらを見ているので声をかけてみた。
「見事なものですね」
そう言えば彼らは小さな胸をふんすと張る。
「どうしたの?」
マメーがカップとティーポットを載せた盆を持ってやってきた。
「彼らの片付けの腕前を称賛していたのです」
マメーは散らかしっぱなしでいたことに気付いて、あ。と口を丸くした。
「ゴラピーありがとうね!」
「ピキー!」
「ピー!」
頭の上の花がふりふり揺れている。まるで犬が主人に褒められて喜んで尾を振っているようだとルイスは思った。
マメーはうんしょと卓の上に盆を置き、お茶を用意する。
「そちゃですが」
「ありがとう」
ルイスは茶を口に運ぶ。
渋っ……! ルイスの眉間に皺がよった。
さっき茶を淹れている途中でマメーがこちらに来ているからだ。茶がポットの中にいた時間が長すぎる。
「よ、良い風味ですね」
「ありがとうございます」
そう言ってマメーもお茶を口に運んだ。
「あばぁ」
そしてすぐに口の端からお茶をこぼす。
「しぶーい!」
ふふ、と笑いながらルイスは荷袋から布を取り出すとマメーに差し出した。
マメーはぷるぷると首を振る。
「こんなきれいな白いぬのはつかえないわ! しみになっちゃう」
マメーが遠慮するので、ルイスは、失礼。と声を掛けると手を伸ばして布でマメーの顔を拭った。
「もう! ……ありがとうございます」
マメーはお礼を言った。
マメーはお茶を淹れ直すべく立ちあがろうとしたが、ルイスはそれを留めた。
「それよりもお話をしてもらえないかい?」
ルイスはここにグラニッピナ師の薬を求めに来たのだ。彼女は気難しい人物であるという。であれば今のうちに弟子であるという少女と仲良くなっておくのは大切だと考えた。
「あい! なにをお話ししましょうか?」
またマメーにとってもルイスは良いお客さまである。その求めに応じるのは当然とも言えた。
師匠の薬はちょう高いと知っている。それを求めにこんな森の奥までくるような客は当然大半が金持ちであり、マメーのような童女が対応すればそれだけで不機嫌になるような者も多い。
そして後で師匠に叩き出されているのだ。
「マメーはグラニッピナ師のお弟子さんとしてどんなことをしているんだい?」
「おべんきょーです! それとおにわでまほーをつかわないでもそだつやくそうをそだてています!」
「ピキー!」
「ピー!」
ゴラピーたちがすごいすごいとマメーに向けてばんざいした。
ルイスも驚いたような顔をしてみせる。
「すごいね! どんな植物を育てているんだい?」
マメーは指折り数えながら言う。
「ミントとかローズマリーとかー、ラベンダーとかオピウムポピーとかー、モンクスフードとかクレソンとかー……」
「む……」
「どうかした?」
ルイスが唸ればマメーが首をかしげる。
今、サポロニア王国では非合法とされる植物の名前があった。だが魔女の領域は不可侵であり、法の外側にある。そして麻薬や毒薬に使われるようなものにも薬の成分があるのだろうとルイスは考える。
そのことには触れず、別のことを尋ねることにした。
「クレソンなんて料理の付け合わせじゃないのかい?」
肉料理の付け合わせにしばしば添えられているあれである。
「お肉たくさんたべておなかいっぱいなのに、クレソンたべたらまだお肉たべられるなあっておもったことなぁい?」
「ピキー!」
ゴラピーが無いよと返事をし、マメーは吹き出した。それはもちろん食べたことは無いだろう。
騎士は答えた。
「確かにあるな」
「クレソンにはそのままでもしょくよくぞーしん? のこうかがあるの。おくすりにすればせきどめとか、いたみどめにもなるのよ」
「本当かい?」
「ええ、クレソンのはっぱをつかった、しっぷをつくるおてつだいしたことあるわ」
なるほど、この少女は幼く舌足らずではあるが、薬草学に関しては流石は魔女の弟子と言うべきか、でたらめを言っているのではなくきちんとした知識があるようにルイスは感じた。
「マメーすごいねえ」
「えへへぇ」
ルイスが褒めればマメーはぐねぐねしながら笑う。
その時である。
「なんだい賑やかだねえ!」
奥の扉からばんと音を立てて開き、老婆が一人部屋にやってきた。