第89話:ルイスたちももどってきました!
マメーは椅子から立ち上がってぴょんと跳ねた。
「まじょ! ルナでんかまじょになるの!?」
師匠は肩を竦めた。
「王様とそこらへんの話もしてきたがね。残念ながら魔女にはならん。魔女にするってことは魔女の弟子になるってことだ。王女様を森の奥のあばら家に住ませる訳にもいかなきゃ、空を吹っ飛ばす訳にもいかんだろ」
グラニッピナやブリギットの弟子にはできないということである。
「ざあんねん」
マメーは椅子に腰を下ろした。
「ま、先のことは分かりゃしないがね」
「ん」
などと話していると、部屋の扉がノックされた。先ほどのメイドが来客を告げに来たのだ。誰かと問う前に、僅かに開けられた扉の向こうから男たちの声が聞こえた。
「ああ、全く。全く出遅れたものだ!」
「まあそう言うな、ランセイル」
銀翼騎士団の副団長であるルイスと宮廷魔術師のランセイルである。どうやらランセイルが何やら怒っているのをルイスが宥めているようだ。
師匠は彼らの入室を許可した。
「おはようございます、皆さん。ウニー殿も久しぶり」
ルイスは笑みを浮かべて気さくに声をかける。
ランセイルは慇懃に礼をとった。
「ご機嫌麗しゅう、万象の魔女グラニッピナ師、幼き賢人マメー。そしてお初にお目にかかります、若き魔女殿。不才の名はランセイル。サポロニアンの魔術師にございます」
師匠はふん、と鼻を鳴らし、マメーはおはよーと手を振り、ゴラピーたちも卓上でピキピーピューと鳴きながら手を振った。
「ゴラピーたちもおはよう」
ルイスは頷いた。
ウニーはぴょんと立ち上がって、礼を返す。
「えっ、えっと。新参者階梯の魔女見習いウニーです! み、見習いなんでそんな、偉くないですから! 頭をお上げください!」
ランセイルはゆっくりと立ち上がり、ウニーを見下ろした。
「たとえ幼くとも、見習いであろうとも魔女というものは敬意を払うべきだとそこな幼き賢人殿に教わりましたのでな」
ルイスは肘でランセイルを小突く。
「しかしウニー殿は大人に頭を下げられるのは苦手な様子だぞ」
「うむ」
ランセイルは肯定に頷き、ウニーによろしく頼むと言った。
「ひゃい!」
ウニーは椅子に座り直すとマメーに耳打ちする。
「ちょっと、何よマメー、幼き賢人って」
「えへへー、マメーかしこいの」
マメーは笑みを浮かべ、ウニーは嘆息した。マメーがその幼き言動に反して天才であるのはわかっているが、自分もそうだと誤解されては困る。
ひひひ、と師匠は笑ってランセイルに尋ねる。
「あんた、何に出遅れたって言ってたけどどうしたんだい?」
「決まっています! もうおひとりの達人階梯の魔女、ブリギット殿がこの城へといらしたというのに、不才含め、宮廷魔術師の誰もがその御尊顔を拝していないとは!」
一般的に魔術師にとって魔女とは目の上のたんこぶというか、苦々しく思う存在である。しかしランセイルは自分たち魔術師よりも格上である魔女への尊敬の念が強い。それは彼の向上心の表れであるともいえよう。師匠はそれを感じてにやりと口元を歪めた。
ルイスはランセイルを宥めるように言った。
「仕方あるまい、昨日は大捕物だったのだから」
「それは分かっているが……」
ルイスとランセイルは王命で宰相派閥の魔術師を捕えるため動員されていたため、マメーたちから離れていたのだ。故にあの場にいなかったのは仕方ないことではある。
ただし、捕まえてからも屋敷で証拠品の捜索やら押収やら調査やらと雑務も多く、やっと昨日の夜遅くに解放されたのだ。それらがなければとランセイルは恨めしく思っているのだった。
「ま、座んな。それで、昨日はどうだったんだい」
そう師匠は話を促した。
「結局のところ呪いをかけたのは宮廷魔術師の一員でした。宰相閣下の領地の魔術師で、魔術師となるための資金を出してもらっていたために、王女に呪いをかけるという依頼を断れなかったと」
魔術師になるには高度な教育が必要であり、ひどく金がかかる。力ある貴族が自領で生まれた魔術の才能がある子に金を融資して自派閥の魔術師を育成するのはよくあることであった。
「一人かい」
「その魔術師と弟子数名ですね。なぜ我々がその呪いを解けなかったかについては、莫大な魔力で呪いを掛けたからだったようです」
ランセイルはため息をつき、言葉を続けた。
「希少な龍の鱗が砕け散っていましたよ」
龍は最高位の魔法生物である。莫大な魔力を身体に蓄えるため、その鱗などは防具に加工されたり、魔力を蓄えるために使われるのであった。
うへぇ、とウニーが唸った。そんなものを使ってつまらない呪いを掛けるなんてと。
「ピー!」
黄色いゴラピーがひと鳴きすると、卓の上をてちてち走り始めた。
「どーしたの?」
そう問うマメーの手から腕、肩へと登り、ローブのフードの中に入る。
「かくれちゃった?」
フードの中でがさごそしていたかと思うと、またてちてちと肩から腕、手へと走り、卓の上に戻る。
「ピー!」
そしてきらきらしたものを自慢げに掲げた。蜜の代わりに師匠から貰った、魔力の込められたオパールである。
「それもそこにしまっていたの!?」
マメーが驚く。中の小石とか硬い身とか羽根とか出したはずなのに、見逃していたのか、またしまわれたのか。ルイスは笑った。
「む、これは魔力結晶か……」
ランセイルはそれを摘み上げた。
「ピキー!」
赤いのがぴょんぴょんと何か訴えかける。マメーが代わりに問うた。
「ドラゴンのうろこと、どっちがまりょくおおいのって」








