第88話:おはウニー。
ぱちり、とマメーは目を開いた。暗い部屋の中で天井に描かれた絵画がぼんやりと目に入る。
「……あさ」
ウニーとブリギットがサポロニアンの城に来た翌朝である。
むくりとマメーは起き上がり、くしくしと片手で顔の目の辺りをこする。
ベッドから降りると、ぺたぺたと歩いて窓の方へ。
「よいしょ」
厚手の布のカーテンをずるずると引っ張れば、部屋には朝の爽やかな陽射しが入ってきた。だが、窓にはガラスが張られていて、外の空気は入ってこない。
ぺたり、と顔を窓につければ、頬がひんやり冷たく、気持ちよかった。明るくなった部屋を見渡す。
「ししょーいない」
マメーの抜け出したベッドはこんもりと布団が盛り上がっていて、もう一つのベッドには誰も寝ていた形跡がなかった。彼女が徹夜で何かしているのはいつものことだ。マメーは気にせず赤黄青の植木鉢を窓際に並べて置く。
「よし」
マメーが覗き込んでいると双葉がぶるぶると震え出し、ぐっと土が盛り上がったかと思うと、中からぽこんと上半身が出てくる。ゴラピーたちだ。彼らは身体をぶるりと震わせて土を落とし、ううんと伸びをした。
「おはよ、ゴラピー」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーと挨拶を交わし、げんき? と尋ねられればうんうんと頷く。この一人と三匹は朝に強い。
「さてー」
マメーは振り返る。森の師匠の家とは部屋の大きさもベッドの大きさもおおちがいである。昨晩、マメーとウニーは同じベッドで横になったのだった。
だからマメーの出てきたベッドの中にはまだウニーが寝ているのである。マメーはゴラピーたちを抱えてそちらに近づいた。
「ウニーちゃんおはよー!」
そう挨拶するが返事はない。布団が芋虫のように身を捻り、光や音から遠ざかろうとした。
マメーはゴラピーたちをベッドの上におろした。
「おはよー!」
ゆさゆさ。
開いた手でマメーが布団を揺する。
「ピキー!」
「ピーピー!」
「ピューピュー!」
べちべちべちべちべちべち。
ゴラピーたちは葉っぱをぶんぶん振って布団を叩いた。
布団の塊は身を丸くして耐えていたが、やがて諦めたのか紫がかった黒髪が布団の端からぴょこんと出てきた。
「……おはマメー」
オレンジの瞳はまだとろんとしている。
「おはウニー!」
マメーは元気に挨拶を返した。ピキピーピューとゴラピーたちも挨拶を返す。
「あさごはんたべよー!」
「うにぃ……」
元気いっぱいなマメーはウニーの手を引いてベッドから起こす。
二人は朝の支度をして部屋を出るのだった。
「あ、おはよーございます!」
部屋を出るとそこにはちょうどメイドが通りがかったところであった。
「おはようございます、お早いのですね」
ルナ王女の角の噂を広めないために、王城のこのあたりは人を少なくされていた。王女付きの侍女がハンナとクーヤの二人しかいなかったように。それが解決に向かっているため、使用人が少しづつ増やされているのだ。
ちょうどこのメイドも客人の朝の支度を手伝いに初めて来たのだが、マメーがそれよりも前に起き出していたのである。
「ししょーしってますか?」
「別の部屋で昨夜遅くにお休みになられたと聞いております」
「まだねてますか」
「おそらくは。先にお食事をなさいますか?」
マメーはウニーを振り返る。立ちながらもまだ意識が眠っているウニーの頭がこくりと落ちかけた。マメーはそれを頷いたと判断し、メイドに「そうします」と伝えたのだった。
さて、二人が朝食をもぐもぐぺろりと平らげ、ゴラピーたちもマメーが魔力を通した水を飲んで食卓にころころと転がっていると、師匠がやってきたのだった。
「ししょーおはよー」
「おはようございます、グラニッピナ師匠」
「ああ、おはよう」
マメーがぶんぶんと手を振り、ウニーは頭を下げた。師匠はどっこらしょと椅子に腰掛け、メイドに声をかける。
「食事はいらんから茶だけおくれ。そしたら下がって良い」
「畏まりました」
人払いをしたのである。そして茶を喫しながらおもむろに話し始めた。
「ブリギットにトゥ・ガルーの王都まで飛んでもらってね。それで夜のうちにゃ向こうにいる宰相の手下に接触できたのさ。その連絡やらなんやらであたしも横で話聞いてた王様も徹夜さね」
「お疲れ様です」
「それで、どーだったの?」
「そいつらはもう向こうの王子について調べがある程度済んでいてねえ。黒さ」
「黒、というと、王子が男爵令嬢と恋愛関係にあるということですか」
ウニーが表情に嫌悪感を滲ませた。師匠は頷く。
「あそこの国は王侯貴族のための学校がある。同じ教育を受けさせるってのは良い側面もあるけど、今回は悪い方に出たみたいだねえ」
「ふーん?」
学校というものを知らないマメーは首を傾げた。
「それと、ブリギットは向こうで調査するってんで、ウニーはしばらくあたしの預かりだ。良いかね?」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
ブリギットが向こうにいれば、この遠距離でも即座の連絡がつくということである。王から現地にいるよう依頼されたのもあるだろうし、まだ調査だって完遂していないのもあるだろう。
だが、師匠は自分の楽しみのためにトゥ・ガルーで色々と首を突っ込んでくるのだろうなぁ、とウニーは思った。
マメーは尋ねる。
「ルナでんかはどーするの?」
「そりゃこれから決めるのさ。王様とか王妃たちは婚約どうすんだっていう話し合いを今もやってるよ。ただ……」
「ただ?」
「あの子にゃ魔力を制御する方法を教えなきゃならん」








