第85話:ちょぴっと。
「あああ……」
ウニーは顔を手で隠して俯いた。
手の隙間から覗く顔や耳が赤い。
「良いのですよ、そんなに緊張しなくても」
「うう、ありがとうございます……」
緊張するウニーに対し、マメーは気楽なものである。ぴょんと椅子に腰掛けた。ちなみにゴラピーたちには何か食べるかを尋ねたところ、もうお水は大丈夫とのことだったので、卓の上に浅い箱が置かれてその中でてちてち歩いたり座ってぼーっとしている。
ルナ王女が視線を送れば、三匹の誰かがぴっとちっちゃな手をあげて振ってくれるので、王女はご機嫌である。
「丁寧な挨拶ありがとう。さ、まずは食べながらお話ししましょうか」
王妃殿下はそう言って、使用人たちに配膳を命じる。
今日は色々なことがあった。本来はマメーと師匠を、王族一同と晩餐をするという予定も考えられていたのだが、ルナ王女の角の件はまだきちんと解決していないことや、師匠が宰相に会いに行ってしまったり、別の魔女が来たりと想定外のことも沢山。
結局会食は子供たちだけとなったが、王妃殿下の食事会に招くという形にしたのである。王族として、かなりの感謝と歓迎を示しているのだ。
あまり格式ばったものにしないようにという話にはなったが、それでもコース料理である。
「あるかなのかみさま、きょうのごはんをありがとうございます!」
王妃と王女は万物の神々へ、マメーとウニーは秘儀の神へと食前の祈りをとなえた。そして使用人たちが食事を運ぶ。まずはドリンク、そしてアミューズ。
「ちょぴっと!」
マメーは驚いた。なんかつやつやしたきらきらしたものが載せられたスプーンがひとつだけ出されたからである。
「マメーちゃん、順番に出てくるから大丈夫よ……」
「っ……生ハムのキャビア添え、バジル風味でございます」
ウニーがこっそりとマメーに声をかけ、使用人が笑いを堪えつつ、説明をした。つやつやしたのは生ハムにかかったバジルのソースで、きらきらしたのはキャビアである。
ウニーがスプーンを持ち、マメーに見せるように一口でそれを食べると、マメーも真似をしてそれを口にする。
マメーはしばしもにゅもにゅと口を動かし、ごくりと飲み込むとにっこり笑って言った。
「……おいしい!」
「ふふ、それは良かったわ」
王妃はマメーとウニーを見極めているのである。どちらも性質が善であるのはすぐに分かる。ウニーは平民であってもこうした食事をしたことがあるようだ。先ほどの挨拶も失敗していたが、マナーを使う機会が少なくとも学ぶ機会はあったようである。
一方、マメーはより幼いということがあるにせよ、こうしたマナーのいる食事の経験は無いようである。ただ、今もちゃんと飲み込んでから話すなど、決して下品ではない。
二人の師匠の教育の方針が見えてくるのであった。
「そーいえば、ルナでんかあたまだいじょーぶ?」
食事のさなか、マメーがルナ王女に尋ねた。
「ちょっとマメーちゃん!? 角! 頭の角って言わないと!」
ルナ王女はくすくすと笑いながら答えた。
「ええ、今は痛みもありませんし、頭大丈夫ですわ」
「よかったねぇ」
マメーはにこにこしている。
彼女の礼儀はもちろんなっていない。だが、それでも塞ぎ込んでいた娘が明るく振る舞えているのは一種の人徳であるなと王妃は感じるのであった。
食事が終わりに差し掛かった頃、王妃は尋ねた。
「マメーちゃん、何か欲しいものはあるかしら?」
「ほしーもの?」
「ええ、マメーちゃんはルナを助けるのに活躍してくれたでしょう? ウニーちゃんも何か欲しいものはない?」
王妃は言う。魔女とはいえ幼子が二人である。懐柔とまではいかなくとも、将来の魔女がこの国に好感を抱いてくれるなら、それは大いに価値あることなのだ。
しかし逆にウニーは少々警戒を覚えたようである。
「これがマメーちゃんへの褒美というなら私は貰う資格はありませんね。師のブリギットは今、隣国まで飛んで調査に向かっているので、そちらは何かを要求するでしょうけど」
「……そう、そうね。マメーちゃんはどうかしら?」
マメーはこてんと首を横に倒した。
「えーっと、まじょにはねー。ほしーものはないんだよ」
「欲しいものがないの? お菓子は? 宝石は?」
「ほしい!」
マメーは椅子の上でぴょんと跳ねた。
「でもそれは、ほんとうにほしいものじゃないの」
「あら」
「ししょーはねー『ほしいものはすべてじぶんでてにいれる。それがまじょのりゅうぎさね』っていってた。ほんとーにほしーものはじぶんでてにいれるからいらないの」
ウニーははあ、とため息をついた。一つは安堵のために。ここでマメーが王侯貴族に取り込まれるようでは困るのだ。
もう一つはマメーの師であるグラニッピナへの呆れである。そんなことが言えるのは万能系で三つ星の才能があればこそ。魔女の中でも彼女くらいのものだ。
「そう、じゃあマメーちゃんが一番欲しいものは何かしら?」
「マメーはね。ししょーみたいなりっぱなまじょになりたいの」
「まあ、応援しているわ」
「あい!」
真っ直ぐな子だと王妃は感心する。マメーに恩は売れなくとも、こちらから余計なことをしなければ彼女がサポロニアン王国に敵意を抱くようなことはないだろう。
「ではルナと仲良くしてくれるかしら?」
「うん、ルナでんかおともだちー」
ウニーからすれば不敬にも思えるが、王妃は優しく笑みを浮かべた。
ルナ王女も感激した様子をみせる。
「マメーちゃん……!」
「ウニーちゃんもおともだちだよ!」
マメーはウニーの袖を引いた。
「ウニーさん、よろしくお願いしますわ」
「えー、うん。はい。ヨロシクオネガイシマス」
「ゴラピーたちも!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」