第84話:ルナでんかとウニーちゃんとおしょくじです!
「……いっちゃった」
ブリギットが出て行った窓を見つめてウニーが呟いた。
ルイスは苦笑しながら開け放たれた窓を閉める。
「いきなりで悪かったね。あんたの師匠に仕事を頼んじまったよ」
「いえ……」
グラニッピナがそう言えば、国王も続ける。
「うむ、汝の師を借りることとなった。すまぬことをしたな」
「ひゃ、ひゃい! いえ、だいじょぶです!」
慌てた様子のウニーに、卓上でゴラピーたちがピピピーと笑い声のような鳴き声をあげる。
「はあ、どっこいしょ」
師匠がソファーから立ち上がった。
「王様よ、宰相はどこさね」
「む? あやつは自発的に牢に入ったぞ。地下牢に行こうとしよったので、北の塔に入れさせたわ」
城の地下は最も丈夫であり、古来の城であれば、立て籠もる最後の砦としての働きを持つ。だが今やそうではない。
丈夫ということは逃れられぬということも意味し、牢獄として使われることが多いのだ。ただしその環境は劣悪であり、貴人の罪人は地下牢ではなく塔に幽閉される事が多かった。
北の塔というのもその目的で使われているのだろう。
「ふふん、頑固なことだね」
「面会したいのかね?」
王は尋ね、師匠は頷いた。
「トゥ・ガルーに宰相の手の者がいるんだろう? それとブリギットを会わせて情報交換をして貰わないとね」
「おお、確かにそうか」
ブリギットは隣国へと向かったが、先に調査結果があるなら共有したほうが良いのは当然のことである。
「しかし、連絡ができるのかね?」
「普通はこの距離だと魔術は届かないがね。ま、特定の術者間に絞ればやりかたもあるのさ」
国家間の距離ともなると精神感応の魔術の射程を遙かに越えるが、彼女には問題ないらしい。
「それにブリギットが一人で飛ばすなら今夜中に隣国まで行けちまうからね」
「んなバカな……」
思わずといった様子でルイスが声を漏らす。そして慌てて頭を下げた。
「いえ、失礼。グラニッピナ師の言葉を疑う訳ではありませんが、あまりにも常識外れの速度だったので」
ルイスはグリフィンライダーだ。空を飛ぶ騎士としてその速度の異常さに思うところもあったのだろう。
師匠ほひらひらと手を振って言う。
「まあ、あんたの気持ちはよく分かるさね」
ウニーが身をぶるりと震わせた。自らの師匠の箒の速度を思いだしたのだ。
「ブリギットししょー、びゅーんってはやいものねー」
マメーは気楽に言う。
ちなみに水と闇属性の二属性特化のウニーや、準植物特化のマメーは一般的に空を飛べる属性ではない。彼女たちが飛べるようになるにはかなりの研鑽を積まねばならないだろう。
「マメー」
「あい!」
師匠が呼ぶので、マメーはぴょんとソファーから飛び降りるようにして立った。
「あたしゃ、これから夜に宰相ってのと話したり、ブリギットと連絡とらにゃならん。ウニーとゴラピーたちと大人しくしてな。先に寝てていいよ」
「あい!」
マメーはぴっと右手を上げて答えた。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
卓上でゴラピーたちも手を上げて答える。いつも返事は良いのだ。
「ししょーがんばってね!」
「あいよ」
そこに国王も声を掛ける。
「マメー、それとウニーよ」
「へいかどーしたの?」
マメーは首を傾げた。
マメーは国王を陛下とは呼んでこそいるが、その言葉遣いは不敬そのものだ。ウニーは気が気ではない。マメーの脇をつつき小声で囁いた。
「ちょっとマメーちゃん?」
「にゅひ、くすぐったいよ」
しかし国王は気にした様子もなく言う。
「ルナの話し相手となっていてはくれないかね?」
これから夕食時である。
だが国王は師匠と共に宰相のもとへ向かわねばならぬ。娘も子供たちと一緒の方が楽しかろうと思ったのだ。
「いいよー!」
マメーが元気よく頷き、ゴラピーたちもピキピーピューと肯定した。
ルイスはマメーたちにつくこととなったので彼の先導で、ゴラピーたちを抱えたマメーと、ウニーの二人と三匹は一度部屋に戻る。そしてすぐにルナ王女の部屋で夕食を共にすることになったのである。
「マメーちゃん?」
部屋に入るや否やウニーはマメーに尋ねた。
「なあに、ウニーちゃん?」
「ルナ王女ってどんな人?」
「えっとねー、鹿さんの角が生えてたり生えてなかったりするよ!」
そんなことは分かっているのである。耳を傾けているルイスはこっそりと笑った。
「そーじゃなくて性格とか」
「やさしーよ」
「そっか」
ウニーはちょっと安心した。
「ピー!」
マメーに抱えられながら、黄色いゴラピーがウニーに向けて鳴いた。
「……ゴラピーはなんだって?」
「えっとね。ゴラピーたちのおしりずっとみてるおんなのこだって」
「ピキ」
「ピュ」
赤いのと青いのも肯定するように短く鳴いて頷いた。
「えー……」
ウニーはちょっと不安になって頭を抱えた。
ウニーがローブについた旅の汚れをぱっぱっと落としていると、すぐに先触れがやってきて、食事に呼ばれた。夕食は王妃、ルナ王女、マメー、ウニーの四人であるという。
「うひぇ」
王妃殿下まで増えたとウニーは緊張している。ルイスがぽんと彼女の肩を叩いた。
「大丈夫ですよ、王妃殿下もルナ王女殿下もお優しい方です」
「ひゃい」
ウニーは反省している。
国王陛下と会った時に、師匠の箒から降りたばかりでふらふらしていて、ちゃんとご挨拶できなかったことに。
だからしっかりと挨拶からしようと考えているのだ。食事のため通された瀟洒な部屋で、王妃たちが入室してきた時にウニーはちゃんと立ち上がって彼女たちを迎え、魔術師式の礼をとった。
「サポロニアン王国の王妃殿下、王女殿下。私は達人階梯魔女ブリギットが弟子、新参者のウニーと申します。本日はお目もじかにゃい光栄でごじゃいま……」
そして盛大に台詞を噛んだのだった。
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