第83話:びゅーんってきて、びゅーんっていっちゃいました
「運が良い? 魔女殿、それはどういうことかね」
国王は師匠に尋ねる。
「ピキー」
「ピュー?」
「ピー!」
卓の上でころころとしてたゴラピーたちが立ち上がって、窓の外を見上げて鳴き声を上げた。
「あ!」
マメーもゴラピーの視線を追って、窓を見上げて声を上げた。
国王もそちらを見るが、彼には何も見えない。それは魔法により隠匿されているからだ。
一方でルイスは魔法を使えないが、それでも何らかの気配を感じたのか警戒の姿勢を取っていた。
師匠は口元を笑みに歪める。
「一番速い魔女がやってきたのさ」
それははるか高い空から、流星のごとき速度で落ちてくる。
「ひゃぁぁぁぁ」
一人の女の子の悲鳴と共に。
マメーはぴょんと立ち上がると、窓の方にとてとて駆け寄った。
「ウニーちゃん! ブリギットししょー!」
飛んできたのはブリギットと、彼女の弟子のウニーである。
箒に乗り、とんがり帽子を被った魔女は、マメーたちの部屋の窓の外にぴたりと止まった。
王城の透明で大きなガラスの窓が、巻き起こされた風にがたがたと揺れる。
ブリギットの腰のあたりで、オレンジ色のローブを着た少女がずるりと箒から落ちかけた。
「ウニーちゃん! ブリギットししょー!」
マメーは再び叫びながらぴょんぴょんと飛び跳ねて手を振る。
ブリギットは優雅に手を振り返し、ちょんちょんと窓の留め金を指さした。開けろということだろう。
だが王城の窓は大きくて、マメーには手が届かない。
「何者か」
「はっ。以前、万象の魔女殿の庵にてお目にかかった魔女殿で……」
ルイスが国王と言葉を交わして、魔女を入室させる許可を取ってから窓を開ける。
ブリギットは箒に跨がったまま、窓から部屋へと入り、ゆっくりと床の上に着地した。
「こんばんは、おチビちゃん」
「こんばんは、ブリギットししょー!」
二人はいぇーいと手を打ち合わせた。
ウニーはどさり、と床に倒れ込むように膝をつく。
「こんばんは、ウニーちゃん!」
「う、うん。こんばんはマメーちゃん……」
ウニーはブリギットの荒い飛行で息も絶え絶えである。
ウニーがマメーに抱き起こされている間に、ブリギットは部屋の中央へと向かった。
「久しぶりね、色男」
「ルイスですよ。久しぶりというほど日が経ってはいませんが、再会できて何よりです」
「そちらは?」
「国王陛下ですよ。失礼のないようにしていただけると……」
ブリギットはとんがり帽子を脱いで、軽やかに礼をとった。
「初めまして、サポロニアンの国王陛下。蒼天と大海の魔女、ブリギットと申しますわ」
「うむ。余がサポロニアン王国国王、ドーネット9世である」
そして師匠らに向けて挨拶をする。
「こんばんは、グラニッピナお婆ちゃん。それとちっこいのたち」
「お婆ちゃんはやめな」
師匠が言葉を返し、ゴラピーたちは卓の上でぶんぶんと手を振った。
「新月の儀式はどうしたのさね」
師匠は尋ねる。ブリギットはサポロニアンに来ると言っていたが、仕事の後でという話であった。その仕事とは新月に行う魔術儀式であり、今日はまだ新月を迎えてはいない。
「それがさー。聞いてよ、お婆ちゃん」
「お婆ちゃんはやめな。何かあったのさね?」
「それがさー、儀式の海域に海竜が紛れ込んできてさぁ。延期よ延期」
「そいつはしょうがないね」
たとえ竜であろうとも、ブリギットやグラニッピナであれば退治したり追い払うことは可能である。だが竜とは大量の魔力を保有する魔物であり、それがいるだけで魔法の繊細な儀式を歪めてしまうのだ。儀式が延期となったのはやむない事情と言えた。
「なに笑ってるのよう」
ブリギットが不満げに咎めた。師匠の口もとが笑みに歪んでいるためだ。
「おっと、こいつは失礼したね。こっちも色々あってね」
ふむ、王族というのはなにか天運の類のようなものを持っているなと師匠は思う。隣国について知りたいという話があった時に、こうして解決策ともなる魔女がやってくるのだから。
師匠は声をかける。
「王様よ」
「うむ?」
「今回の王女さんと角の件を、このブリギットに伝えてしまっても構わないかね? こう見えてこいつはあたしの妹弟子でね。あたしが黙っておれと言えば、秘密を漏らすようなことはないが」
王はうーむ、と唸る。師匠は続けた。
「代わりに、こいつが手伝ってくれるさ。隣国の調査とかね」
「本当かね?」
「ちょっと、なに勝手に言い出すのよ!」
「あんたは必ず興味を抱くネタさ」
そういう訳で部屋に椅子が二脚と茶が用意され、ブリギットとその弟子のウニーに、マメーたちが王城に来てからの話が伝えられた。
そして、話が姫の婚約者である隣国トゥ・ガルーの王子と、隣国の男爵令嬢を愛しているというところに差し掛かったところで、ブリギットがガタリと立ち上がった。
「その王子の浮気を調べてこいってことね!」
「婚約前だから、浮気ってのも違う気もするけどねぇ。まあそういうこった」
ブリギットは自分の胸を叩いた。豊満な胸がぷるりと揺れる。
「任せなさい! 飛ばして行くわ! ウニー!」
「あ、はい!」
「あなたはここにいなさい。アタシはちょっと出かけてくるわ!」
ウニーはほっと安堵の息をついた。
「それじゃあね!」
「いってらっしゃーい」
マメーはふりふりと手を振った。
既に日は落ちているというのに、夜空に向けてブリギットは飛び立っていく。
師匠は茶を一口啜ると、唖然とする国王とルイスに向けて言った。
「恋愛話とか好きで、出歯亀気質なのさね。あの妹弟子は」