第80話:あなたがはんにんなのです!2
「薬……? どっちの薬だい?」
師匠は問い返した。ルナ王女に飲ませた薬は、ルイスに持たせたものと、追儺の儀式の際に飲ませたものの二つがある。
「ぎしきのときにししょー、おくすりのませたでしょ? あれ」
「ふむ……あっ!」
師匠は天を仰いで、額にぴしゃりと手を当てた。
「やれやれ、こいつはひどい話だよ」
師匠は呻く。先ほど、マメーが言い淀んだ理由も分かった。
「なるほど、それなら犯人は姫さんじゃなくてあたしじゃないかい?」
「……じゃあふたりともはんにん?」
マメーはこてんと首を倒し、確かにと師匠は頷いた。王妃が尋ねる。
「あの、どういうことなのでしょう。説明してくださいますか?」
「えーっと、ししょーのくすりのこうかがー……なんだっけ」
「ここからはあたしが説明するさね」
師匠は居住まいを正し、王妃に向き直った。
「今マメーが言ってたように、犯人はあたしとお姫さんさ。ただまあ、これには周りの不手際や責任もあると思う。あたしに関してはどうでもいいんだけどさ、ルナ殿下を叱らないと約束してくれるかい?」
「魔女のおばあさま……」
ルナ王女は呟くように言った。
王妃はルナ王女を見る。犯人と言われているルナ王女は不安げな顔で母である王妃を見つめ返したので、王妃は優しく頷きを返した。
「ルナが悪意をもって何か罪を犯したなら、それを叱責するのは母としての義務です。ですが、そうでないのであれば決して怒ったりはしないと約束しましょう」
師匠は頷くと、虚空庫から空の薬瓶を取り出した。儀式の際にルナ王女に飲ませたものだ。
「これが今マメーの言っていた薬でね。望まぬ効果の魔術を打ち払いやすく、望む効果の魔術の効果を増幅する効果がある魔法薬さね」
「呪いを打ち払いやすくする薬ですね。グラニッピナ様が開発なされたのだとか。夫から説明を受けています」
儀式の様子は聞いていたのだろう。だが師匠は首を横に振った。
「基本的にはそうさね。だが呪いをかけられた対象が、呪いの継続を望んでいたらどうだい?」
「えっ……」
「マメーがルナ王女が犯人と言ったのはそういうことだろう?」
「ん」
マメーは肯定した。
望む効果の魔術を増幅、つまり呪いを増幅するということになる。
「元々、お姫さんは宰相のとこの魔術師に呪われてさ、それはあたしが払ったのさ。でもきっと姫さんに魔術的素質があったのと、あたしの薬の効果と呪いを願う気持ちがあったせいで、また角が生えちまったりしたんだねえ」
王妃は困惑を表情に浮かべる。
「それは、理論的にはそうなのかもしれませんが……。呪いの継続を願う、そのようなことがあり得ますか?」
王妃はルナ王女の様子を師匠たちがくるずっと前から見続けているのだ。鹿の角の重さはルナ王女を疲労させ、人前にも出られず、感染る病や呪いかもしれぬという懸念から家族との交流も最小限に抑えられていた。サポロニアンの王家は幸いなことに継承権を巡って家族間で不仲というわけでもないのだ。呪いを望むはずがない。
「当然普通はあり得ない。だからあたしもそんなことは確認しなかったし、ルイスや王様からあたしにそんな説明はされなかったのさ」
「ルナ……」
王妃はルナ王女の方を見た。言われずとも決して叱ったりはしない。だが姫はしゅんと項垂れていた。
マメーが声をかける。
「ルナでんかものろいはもちろんいやだったんだよね」
「ええ」
「でも、のろわれてもいいなーとおもっちゃうこともあるよね?」
ルナ王女は観念したかのように頷いた。
「どうして、どうしてマメーは気づいたのですか……」
その言葉は実質的な肯定であった。マメーはぺこりと頭を下げる。
「さっき、にわのばらさんからきいちゃった」
「薔薇から?」
「そのまえで、ルナでんかがはなしていたことをばらさんがおしえてくれたの。れーぎさほーのじゅぎょうがたいへんーとか、こんやくがいやだなあとか。……ひみつにしてたのにごめんね」
これが、マメーが言い淀んだ理由である。
マメーの腕の中でゴラピーたちがマメーを慰めるようにピキピーピューと鳴いた。
なんとまあ、と王妃は唖然とする。こんな幼子でありながら、恐るべき諜報に長けた魔女であると。だがそれよりいま大切なのは娘のことである。
「ルナ、隣国の王子との婚約は嫌だったかしら」
「……はい」
「今も、わたくしが婚約について口にしたから角が生えてしまったのかしら」
「そうだと……、思います」
「そう、御免なさいね」
王妃は頭を下げ、ルナ王女は慌ててそれを否定する。
「お母様が謝ることではありません!」
「でも、わたくしたちはルナの心を聞いていなかったわ。それなのに婚約の話を進めてしまっていた。さっき魔女様が周りの不手際や責任と仰ったのはそのことでしょう。それは確かにわたくしたちの落ち度なの」
王侯貴族の結婚、それも特に国家間を跨ぐようなものは、結婚する本人の意図など反映されぬのが当然である。それは王家や貴族家という家の利益のためのものなのだから。
だからルナ王女の心を聞いていなかったのは別に国王や王妃のせいとは言えないだろう。だが、王妃は謝罪してみせた。
ルナ王女は話し出す。