第8話:きしさまをおうちにおまねきしました。
「ルイスでいいですよ。マメー」
この少女が魔女の弟子であると言うなら、王国の身分制度の外側にある存在である。卿と敬称をつけて呼ぶ必要はないのだ。
もちろんそんなことを抜きにしても子供相手というのもあるが。
「あい、ルイスはなにしにきましたか?」
マメーは遠慮なく名前で呼んだ。
「マメーのお師匠のグラニッピナ師の魔法薬を求めてきたんだ。お師匠はご在宅、えーと、おうちにいますか?」
マメーの知る限り、ここに来るお客さんの半分は師匠と同じ魔女かその使い魔である。そしてそうじゃない半分のうちほとんどは、師匠の薬を求めてやってくるのだった。
「あい! でもいまは手のはなせないおしごとのさいちゅうなのです!」
マメーは正直に答えた。
「それでは外で待っていても良いでしょうか?」
騎士は礼儀正しくそう尋ねた。
だがマメーはぷるぷると首を横に振る。
「中でまっててください!」
マメーは師匠から、変なのがきたら居留守にしておけとか、追い返していいと言われている。だが彼は礼儀正しくて良さそうだとマメーは判断した。
「いいのかい?」
マメーはこくりと頷いた。
「いらしゃいませ!」
マメーはルイスを中へ招くと、先にとてとてと部屋へと戻り、かまどへと向かった。
「おちゃいれてくるからすわってまってて!」
そう言われたルイスはきょろきょろと興味深げに部屋を見渡す。
普通の村の民家のような素朴な部屋ではある。魔女的な要素は入り口付近の水晶や、棚の飾りに魔術的な紋様が見て取れる程度だ。
「あなたにいっぱーい、わたしにいっぱーい、ポットにいっぱーい」
かまどの方からは調子はずれで陽気なマメーの歌が聞こえてくる。
だがルイスが警戒を解くことはない。外から見える小屋の大きさと中の広さが合っていない。確かに外から見た小屋はこの部屋よりは大きいだろう。
しかしこの部屋以外に師匠の仕事部屋があることがマメーの口ぶりからわかる。さらに言えばこの部屋には寝床もない。
それらが別の部屋にあるとしたら、この小屋は空間が捻じ曲げられ、拡張されているということだ。
ルイスはグラニッピナという魔女の実力の一端を感じていた。
「では座らせてもらうよ」
卓も椅子も、装飾こそないが鎧を着た彼が座ってもきしまない上等なものだ。卓の上には彼女が今まで読み書きをしていたのだろうか。羽根ペンやインク、魔法に関する本などが無造作に置かれている。
勝手に見て良いものでもないだろうし、魔女の呪いなどかけられても困る。
開きっぱなしの本などあるので、彼はその文字など読まぬよう、そっと本を脇にどかした。
「ピキュー……?」
「ピュー……?」
まさか本の下に何か隠れてるとは当然思ってなかった訳である。
「うわぁ!?」
驚いたルイスは悲鳴じみた叫び声をあげた。
「ピキー!?」
「ピー!?」
声に驚いたゴラピーたちは悲鳴じみた鳴き声をあげて卓の上を逃げ回った。
「あっ、ゴラピーかくしてるのわすれてた!」
そしてマメーはかまどの前で叫んだのだった。
ゴラピーなる名の赤と黄色の生き物は卓の上をあっちへうろうろ、こっちへうろうろと逃げ回り、卓の端っこで落ちそうになっては戻ってきて、またルイスを見てぴゃっと跳ねる。
「……妖精か?」
ルイスは呟いた。
彼の見ている前でゴラピーたちは本を二匹がかりで持ち上げて立てかけ、その後ろに身を隠した。
身体は隠れたが、頭の上からひょろりと伸びた茎のようなものと、その先に咲いている赤い花は全く隠れていない。
本の表紙の上で二つの花がふりふりと揺れている。
そもそもここに隠れているとわかる形で隠れる意味はあるのだろうか。
「くくっ……」
思わずルイスの口から笑みが漏れた。
「ピキー……?」
赤いゴラピーが本の脇からおそるおそるといった様子で顔を覗かせ、ルイスの方を見上げている。
「ピー!」
黄色いゴラピーはかまどから戻って様子を見に来たマメーの方へ走っていった。
「はいはい、ごめんねぇ」
マメーはゴラピーを抱きかかえる。
「ピキー!」
その様子を見て赤いゴラピーもマメーの元へと走っていった。
ぱたり、と支える者のいなくなった本が倒れる。
「ふふ、それはあなたの使い魔の妖精ですか?」
ルイスが笑みを残しながら尋ねるので、マメーもゴラピーたちをかかえてにっこりと笑って答えた。
「しんしゅのマンドラゴラのゴラピーです!」
「ピキー!」
「ピー!」
ゴラピーたちはそうだよとでもいうように頷くと、マメーの腕の中でルイスに向けてちっちゃな手をふりふり振った。
ルイスはお辞儀を返す。
「ほう、新種のマンドラゴラですか……」
とうていマンドラゴラには見えなかったため、ルイスは曖昧にそう答えるにとどめた。
しかしマメーがあまりにも自信満々に言うので、そういうものかという気もしてくるのである。