第78話:ぷらぷら。
「う、ううっ……」
痛みがあるのか、ルナ王女がくぐもった苦悶の声をあげる。王妃が彼女の肩に手を置いて、悲痛な声で娘の名を呼んだ。
「ルナ、ルナっ! どうしたの? しっかりしてっ!」
マメーはぴょんと立ち上がると、二人の元へとことこ近づく。ゴラピーたちはマメーを追おうとして、卓の端から先に進めなくてあわあわとし、ピキピーピューと鳴いた。
マメーはゴラピーたちにそこで待っているよう言うと、ルナ王女の手を取った。
「ルナでんか、だいじょーぶ?」
杖を手にえっちら歩いて師匠も近づく。
「王妃殿下、ちょいと失礼するよ」
そう言って、杖を持つのとは逆の手で王妃殿下の身体をどかした。
平民が王族にするには不敬極まりない所作ではあるが、姫の一大事である。誰も咎めはしなかった。
「ふうむ、痛むかね?」
三人の目の前で、茶色の角がにょきにょきと伸びて枝分かれを始める。植物の芽が出る様を加速しているような有様である。
「いえ、酷く痛むというほどでは……ただ引っ張られるような」
角が生えること自体に痛みはないのだろう。ただ、当然ながら皮膚が引っ張られる感覚や角の重みは痛みとして感じているはずである。
師匠はルナ王女の頭を撫でるように手をやった。
「〈鎮痛〉」
痛みを和らげる魔術を使用した。強張っていたルナ王女の表情が和らぐ。
「魔女のおばあさま……」
「心配しなさんな、そのためにあたしが来てるんだからね」
師匠は自信ありげな笑みを浮かべてそう言った。ルナ王女はこくりと頷く。
師匠自身、これからすることが対症療法のようなものであり、ルナ王女にかけられた呪いを根治・根絶させるものではないと分かっている。
だが、それでも医者や薬師が自信のない様子を患者に見せるはずがないのだ。彼女は手にした杖の先端の宝玉でルナ王女の角に触れて力ある言葉を口にした。
「〈解呪〉」
茶色く枝分かれし、今も伸び続ける角が、光の粒子を煌めかせながらその輪郭を失っていく。
「きらきら!」
マメーが綺麗と喜んだ。
「ピキー……」
魔力に手が届かないゴラピーたちは残念そうに鳴いた。
先日の儀式の再現のような光景とともに、ルナ王女の角は綺麗に掻き消える。
「ああ、ルナっ! 魔女様、もう大丈夫ですか!?」
師匠が頷き、王妃はルナ王女の手を取った。
「ああ、良かったわ」
「お母様……」
二人は抱き合った。
「ふうむ……」
師匠は唸る。
王妃と王女のいた卓に、使用人たちによって師匠とマメーの席が用意された。お菓子は片付けられ、お茶だけが淹れなおされて、使用人たちは退出していった。呪いについて話すのである。秘密にせねばならなかった。
マメーはゴラピーたちを卓の上に放つ。
黄色いのがてちてちと卓の上を歩いてルナ王女の前に立ち、身体を傾けるような仕草を取った。
「ピッ?」
マメーがその言葉を訳す。
「ルナでんかだーじょーぶ? って」
「ええ、大丈夫よ。ありがとうね」
ルナ王女は儚げに笑みを浮かべた。
師匠は茶を一口含み、唇を湿らせてから言う。
「まー、あたしも生えてるとこを実際に見たのは今のが初めてだけどね。これが姫さんにおきていることさ。呪いはあたしなら今みたいに解くことができる。だが、また角が生えてくるのさ」
王妃は口許に扇を当ててしばし考える。
「しかし、……犯人は捕まえたのですよね。それが違っていて、別の犯人が呪いをかけたということでしょうか」
王妃が疑問を口にした。犯人の魔術師は捕まったのではなかったのかと。
「もちろんそうかもしれない。犯人が間違っていたのかもしれないし、一人じゃなかったのかもしれない。でも可能性だけでいえば本当に色々あるのさね。魔法ってーのは奥が深いのさ。例えば遅延術なんてのもあってね」
「遅延術、ですか?」
ルナ王女が問う。師匠はそれには答えず、左手で右手の袖を引いて、枯れ枝のような右手を机の上にさらした。手のひら側が上、緩く拳を握るような形で、中指と親指を合わせていた。品のない動作ではあるが、指をスナップする、鳴らす形だ。
袖を引いたのは手の形を良く見せるためだろう。
「よく見てな」
親指と中指にぐっと力が入り、素早く擦り合わせるようにして中指が親指の腹に叩きつけられる。
しかし、何の音も鳴らなかった。
指を鳴らそうとして失敗したのか。だが失敗しても気の抜けたような音がこの距離なら聞こえるはずである。
「えっと、今のは……」
ルナ王女がそう尋ねた時に、ぱちん! と大きな音が鳴った。王妃とルナ王女がびくりと身を竦ませる。
「ピュー!?」
青いゴラピーが驚いて卓上でころりと転がった。
「あははー」
それを見てマメーが笑う。
「今、あたしは音を鳴るのを遅らせた。こういう技を使えば呪いを後にかけることもできる。もっと高度なのだと、呪いを反復させることすらできる」
「むげんのこだまのじゅちゅー」
「おや、そうだね。良く覚えてるじゃないか」
「えへへー」
師匠とマメーは気軽に話しているが、王妃は冷や汗をかくような気分であった。
なるほど、魔女が法では裁けないとはこういうことかと。
「だからね、まずは捕まった魔術師ってのに聞いてみなきゃなんないのさね。仲間がいるのかとか、どんな魔術を使ったのか」
師匠がそう言い、王妃とルナ王女は頷いた。
マメーは足をぷらぷらさせていた。
「これ、行儀が悪いねえ」
「あ、ごめんね!」
師匠はしばし沈黙し、そして言った。
「……マメーよ」
「あい」
「ひょっとして、理由がわかったのかね」
「ん」
マメーは頷いた。