第74話:ちっちゃいきのこはきのこのこ
その後もマメーと師匠が庭で魔術の勉強をしていると、ゴラピーたちが戻ってきた。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
「おかえりー!」
彼らは小さくて丸いものをそれぞれ一つづつ抱えている。
「それはなにかしら? たまご?」
「ピキー」
赤いのが首を横に振る。
「そっか、たまごはだめっていったものね」
彼らは一度言われたことをちゃんと覚えているようである。
マメーが屈んで手を出せば、ゴラピーたちはピッと鳴きながらその上に持っていたものを置いた。
「きのこ!」
彼らが持ってきたのは丸っこくて小さなきのこであった。
「ピー」
「うーんそっかー」
黄色いのとマメーが何やら話しているので師匠は問う。
「何だって?」
「もってきたけど、まりょくうすいって」
「ふむ、そいつは仕方ないねえ。あの森とは違って、このへんはそこまで魔力に満ちちゃあいないんだ」
マメーたちのいる森は、師匠が魔法を頻繁に使っていたり、奥深くに神が住んでいるために魔力が豊かである。それ故に魔力の実も多く見かけるのだ。
師匠はマメーの手の上からきのこを一つとって、太陽に翳すようにして見た。
「まあそれでもちょいとは魔力溜まってるか。ただ、きのこに軽い毒があるさね」
「ピュー」
青いのが残念、とうなだれた。
「んー、ししょー」
「何さね」
「せっかくもってきてくれたし、たべてあげたい」
「ふむ、解毒して炙れば食えるだろ」
ピキピーピューとゴラピーたちは喜んだ。
師匠としてもこの手のは貴重なのだ。ちょっと毒がある程度で諦めるようなものではない。師匠は手のひらの上に手を開く。そこに火が灯った。
「グラニッピナ殿! いらっしゃいますか!」
男が庭にやってきて師匠の名を呼んだ。武装した近衛兵である。ルナ王女の部屋の前に待機している男だ。見覚えがあるので、マメーはそっちに向かって手をふりふりした。
「グラニッピナ殿! ……何やってるんですか」
二人は四阿のベンチに座り、並んで焼けたきのこを食べていたのである。香ばしい匂いが漂っていた。ちなみに三つあるきのこのうち、一つは師匠にどうぞとゴラピーたちに渡されたのだ。
「おやつだよ!」
マメーは元気よく答えた。
「そ、そうですか……」
彼もこの城に勤めて長いが、さすがに城の庭できのこを食べる客は初めて見た。兵士が言葉を継げずにいると、師匠が尋ねる。
「それで、何の用さね?」
「はっ、王女殿下がお呼びです。茶会に参加する準備ができたので来てもらうようにと。ナイアント卿たちは……」
兵士は気を取り直して答える。そしてルイスらを探そうと視線を巡らせた。
「なるほどね。ルイスとランセイルは国王にちょいと連絡に行ってもらったからここにはいないさね。部屋に戻ればいいのかい?」
「では案内いたします」
「ちょっとまってね」
マメーは二つ目のきのこを口に入れてもぐもぐしはじめた。ゴラピーたちがよいちょとマメーのローブをのぼろうとしたので、マメーは拾い上げてフードの中にしまう。
「いいよ! おまたせ!」
食べ終わったマメーはそう言ってぴょんとベンチから立ち上がった。師匠もよっこらしょと立ち上がり、三人と三匹はルナ王女の部屋へと戻った。
「おかえりなさい、魔女のおばあさま、マメーちゃん!」
王女の部屋には巨大な姿見が置かれ、その前にドレス姿のルナ王女の姿があった。
「ルナでんかきれー!」
「うふふ、ありがとう」
湯浴みをして薄く化粧を施し、桃色のドレスを着た姫の姿がそこにはあった。ネックレスがきらりと陽光に煌めく。母とはいえ、久しぶりの王妃との茶会である。ずいぶんと気合いが入っているようであった。
「おひめさまみたい!」
「あら、お姫様よ」
「そうだった!」
侍女のハンナとクーヤがくすくすと笑った。
ハンナが声をかける。
「魔女様とマメーさんはお召し物どうなさいますか? 服の用意ならございますが」
師匠は手をひらひらと振る。
「あたしたちゃこれでいいのさ。マメーは何かドレスでも着せてもらうかい?」
「ううん、ししょーとおそろい」
魔女のローブは魔女にとっての正装扱いである。だから国王の謁見の間に師匠とマメーが入った時もその件について誰からも文句は出なかったし、王妃との茶会にローブ姿でふらっと行っても問題はない。
ちなみに見てくれは茶色に黒と地味ではあるが、貴重な絹糸吐き蜘蛛の糸に防御魔法をかけて編んだ一級品である。値段がつくようなものではないが、少なくとも師匠が着ている方は姫の着ているドレスよりも高額であろう。
「何か身を飾っていただけるものはおありでしょうか?」
とはいえ、師匠はブリギットら他の魔女と比べても身につけている装飾は少ない。さすがに王妃の前に出るには華がないといったところか。
「しょうがないねえ」
師匠は虚空庫に手を突っ込むと、古風な黄金のネックレスを出して首にかけた。黒のローブに良く合った色合いの逸品である。
「まあ……」
とハンナが感嘆の声をあげる。
「マメーにはこれでいいか」
師匠は以前マメーにあげたオパールと紐を取り出した。旅行なのでマメーの私物も師匠の虚空庫に入っているのである。魔法で紐に固定して、マメーの首にさげてやる。
「わーい、ありがと」
「ピキー!」
赤いゴラピーがマメーの肩にぴょんと乗って、鳴きながらえへんと胸を張った。
「まあ、マメーもゴラピーも素敵ね!」
ルナ王女が褒めるのだが、マメーにはゴラピーが褒められる心当たりがない。
「んー?」
マメーは首を傾げてゴラピーを手に乗せた。
「ピキー」
ゴラピーはその手に自分の身の丈ほどもある、大きな羽根を持っていたのだった。