第73話:おはなさんとおはなしします!
「しらないおはな、いっぱいあるー!」
マメーは庭の中でぴょんぴょんと跳ねた。
王城の庭園である。本当はランセイルがさらに裏手にある魔術師たちの薬草園へとマメーたちを連れていくつもりだったのだが、彼はルイスに引きずられて王の下へ報告に行ってしまった。
流石に部外者だけで魔術師の敷地に、それも薬草園という重要な場所に入ることはできない。というわけで、マメーは城の横手の庭で勉強をすることにした。
庭園の中でも一番美しいのは城の正面側であるが、このあたりはちょうど、ルナ王女や他の姫君の住む棟の下である。彼女たちの目を楽しませるため、もちろんこのあたりも美しい花壇が整えられている。
「おはなさん、あなたのおなまえなんてゆーの?」
咲いていた薔薇の花にマメーは声をかけた。
マメーは植物の名前に詳しい。それは八歳の子供としては異常なほどに。だが森の魔女の庵に住む彼女の知識は食用や薬用のものに偏っていて、園芸用品種に関する知識は低い。
こうして園芸の美しい品種を見て心動かされるのも感性を磨くには良かろうし、教養であると言えよう。師匠はそう思ってその様子を見ている。
マメーはこくこくと赤い薔薇に向かって頷いた。
「ふーん、あなた『わがいとしのトゥーリア』っておなまえなの。すてきなおなまえね!」
師匠はため息をつく。百年ほど前の植物系魔術師が品種改良し、妻に捧げた棘なしの薔薇、それが『我が愛しのトゥーリア』である。
もちろん深き森には咲いておらず、園芸用の植物の目録もあの庵には置かれていない、マメーはたった今までその花の名を知る機会はなかったと断言できる。マメーは植物の言葉を聞いたのだ。
この場合の聞いたとはあくまでも比喩であり、理論的にはマメーの『あなたのおなまえなんてゆーの』は植物に限定された〈鑑定〉魔術として機能していると考えられる。なぜなら花が自らの品種名を知っている筈はないからだ。ちなみに〈鑑定〉は高難度術式であり、当然マメーに教えたことはない。
とはいえ、それが正しいのかは師匠には判断がつかない。五つ星の才能なんぞ伝説にしか存在しないような才能であり、想像の外側なのだ。
「ま、今日の魔術の訓練はこれにしようかねえ」
「これってー?」
「マメー、そのお花にもっと色々聞いてみな。知ってることをもっと聞き出すのさ」
「はーい」
師匠が魔力を見れば、マメーの身体から魔力が放出されているのがわかる。ちょっと前よりもその量は増えた。それはマメーが実際に魔法を使った訓練を始めたことが一つ。そしてもう一つはゴラピーたちが持ってくる魔力の実だろう。
「どんなことをきこうかなー?」
「学名はわかるかい?」
マメーは赤い薔薇に向かって、むむむと唸る。
「えっと……ろさ、ろさちねんちつ?」
「ロサ・キネンシスな」
「ロサ・キネンシス・トゥーリア!」
「そうさね、薬効は?」
「えっとー、のどのはれにきく!」
ふむ。と師匠は頷いた。なるほど、合っている。師匠がマメーの能力を考察をする間にも、マメーは薔薇に話しかけ続けている。
「きれいにまんまるね?」
薔薇の低木が、きれいに刈り込まれて丸く球状になって並んでいるのだ。向こうにはトピアリーといって動物を模した刈り込みがされているのもある。もちろん見栄えのための技法であって、森の木々や薬草園にこういうものはない。
「へー、にんげんのおじいさんがのびたえだをきってくれてるんだー」
「ん?」
「おみずはわかいおとこのこがくれているの?」
「んん?」
「そうねー、ひあたりぽかぽか。きもちいいねー」
マメーが実際に植物と会話を始めている。
しかも内容がこの薔薇の種としての性質ではなく、この個体のものである。〈鑑定〉から〈植物会話〉へと別の魔法に変わっているようだった。
「どうにも規格外で困ったもんだよ」
そういえば、魔女協会に植物系の魔女を送るように二度要請したが、返答すら寄越されていないことを師匠は思い出した。
まあ、次に協会に行ったときに神殿長は殺そう。うん。師匠が物騒なことを考えていると、マメーが驚いたように言った。
「しかのつのはえたおんなのこにおどろいたって? あはは、ルナでんかだね」
話が弾んでいるようである。
「うん、そうそう。さいきんつのがはえちゃったんだけど、ししょーがすぐなおしてあげるからしんぱいしないで。へー、そうなんだー。おーじょさまたいへんなんだねー」
「……何が大変なのさね?」
マメーが師匠を見上げて笑みを浮かべた。
「ルナでんかが、たまにここにきてたいへんだったこととかをはなしていくんだって」
「ほう」
なるほど、ちょうどすぐそばには四阿もあり、木立に隠れて外からも見えづらい。弱音を吐くにはちょうど良い場所なのかもしれなかった。
「れーぎさほーのせんせーがきびしーとかー、ほかのくにのことばおぼえるのがたいへんとかー、こんやくが……」
師匠は手をあげてマメーの言葉を遮った。
「マメー、あんたの魔法は素晴らしいよ」
「やったー、ほめられたっ」
マメーは両手をあげて万歳した。
「でもあれだね。あんまり人の秘密とかは聞かないようにしようか」
「ん、わかった」
マメーはこくりと頷いた。
マメーは素直で善良な性質だから良い。だがこれは鉢植えを部屋においておくだけで、どんな秘密でも聞き放題になるやもしれん。師匠はマメーの力の恐ろしさに身を震わせたのだった。








