第72話:王たちの密談
ルイスとランセイルは国王のもとへと向かう。
ランセイルはため息をついた。
「万象の魔女殿の指導を見る、またとない機会であったというのに……」
「今日は諦めよ。なに、またすぐに機会はあるさ」
ランセイルが文句を言うのをルイスは宥めた。
国王、ドーネット9世は勤勉な王である。午前中は謁見の間にて貴族や豪商からの陳情や他国からの使者の挨拶に応じていることが多く、今日もそうであった。
ルイスらは国王の近侍にルナ殿下の件について緊急の報告がある旨を告げると、謁見の間の裏手にある控えの間に待機するよう命じられた。
王が謁見を中座して休むための部屋であるから、城の中では小ぶりな部屋なれど、その内装は豪華である。彼らは椅子に座ることなく、その後ろに立って王の到着を待った。
幸いにもそう待たされることもなく、国王が部屋へと入ってきた。
ルイスとランセイルは礼をとる。
「礼はよい。急ぎの報告なのだろう」
謁見を中断してきたのだ。国王も多忙なのである。
国王は椅子にどかりと腰を下ろし、ルイスは立ったまま説明を始める。
「はっ……ここに来る直前のことなのですが」
ルイスが宰相ネイヴィスとその一団にすれ違ったこと。ゴラピーが自衛のため貴族を一人転ばせたこと。そしてグラニッピナが宰相が犯人であると告げたことを端的に述べた。
「そうか、魔女殿は宰相が犯人と言っておったか……」
国王はふー、とため息をつく。そして言葉を続けた。
「心当たりがないではない。あやつ、ネイヴィスはルナと隣国の王子の縁談が持ち上がった時、それに一度反対をしたのだ。余が縁談を進めると重ねて述べたがため、諾と頭を下げていたはずだが……」
この部屋には人払いがなされており、三人しかいない。王は手ずから水瓶よりグラスに水を注ぎ、それを呷った。
王の言葉が途切れたため、ルイスは尋ねる。
「それに不満があったということでしょうか」
「不満……とは少し違うな」
ランセイルが言葉を発する。
「隣国との縁談を強行的に止めたということでしょうか」
「そうだな。呪われているとなれば縁談どころではない。問題はなぜそういう手段に出たのかということだ」
王は額に手をやり、しばらく思考していたのか動きを止めたが、ぽつりと呟いた。
「宰相もあれで愛国の徒なのだ」
「畏れながら、ルナ殿下に呪いをかけて、でしょうか?」
ルイスは疑問を呈する。
そこに不満を感じ、王は苦笑した。
「汝のような騎士が王家に忠誠を誓ってくれているのとはまた違ってな。やつの忠義は国家の益に向けてであり、王家に向けてではないということだ」
例えば国益に反しようと王族を絶対に守護するのが騎士や近衛の忠義であるとすれば、国益に反するのであれば王族を弑するのが宰相の忠義であるということだ。
騎士たるルイスにとっては相容れぬ価値観であるが、ランセイルには理解できる考えでもあった。だが、そういった理由があるのであれば、議論をしっかりと為すべきではないのか。ドーネット9世陛下は臣下の言を聞き入れぬ頑迷な王ではないのだから。
ルイスは問う。
「陛下は宰相をお許しになるつもりですか?」
「いや、それはない。確かにルナへの呪いは重いものではなかったかもしれんし、やつがそうした理由いかんによっては減刑の可能性もあろう。だが、王族を呪ったのは大罪であることに間違いはないからな」
王は想像を巡らせる。おそらくネイヴィスは事が露見した場合に自らの身の破滅も覚悟しているのであろう。
「魔女殿が嘘をつく意味もない。おそらくは真なのであろうがな。ネイヴィスを裁かねばならぬ」
「裁きの場で証言して貰えるよう魔女殿に頼みますか?」
ルイスの言葉に王は首を横に振った。
「魔女殿は気を害されるであろう。それに、彼女に限らず魔女というものを証言台には立たせられぬのよ」
裁判や公的な証言において騎士の言葉が重んじられるのとは逆に、魔女の言葉は公的な場において決して信用されない。
魔女という存在は実のところ約束を重んじる者が多いのだが、嘘を信じ込ませようとすればいくらでも相手を騙すことが可能であるためである。幻を見せることも、精神を操ることも可能なのだから。
「畏まりました」
「つまり、余らの手によって宰相の関与を明らかにせねばならん」
「はっ」
ルイスは頭を垂れる。次いで王はランセイルに命じた。
「ランセイルよ」
「はっ」
「宮廷魔術師のうち宰相の血縁や派閥の者から洗え。鹿角の魔術師を急ぎ探すのだ」
「御意に御座います」
ランセイルも慇懃に礼をとった。そして二人はその場を後にする。
派閥が分かるということは、犯人の可能性がある者が絞られるということに加え、その派閥以外の人間の協力も得られるということである。その日のサポロニアン王国の魔術師たちの研究所はランセイルや騎士団、近衛兵らの出入りで大いに騒がしかった。
そして鹿角の魔術師はその日の午後、ルナ殿下が王妃殿下と茶会をしている間に捕えられたのだった。








