第71話:ししょーはたんてーさんではないので!
「のう、ランセイルよ」
「はい」
「マメーはまだ幼い。自らの魔力に対して無自覚だし、身を護る術も少ないのさね」
ランセイルはマメーを見下ろした。マメーはくりっとした琥珀の瞳でランセイルと師匠を見上げる。
彼自身認めるように彼女は賢人であり、素晴らしき魔女となる才を有しているのだろう。だが幼く善良であり、無邪気でもある。それは子供として良き性質であるが、それは魔術師や王宮といった権謀術数渦巻く場においては不利であろう。
「でしょうな、魔女殿も気が安まりますまい」
「うむ、そうなのさね。だからのう、マメーの能力については口外しないで貰えんかね?」
師匠はそう言い、ランセイルは沈黙を保った。
ちっ、と舌打ちが一つ。師匠のものだ。
「……引っ掛からんか」
どことなく哀れっぽい雰囲気を漂わせていた師匠であったが、それはすぐに霧散した。
ランセイルが笑みを浮かべる。
「なるほど。先日、不才が魔力を感じて駆けつけたのは〈誓約〉の魔術の類ですね」
師匠がルナ王女やルイスにかけたものである。
魔術師であるランセイルは魔女のやりくちに勘付いたのだった。騙し討ちのようなやり方でマメーのことを口外できない呪いをかけていたのだと。
「可愛げのない男だねぇ」
師匠はふん、と鼻を鳴らす。その慎重さは魔術師にとっての得難い資質である。彼女なりの褒め言葉であった。
「お褒めに与り恐悦至極」
ランセイルは頭を下げる。
「さすがに〈誓約〉で縛られる気はありませんが、幼き賢人殿の不利になるようなことはしませんし、秘密も漏らしませんよ」
師匠は肩を竦めた。
「ま、それで勘弁してやろうかね」
彼らは庭に向かって歩き出す。その途中で師匠はひょいと空中に印を結んだ。
「〈遮音結界〉」
不可視の範囲の内と外で音が伝わらなくなる結界の魔法である。轟音を遮ったり、秘密の会話をするのに向いた、あまり使い手はいないが便利な術だ。決して難しい術ではないが、こうしてすたすた歩きながら結界を移動させるのは高等技術である。
それをこともなげに使う師匠の技量にランセイルは舌を巻いた。
「何か密談でも」
彼は尋ねる。
「マメーを護るならその対価として教えてやろう」
「……彼女に危機があった時、必ず一度は手助けすることを誓いましょう」
ランセイルは〈誓約〉を受け入れる。ただ、彼が賢明であり注意深いのは、そこに回数の指定を組み込んだことである。
「それでいいさね。王女の件、犯人はあの宰相だよ」
師匠はそう言った。ルイスとランセイルはぎょっとして思わず足を止めたが、師匠とマメーはすたすた歩いていき、ゴラピーもそれにてちてちついていく。二人は慌てて彼女たちの後を追った。
「いまのひとがルナでんかをしかさんにしたはんにんなの?」
「たぶんね」
「あれー。でもはんにんには、しかさんのつのがはえてるんじゃないの?」
マメーは両手の人差し指をぴんと伸ばし、頭の横につけた。角をあらわしているつもりだろう。
呪い返しで相手の術者に角が生えていることを言っているのだ。
「そりゃあ、呪いを実行したやつのことな。そうじゃなくて、あいつがそれをやらせたのさ」
「ふぇー、わるいひとだ!」
「そうさね」
師匠はくくくと笑った。
「万象の魔女殿!」
追いついたランセイルが大きな声を出す。
「なんだい、あたしゃばばあだけど耳は遠くないよ」
本当なのかと問いかけたかったが、それは相手の言を信用していないという意味に捉えられかねない。
「なぜ分かったのです?」
「あたしもそこそこの魔女だ。碌な魔力抵抗の護符を持たずに、魔女の前に立つのが悪いのさね」
そこそことは謙遜が過ぎるが、言っていることは分からないではない。ランセイルの着る宮廷魔術師のローブにはその手の魔法防御が織り込まれているし、マメーが首にかけている見習い魔女のメダルだってそういう効果があるものだ。
「いったいどうやって……」
「そりゃあ魔女の手札ってやつさ、晒す気はないよ」
魔法の種類は無数に存在する。万象の魔女が何をすればそう断言できるのか。心を読んだか、過去を見たか、魔力の残滓を感知したか。ランセイルにも心当たりのある魔法はいくつか存在する。そのうちのどれかかもしれないし、ランセイルの知らない魔法なのかもしれない。
だが、何にせよあの場にいた誰にも気づかれずに、それら術式を使っているのがあり得ないのだ。奇しくもそれはかつてルイスが師匠の魔法を初めて見た時に感じた脅威と同じものであった。
「では何故でしょう? 宰相閣下がルナ殿下を害する意味があるとは思えませんが」
今度はルイスが尋ねる。だが師匠はにべもなく言った。
「知らんよ。前も言ったがあたしゃ全知じゃない。それに探偵でもないんだ。それを調査したり推理するのはあたしの仕事じゃあないね」
「むぅ……」
そこまで話したところで彼らは庭に出た。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちがてちてちと庭に向かって駆け出していく。
「わーい」
マメーも彼らを追って綺麗に整えられた庭に飛び出した。
ルイスは師匠に頭を下げる。
「護衛を離れて申し訳ありませんが、私は急ぎ陛下にこの旨を報告して参ります」
「好きにしな」
「頼む」
師匠とランセイルはそう言ったが、ルイスはランセイルのローブの首元を掴んだ。
「頼むじゃない、お前も一緒に来るんだよ!」
ランセイルはルイスに引き摺られて行ったのだった。








