第7話:おるすばんもマメーのだいじなしごとです。
マメーは奥の師匠の部屋から、小屋の玄関のある部屋へと戻ると、机の上に羽根ペンや本、紙片などを卓上に置き、ゴラピーたちも抱き上げて卓上にのせる。そして椅子に腰かけて足をぶらぶらさせながら、マメーは紙に書かれた文章を読み上げ始めた。
「えーっと、ひとつのはちにたねを5こうえるとします。100このたねをうえるのにひつようなはちのかずはいくつですか? ……5が2つで10でー、10が10あると100だから、2が10こで20かな。こたえは20こ」
「ピキー!」
「ピー!」
机にのせていたゴラピーたちが跳ねながらすごーいと褒めたので、マメーはえへへと笑った。
「つぎの5人のうちだれか1人がうそをついています。ジョン『わたしは10時にはねていた』トム『ぼくは…………。んー。こたえ、はんにんはヤス」
「ピキー!」
「ピー!」
マメーが解いているのは、師匠が用意してくれている自習勉強のための問題集である。
ちなみにマメーは黙読ができない。声に出して音読しないと文章が読めないのだ。とはいえ、この世界・時代における識字率、それも平民においては極めて低い。それを考えれば、まだ八歳である彼女が文章を読み、思考できるというのは素晴らしい学力であった。
「しょくぶつけいまじゅちゅの〈ねむりのいばら〉をおぼえるためのぜんてーとなる、まじゅちゅをしらべること……えーと」
「ピキュー?」
「ピュー?」
マメーが首を傾げれば、ゴラピーたちも首を傾げ、頭の上の赤い花もふわりと揺れる。マメーは師匠お手製の魔術の教本をひっくり返して読み始めた。
計算や論理的思考、魔術的知識、薬草学……。雑多だが重要な知識が師匠から指導されているのであった。
「うーんうーん……」
マメーはいっしょうけんめい考える。
師匠はなんだってちゃんと教えてくれる。だがもちろん師匠とて暇なわけではなく、こうして留守番しながら自習したりすることも多いのだ。
とはいえ、留守番についてはこんな森の中の小さなあばら屋に人がやってくるようなことはほとんどなかった。
--コンコン。
「ふぇ?」
しかし扉につけられたノッカーがこんこんという音を立てた。
その日は珍しく来客があったのである。
「はぁい!」
マメーはぴょんと椅子から飛び降りると、とてとてと玄関の方へと向かった。
ゴラピーたちはマメーについていこうとし、卓の端であわあわと落ちそうになって慌てている。
「ここでかくれてて」
マメーが一度、卓に戻ってそう伝えると、ゴラピーたちはうんしょうんしょと本を広げて立てて、その後ろに隠れた。
「はいはい、いまいきます」
マメーは再び玄関に向かいとてとて走った。扉は開けず、入り口で尋ねる。
「どなた?」
わざわざこんな辺鄙な森の中のあばら屋までやってくる客である。警戒は怠ってはいけないよと師匠から言われているのだった。
問いかけへの返事は扉のずいぶんと上の方から聞こえた。
「はい、私はルイス・ナイアント。サポロニア王国は近衛である銀翼獅子騎士団の者です」
落ち着いた男性の声だった。しかも初めて聞く声だ。マメーはどきどき緊張しながら答えた。
「マメーはマメーです! ぐりふぃん知ってます!」
「……それは素晴らしいですね」
えへへ、ほめられたとマメーは笑う。ルイスを名乗る男は言葉を続けた。
「マメー、ここは偉大なる魔女、グラニッピナ師の工房で間違いないでしょうか?」
グラニッピナって誰だっけとマメーは一瞬思って首を傾げたが、すぐに思い出した。
「あい、ここはグラニッピナししょーのおうちです!」
「私はあなたのお師匠様の薬を求めてやってきたのですが、入れていただけませんか?」
マメーは入り口脇の水晶をちらりと確認した。特に何事もなく透明なそれは部屋の明かりを受けてきらきらしている。
実はこれには師匠により〈嘘発見〉の魔術が仕込まれていて、来客が嘘の名前を名乗ったりすると赤く光るのだ。
「いいですよ、ちょっとまってください」
マメーはかんぬきを外し、扉をうんしょと開ける。もちろんここは魔女の小屋である。この扉も簡素な木の扉に見えて、侵入者を弾く魔術などがいくつもかかっているのだ。
扉を開けたマメーの目の前には立派なぴかぴかの銀色が映った。それはどうやら鎧の腰の辺りであるようだった。左腕の脇には兜を抱えている。
マメーがのけぞってしまうほど見上げると、扉のてっぺんのあたりに金色の髪が見える。
ルイスを名乗った男はマメーの前で片膝をついた。
整った顔がマメーと同じ高さまでおりてきて、空のような澄んだ碧眼がマメーを正面から見据えた。
「こんにちは、偉大なる魔女の弟子、マメー」
マメーは大人の男性からこんな丁寧な挨拶を受けたことはなかった。マメーは嬉しくなって胸に手を当てて挨拶した。
「こんにちは、ナイアントきょー。まじょのおうちへようこそ。なんのごようでしょうか?」