第68話:おしろのやくそーえんにいきます!
マメーと師匠は一旦、部屋に戻った。
ランセイルも一度、自分の研究室に戻る。殿下の状態を宮廷魔術師の長らに報告する必要もあるのだ。ルイスは今回、師匠らの護衛を任じられていることもあり、一緒に部屋へとついてくる。
「騎士団の副団長ともあろう者がたいへんなこったね」
「大切な任務ですよ」
護衛とは兵の仕事であり、騎士の仕事ではない。
万象の魔女という存在をそれだけ重視しているということでもあり、ルナ王女の病気の状態を多くの者に知られないよう、関わる人数を減らしているというのもある。
「ま、突っ立ってられても邪魔なんで、飯は一緒に食いな」
「……承知いたしました」
師匠の言葉で、三人は一緒に朝食をとる。
ゴラピーたちは先ほど水を貰っていたのもあり、今はいらないようだ。部屋の中をてちてち、てちてちと歩いて探検を始めた。
朝食は豪勢である。かごに盛られたパンは白く柔らかく、朝から牛肉のソテーやらスープやら卵やらデザートやらと、どんどん出てくるが、マメーも師匠もそもそもそんなに食事を食べないのである。
「こんなにはいらんのだがねぇ」
「もうおなかいっぱい!」
師匠とマメーがそう言ったところで食事は終わった。
そして食休みをする間もなく、部屋の扉が叩かれる。ランセイルであった。
「お前、どれだけ楽しみにしているんだ」
ルイスが苦笑する。
ランセイルは自室に戻って報告をこなし、食事もしているのに、もうやってきたのだ。どれだけ食事を急いでかきこんできたのかということである。
「万象の魔女殿の指導風景を見せていただけるというのだ。その一言一句を見逃せるはずがあろうか」
「……んなたいしたもんじゃないよ。食事を終えたばかりだからね。茶を飲みながらでもいいかい?」
「もちろんです」
ルイスがメイドに声をかけようとし、師匠はそれをとめた。
師匠は虚空庫からカモミールの葉を取り出す。消化促進の薬効のあるハーブである。
左手の上に水でできた球を魔術で作りだし、それを指先ひとつでぐらぐらと沸騰させ、すこし冷ましてからカモミールと共にぺぺっといくつかの植物片を水球に投入した。
温かくも爽やかな香りが部屋に広がり、師匠は水球を空中で回しながら、軽い口調で尋ねる。
「何をいれた?」
「カモミールにー、エルダーフラワーとー、ジンジャーとー、ちょっとのペパーミントと、もっと少しのシナモン。やっこうはー、しょーかそくしんと、ちょっとのまりょくかいふく。のみすぎはおなかごろごろちゅーい!」
「はいよ、合ってるね」
マメーと師匠は事もなげにそう言った。
ランセイルは驚愕し、マメーに尋ねる。
「幼き賢人マメーよ。今ので何が入ってるのか分かるのか?」
「わかるよー」
「〈鑑定〉か?」
「そんなむずかしいのつかえないよ!」
マメーはけらけらと笑う。
「薬草扱うなら、これくらいぱっと見分け、嗅ぎ分けられなきゃ困るのさ。はいよ、あんたらも飲みな」
「わーい」
師匠は4つのカップにお茶を淹れた。
「ありがとうございます」
ルイスは気さくに茶器を手にし、ランセイルは恐る恐る手に取る。
「ご相伴にあずかります。……美味い」
ランセイルは呆然と呟いた。
茶を淹れるのは王宮のメイドの方が上だろう。だが、この手の薬草茶であれば話は別だ。師匠は世界で最も薬草の扱いに長ける魔女であり、さらに、マメーが育てた薬草の葉の質からして違うのだから。
「ふふーん」
マメーは自慢げだ。
ランセイルは感服する。幼いうちから、こうして遊ぶようにして薬草の判別やその薬効を学んでいるのだ。
そして、師匠が茶を淹れるといった日常の動作から魔術を使うのを見せている。魔術師の権威などと呼ばれる者たちが、その魔術を勿体ぶって見せないのとは対極的であった。
茶を喫しながら、今日は何をやらせようかねえなどと師匠が呟いていると、足元でてちてち歩いて近づいてくるものがあった。
「ピキー!」
やってきた赤いゴラピーがマメーのローブの裾を引いて鳴く。
「えー、だいじょーぶかなー」
「ピー」
「ピュー」
黄色と青のも鳴き始めた。
「何を言ってるんだい、そいつらは」
「ゴラピーたちおそとでたいって」
「ふむ」
「ピキー!」
「おへやのたんけんしたけど、あんまりほしいのなかったみたい」
「そりゃまあ、実とかは生えておらんだろうけどねぇ」
ゴラピーたちはマメーに果実や魔力のこもったものを差し出そうとする習性があるが、さすがにこの部屋にそんなものは転がっていないのである。
「庭で魔術の練習をなさいますか?」
ランセイルが尋ねた。
「庭師の仕事の邪魔になるさね」
「庭園の表は貴族たちも多く通りますし問題ですが、裏手を使うか、あるいは宮廷魔術師の薬草園でしたらいかようにでも。魔女殿にお見せするには見苦しい規模のものですが」
ふうむ、と師匠は唸った。
「やくそーえん!」
マメーが興奮して手をあげ、ゴラピーたちもピキピーと鳴いて興味を示す。
普段見慣れている植物とは違う種類のものを見る、あるいは同じ植物でも育て方や状態が違うのを見るのは植物系のマメーにとって大いに学びを得られることである。
「じゃあ、使わせてもらおうかねえ」
師匠はそう言い、ランセイルは仰せのままにと頭を下げた。
マメーやゴラピーたちは、わあいと跳び上がる。
こうして彼らは部屋から庭へと向かおうとした。だが、そこに邪魔が入ったのである。








