第67話:おひめさまもおーひさまもでんかなので、こくおーへいかはなかまはずれなきがします。
ふむ、と師匠は声を発する。
「そう言えば、奥さん、つまり王妃か。会ったことはなかったねえ」
「おーひ」
ルイスが口をぱくぱくとさせる。マメーはその動きを見ながら言った。
「おー、ひ、でん、か」
ルイスは笑みを浮かべてこくこくと頷いた。
「おーひでんか。おーひはじょおうさまとちがう?」
マメーはこてりと首を傾げる。
国王が男の場合、その妻は王妃である。女が王となればそれが女王であり、その場合、夫は王配と呼ばれる。
マメーの質問にルイスはそう答えた。
「ふーん、ありがと」
「それで、その王妃さまをここでまだ見かけていないのには理由があるのさね?」
「ええ、わたくしのせいで……」
ルナ王女はしょぼんとした頭を垂れる。王は言葉を継いだ。
「うむ、妻はルナの鹿角を治すために、薬を買い求めたり祈祷にと熱心であったのだが、知っての通り、思うように効果が出なくてな。心労で塞ぎ込んでしまっていたのだ」
「なるほど、角がなくなった様子を見せてやりたい、そういうことさね?」
王は頷く。
「もちろん、ルナが完治しているならば自由に妻に会わせたいし、縁談も進めたいのだがな。また角が生えたり鹿となるようではそうもいくまい」
「あたしがいりゃ、いざ姫に角が生えそうとなった時にすぐに対処できるって訳か」
「うむ、手数をかけるが……」
師匠はひらひらと手を振って、気にするなと言った。
マメーはルナ王女に話しかける。
「おーひでんかは、ルナでんかのおかーさん」
「そうよ、マメー」
「あいたい?」
「もちろんよ、家族だもの」
「そっかー」
ルナ王女ははっとした。
魔女とは血縁によって継がれるものではないという知識を思い出したのだ。魔女は強い師弟関係で結ばれるが、そこに血の繋がりはない。こんなにも幼いマメーがグラニッピナを師と仰ぎ、深き森の奥の小屋で住み込みで生活している。さらに小さく幼い時に両親と離別していることに気づいたのだ。
「ご、ごめんなさいね? マメー」
ルナ王女はマメーに謝罪するが、マメーは首を横に振った。
「ううん、ししょーがマメーのかぞくだから。だからだいじょぶ」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
卓の上でゴラピーたちが鳴いた。
フィンガーボウルの中からべちゃりとタオルの上に転がり落ち、てちてちと卓の上を走って、ぴょんとマメーに飛びつく。
マメーのローブが水に濡れた。
「ゴラピーもかぞく!」
「ピー!」
という訳で、午後に王妃と王女が茶会をひらき、師匠がその場に控えているという形に決まり、国王は戻っていった。茶会のための連絡もあるし、政務もあるのだ。
「さて、あたしたちも部屋に戻るとするかね」
師匠もそう言い、ぐー。と、マメーのお腹が返事をした。
「ふん、朝食もいただかんとね」
「うん、朝ごはんからお昼まではどーするの?」
「マメーは勉強さね。魔法の練習もしようか」
「あい!」
マメーは勉強が嫌いではないし、魔法の練習は大好きである。元気よく頷いた。
「万象の魔女殿!」
ランセイルが思わず大声をあげる。
「不才もそれを見学させていただけないでしょうか!」
「……子供で初心者向けの練習だがね? あんたみたいな魔術師に得るものがあるとも思えんが」
ランセイルは丁寧な所作で魔術師の礼をとって言う。
「それは万象の魔女殿とは思えぬお言葉。魔女の指導を拝見する機会など得られぬのですから、千金の価値がありますとも。よしんば不才へのためとならずとも、後進への指導には大いに得るものがありましょう」
師匠は顔をしかめる。
ランセイルの言うことが正しいからだ。師匠が断った文言はマメーやゴラピーの力を隠すための嘘である。魔女や魔術師は一般の学校のように開かれた学問ではない。それ故に、もし他の師弟の技術や学習を見ることができれば多くの学びを得られるのである。
もちろん、魔術とは門外不出の技術が山ほどある。そもそもこの手の申し出は断られるのが普通であろう。
「幼き賢人マメー殿よ」
当然、ランセイルは弱点は攻めるのである。
「その学習に不才も参加させてはいただけぬでしょうか?」
マメーは首をこてん、と倒した。
「ランセイルいっしょにおべんきょうするの?」
「うむ、そうしたいと願っている」
「やったあ!」
マメーがぴょんと両手をあげて、ゴラピーたちがマメーの膝の上でころんと転がった。
師匠の渋面が皺を深める。
「まあ、飯を食ってからね」
ランセイルはにやりと笑みを浮かべ、再び慇懃に礼をとった。
「あら、わたくしだって見たいわ!」
ルナ王女も立ち上がってそう言う。
「でーんーかー?」
「ひんっ!」
しかし側に控えていたハンナが低い声を出せば、王女は小さく悲鳴をあげて椅子に座った。
「姫殿下には、王妃殿下とのお茶会の準備がございますでしょう?」
「はいっ!」
こうして、マメーたちは王女の部屋を辞去し、与えられた部屋に戻ったのであった。