第66話:ちぐちぐはぐはぐ?
「幼き賢人マメーよ。そのゴラピーとはどういった性質を持つのか?」
「えっとねー」
ランセイルがゴラピーについて尋ねようとし、マメーが答えようとしたので師匠は咳払いを一つして言葉を遮る。
「ゴラピーはマンドラゴラの新種なのさね。それもついこの前見つかったばかりのね」
「ほう、マンドラゴラの。不才はこんなにもよく動き、賢いマンドラゴラを見るのは初めてですが」
「かしこいって!」
「ピキー!」
ランセイルの言葉に、ゴラピーたちはわあい褒められたと喜ぶ。
「そうさね、あたしだって初めて見たのさ。ただまあ、その研究を始める前にそこのが森にやってきてね」
師匠はルイスを指差した。ルイスは頭を下げる。
「お邪魔いたしました」
「まだ、ちゃんと研究ができていないんだよ」
では今どういう性質がわかっているのか、なぜそれをマメーが有しているのかなど尋ねたいことはたくさんあった。だが、寝室に繋がる扉が開いたのだ。
「お待たせしました。お父さま、皆さま」
ルナ王女より声がかかる。彼女はドレスに身を包んでいた。もちろん、パーティーに参加するわけではないからその装飾などは最小限であるが。
国王は再び立ち上がる。
「おお、ルナよ。何も痛いところはないか? 何か違和感のあるところは?」
「どちらもありませんわ」
王は王女の手を取ったり、その頬に手を当てたりする。ルナ王女はくすぐったいのか嬉しいのか、ふふと笑みを浮かべた。
「お父さま、皆さま。ご迷惑をおかけいたしました」
彼女は美しい所作で淑女の礼をとる。
「何が迷惑なものか。もちろん、一度で治りきらなかったのは残念であるが、ルナに責任などあろうはずがない」
ルイスやランセイルらも同意を示すように礼をとった。
ルナ王女と国王が席につき、王女にもクーヤにより紅茶が供される。
「本当に元気であるのだな?」
「ええ、本当に」
ふうむ、と国王は唸り、師匠に尋ねる。
「娘の様子は安定していると思って良いのだろうか」
「どういう意味さね?」
「いつ再び角が生えるかは分からんとは聞いた。だが、それが例えば今日の昼頃にいきなりぽんと生えるものだろうか」
うーむ、と今度は師匠が考え込んで唸る。マメーは言った。
「いきなりぽん!」
「まあ、マメーったら」
ルナ王女はころころと笑う。
ピキピーピューとゴラピーたちが呼ぶので、マメーは彼らに向けてもう一度言った。
「いきなりぽん!」
ゴラピーたちは楽しげにピーピーと鳴く。
「ほれ、おやめ」
師匠はマメーたちをたしなめてから王に答えた。
「そりゃあね、原因がわからないんだから確定的なことは言えないさ。ただ、現状では姫さんの魔力は安定しているようには見えるねぇ」
王は振り返り、壁際に控えるランセイルに尋ねた。彼は即座に慇懃に頭を垂れる。
「ランセイルよ。お主はどう思う?」
「は、それに関しましては不才も同じ見立てで御座います。ですが、誰かが昼頃に再び殿下に呪いをかけたとしたらいかがでしょうか」
んー、と師匠は唸りながらローブの袖に手を入れる。
「こいつなんだがね」
中から現れたのは護符である。昨日、呪いを解いた後にルナ王女の首にかけたものだ。それを王に渡す。王はそれを見て、ひっくり返して裏を見た後にランセイルに渡した。彼はそれを捧げ持つように両手で受け取り、じっと観察する。
「余に渡されても分からんよ」
「素晴らしく精緻で洗練された護符であるかと」
師匠は頷く。別に謙遜などはしない。これが、人間たちのみならず魔女たちですら買い求める程度に上等な護符であるのは事実だからだ。
「どこも劣化していないだろう? これをかけていたのに姫さんは鹿になっちまったのさ」
「夜に外していたということは?」
「いいえ、そんなこといたしませんわ! あれ、でもどうしてそこに……」
姫は否定する。
「さっきマメーがとったんだよ」
「とったよー」
「ああ、そうでしたか」
師匠はランセイルから護符を受け取って、卓の上に置く。ゴラピーらが興味深げにそれを見つめた。
「護符ってのは、外部からの攻撃を遮るためのものさ。火に対する護符、剣に対する護符とか色々あるが、これは呪いに対する護符だ。護符、きれいなもんだろ?」
はっとランセイルは気づいた。
「護符が使われた跡がないのに、姫が鹿に転じてしまっている……!」
「そういうこったね。つまり相手はあたしの護符をすり抜けて、呪いを姫にかけることのできるほどの腕前があるってことになる」
「一大事ではないか!」
王は大きな声を出す。
「そう、だが奇妙なことに、それだけの腕前があるはずなのに、昨日も今もあたしは簡単に姫の獣化を解除できてるんだよ」
マメーは首を傾げた。
「ちぐはぐ?」
「そういうこったね。昨日も言った気がするが、こいつもちぐはぐなのさ」
「ちぐちぐはぐはぐ」
ふーむ、と皆が唸った。
「まあ、その例えで言えば、昼に姫さんに呪いがかかったとしよう。あたしがその場にいれば、すぐに元に戻せるとは思うがね。だがどうしてだい?」
王は言った。
「娘を妻に会わせることは可能だろうか」