第63話:ごめんねえ
マメーがとことこと寝室を出れば、部屋にはもう一人の侍女のクーヤ、それと騎士のルイスと魔術師のランセイルがすでに集まっていた。国王はまだ到着していない。
「おはよー!」
マメーは元気よく挨拶した。
「おはようございます、マメー」
ルイスが挨拶を返し、マメーの前にかがみ込んで視線を合わせて尋ねた。
「マメー、ルナ殿下のご様子はどうですか?」
「るなでんかはねー、しかさんになっちゃった」
マメーがにっこりと笑いながら言ったので、ランセイルは眉をひそめた。
「幼き賢人マメーよ、笑い事ではないのだぞ」
「ししょーがなんとかしてくれるよ」
「ふむ、昨日の呪い返しは失敗したのだと思うのだが、マメーはそれでも師匠を信用しているのだな」
「ししょーはさいきょーだからねっ」
ふむ、とランセイルは考える。
確かに、昨日の儀式があまりにも鮮やかであるから失念していたが、呪い返しや悪魔祓いなどは一度で解決する方が稀であろう。マメーはそれをわかっているから揺らがないのだろうか。
そう考えている間にマメーは歩き始めていた。
「マメーよ、どこへ?」
「ゴラピーつれてくる!」
「先に着替えをなさい」
ルイスが言った。マメーはまだ寝巻き姿のままである。
「淑女は寝巻きのまま出歩かないものですよ」
「あい」
マメーはくるりと踵を返すと、寝室に戻って急いでローブを羽織ってから、再びとことこ部屋を出て行った。
廊下を渡って隣の部屋へ。師匠とマメーに与えられた部屋に入れば、先ほど着替えを持ってくる時にハンナがカーテンを開けたのだろう。部屋は明るくなっている。
「ゴラピー、おはよー」
そう言って部屋に入った途端だった。
「ピーーーーー!」
黄色いゴラピーが大きな鳴き声を上げながら、飛びつくようにしてマメーの脚に抱きついてきた。
「わっ」
マメーはびっくりした。
「きゅうにきたらあぶな……」
危ないよ。そう言いかけたのだが。
「ピキーーーー!」
「ピューーーー!」
赤いのと青いのもマメーに飛びついてきたのである。
マメーははっとした。
「ごめんねぇ」
いままで、朝、マメーがゴラピーたちを起こさなかったことはない。それにここは森の師匠の庵ではなく、初めて来たお城の部屋である。
彼らが起きた時にマメーがいなくなっていて、心細くなることは当然のことだとマメーは思った。
「ごめんね、かってに行っちゃったりしないからね」
そう言いながらしゃがみ込んだマメーにひっつくようにして、ゴラピーたちはピキピーピューと鳴きながらマメーの服をよじ登って行く。
ゴラピーたちはマメーの胸に抱かれる位置で止まった。ローブの背中にあるフードの中に移動しないのは彼らなりの抗議だろうか。
「そこがいいの?」
「ピ」
黄色いのが頷いた。
マメーは3匹を抱えてルナ王女の部屋に戻ったのだった。
「ひとふえてる」
「ピュ」
マメーは言い、青いのがそれに肯定するように鳴いた。
部屋の前にきらきらした鎧を着た人たちが立っていたのだ。
「へーたいさん、そことーしてー」
「む。名乗るが良い」
「マメーだよ」
「ピキー!」
「それとゴラピー」
マメーの手の中で赤いゴラピーがふりふりと手を振った。
マメーは兵隊さんと言ったが、彼は近衛兵である。つまり国王がやってきたということなのだが、マメーにはそこまで分からない。
「しばし待て」
そう言われて少しするとルイスが部屋から出てきて近衛兵に耳打ちした。
「万象の魔女殿の弟子とはあなたか」
「そだよー」
「うむ、通られよ」
マメーは、師匠は有名なんだなあ、すごいなあと思いながらルイスのもとにてちてちと近づく。
ルイスは言った。
「お帰りなさい、マメー。それとゴラピー」
「あい」
「ピ」
今度は黄色いのが挨拶を返した。
「今、国王陛下がいらっしゃいました」
なるほど、と思ったマメーは部屋に入ったところで、ぴっと右手をあげて元気よく挨拶した。
「おーさま……じゃなかった。へーか。おはよーございます!」
「うむ」
とサポロニアン王国国王、ドーネット9世は頷いて挨拶を返した。
国王は寝室の入り口のところで、立ったまま師匠と話をしている。娘が鹿になった、それも全身が鹿になると悪化したと聞かされたのだ。席に着くほどの心の余裕もないようである。
また近衛は部屋の入り口に待機させ、部屋の中には入れていないようだ。
マメーに挨拶を返した王は、すぐに師匠に顔を向けて話を再開した。
「昨日はあんなに完璧に娘を治して見せたではないか」
「術は完璧だったとあたしも思っているよ。でも結果が全てさね。結局、姫さんは鹿になった。それも全身がだ」
王は苦悶を表情に浮かべた。
「なぜだ」
「理由はまだわからん。これから調べないとならないさね」
「恐れながら陛下……」
ランセイルは一般的な魔術師の術においても、呪い払いは何度も術をかけて呪いを解くものであるという旨を説明した。
国王はふー、とため息をつく。
「では、もう一度儀式を行えば、娘は人に戻るのかね?」
「再び鹿になってしまうかは分からんが、一旦人に戻すのは決して難しいことじゃあない。昨日ので相手の力量もわかってるからね」
儀式の手応えとして、相手が膨大な魔力や極めて高度な術で獣化の呪いをかけているのではないと師匠にはわかっている。だからこそ、なぜまた獣化しているのかは分からないのだが……。
「別に儀式もいらんさ。やってみようか? 〈解j……〉」
「ししょーししょー」
すぐにでも呪いを除去しようとした師匠の袖をマメーが引く。呪文は中断された。
「これ、危ないよ。なにさね」
「ルナでんか、はだかんぼうだよ?」
鹿の身体に服は着ていなかった。寝巻きは獣化の際に破れてしまったのだろう。
「こいつは失礼したね」