第60話:まほーのぎしきがせいこうです!
ξ˚⊿˚)ξ今日は、区切りの関係でちょっと長め。3000字ちょい。
そして以前お伝えしたとおり、12万字を超えましたし、今回の更新を以って休載します。
再開は22日月曜日か23日火曜日になる予定です。
宜しくお願いします。
隣室の家具はどかされて、床には幾重にも重なる巨大な円が描かれ、その中央には五芒星があった。円と円の間の帯状の部分には、びっしりと記号や魔法文字が書き込まれ、異様な雰囲気である。
その中にひょいひょいと歩いていきながら師匠は言った。
「追儺の儀式用の魔法陣さね。定番のやつさ」
ランセイルが頷く。彼ら宮廷魔術師も良く使う陣ということだろう。
ルナ王女が尋ねた。
「追儺とはどういった……?」
「ついなはねー、わるいのでてけー! ってゆーいみだよ」
彼女の手を取ったマメーが教える。
「まあ。マメー、賢いのね?」
「ししょーのでしだからね!」
マメーはふんすと鼻を膨らませた。
ほのぼのとしたやりとりに笑みを浮かべながらも、壁際に控えたルイスは考える。今まで幾度かグラニッピナ師の魔術を見る機会があったが、どれも凄まじい効果のものを、いとも簡単に行っていた。定番とは言うが、ちゃんと儀式の準備をするとは、やはり呪いを解くというのは大変なことなのだろうか。
ふと、師匠と目が合った。
「相手がどれくらいの魔力で呪いをかけてるのかなんて、こっちにゃわからんのさね」
「はあ」
師匠はルイスの考えていたことを読んだように説明する。
さきほど十の魔力の呪いに対し、十五の魔力を使えば解呪できると言った。それは間違いない。
ただ、呪いの魔力が十なのか二十なのか、あるいは百なのかは実際に相対してみないと分からないのだ。
「だからやれることはしっかりやるのさ。んじゃ始めるよ」
師匠はおもむろに懐から小瓶を取り出すと、魔法陣の中央に垂らす。魔法陣の紋様が強い魔力の光に青白く輝きだした。
「あ、ゴラピーのだ」
マメーが言う。ゴラピーの蜜を精製した液体だというのが、その魔力から感じ取れたのだ。
ランセイルがばっ、とマメーの方に振り返る。
「ピキー」
「ピー」
「ピュー」
うんうんと、マメーの背中でゴラピーたちが頷いた。
それはどういう意味かとランセイルは問いかけたかったが、儀式は始まっている。
「ほれ、姫さんおいで」
師匠はルナ王女を手招きした。国王も彼女に励ましの言葉をかける。
王女はマメーの手を離すと、魔法陣の中央へと向かった。
師匠は彼女を正面に立たせると、先ほどとは別の小瓶を手渡した。
「こいつを飲みな。望まぬ効果の魔術を打ち払いやすく、望む効果の魔術の効果を増幅する効果がある魔法薬さね」
つまりは呪いに対してはそれを弱め、解呪に対してはそれを強化するということになる。1つの薬で2つの効果があるということであり、ランセイルはそのような魔法薬など聞いたことがない。思わず尋ねた。
「そ、それは魔女たちの間では広く使われるようなものなのですか!?」
「いんや、あたしの作った薬だし、広まっちゃいないねぇ。ほれ、お飲み」
師匠に促されて恐る恐るルナ王女がその薬を口にすると、想像していたような薬臭さや苦さは感じず、するりと飲み干すことができた。
ルナ王女は呟く。
「お腹が……」
「温かくなってきたかね?」
王女はこくりと頷いた。飲むとたちまち腹部がぽかぽかと温かくなってきたのだ。
「そいつが魔力さね」
「これは、どうすれば……」
「どうもしなくていいさ。その魔力も使わせて貰うってだけのこと」
ランセイルはその言葉で薬の効果の一端を理解した。つまり、術者が外から解呪するだけではなく、呪われた者の内側からも呪いに働きかけるのだ。
確かに、魔力の強い者を対象に魔法を掛けるのは困難である。それを再現しているのかと。
彼がそう考察している間に儀式は始まる。
師匠がいつも手にしてはいても、滅多に使わない杖の先端で、地面をこつこつと叩きながら、呪文を詠唱する。
低く小さい老婆の声でありながら、その声は部屋の空気をびりびりと揺らした。
魔力が世界に響いているのだ。
部屋に魔力が満ち、詠唱が最高潮となったところで、師匠は言った。
「頭をお下げ」
姫は頭を垂れる。神に祈るような姿勢。
そして突き出された鹿の角に、師匠の持つ杖にはめ込まれた宝玉がそっと触れた。
「〈解呪〉!」
師匠の杖から放たれる魔力と、姫の内側から放たれた魔力が輝く。一瞬、黒き影のようなものが姫の体から現れ、それは壁をすり抜けて飛び去っていった。
ルナ王女の金髪の上、茶色く枝分かれした角が黄色く輝き、ダイヤモンドダストのように煌めく粒子を放ちながら、それはだんだんと輪郭を失っていく。
「きれー!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーはきらきらが綺麗と喜んだ。ゴラピーたちは放たれた魔力に喜んだ。飛んできた光の粒子が如き魔力にちっちゃい手を伸ばして受け取ると、彼らの頭上に花がぽん、と咲く。
「終わったさね」
師匠はルナ王女の頭上にぽん、と手を置いて撫でた。その動きで王女は自分の頭にもう角が生えてないのだと分かった。
「おお、ルナよ!」
国王は歓喜の声を上げた。
師匠は懐からペンダントを取り出して、王女の首にかける。そのトップには五芒星のプレートがぶら下がっていた。
「ま、見ての通り角は消えたさね」
「おお、感謝しますぞ、魔女殿!」
「だがね」
と師匠は言う。
「呪いをかけた奴を捕まえなけりゃ、解決とは言えないだろう? それまではこの護符をつけておきな。悪意ある魔術から身を護る働きがある」
「はいっ、ありがとうございます、魔女のおばあ様!」
「体の変化もあるし、数日は大人しくしてることだね。その間に……」
「犯人を捕まえてやらねばということだな」
王の言葉に師匠は頷いた。そう警戒と調査を促しながらも、師匠は相手が再び姫に呪いをかけてくることについてはあまり考えてはいない。
呪い返しが成功したからだ。相手には角が生えているはずで、その状態では再び呪いを使うより、まずは身を隠すことを考えるだろう。
また魔女が来たということを王が謁見の間に呼んだことで示していること。魔女に敵うと考える魔術師は少ないのだ。
そして何より、解呪にしっかり準備をし、多くの魔力を使ったこと。これは先ほどの説明に加え、相手に実力差を示す意味がある。これだけの魔力がこちらにはあるぞと。
「よかったね! ルナでんか!」
マメーも声を掛ける。
「ええ……マメーもありがとう」
儀式で疲れたのか、ルナ王女は少し疲れたような笑みを浮かべて言った。
国王としては早く、大々的に快癒を知らしめたいと思っていたが、師匠と話し合ってそれは取りやめることにした。
「婚約の件もあるし、ルナの社交なども再開させてやりたいのでな。治ったと公表したいが、犯人探しを優先せねばならぬか」
「それがいいさね。そもそも数日は安静だよ」
というわけで、この日はルナ王女の部屋でささやかなお祝いをしたのだった。師匠も久しぶりに儀式なんてやったし疲れたわい、などと言って早く眠ったのである。
……その夜のことだった。
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
「……魔女様、魔女様」
マメーは人の気配にパチリと目を覚ました。
「なーにー?」
真っ暗な部屋に小さなランプの灯りと人影が映る。
「あっ、マメーさん!」
声は侍女のハンナのものであった。寝ている師匠を起こそうとしていたようだ。
「殿下が……殿下が……」
ハンナが口篭ってしまったのだが、どうやらルナ王女が大変らしい。マメーはぴょんとベッドから降りる。鉢植えのゴラピーの葉っぱがゆらり、と揺れたが、そちらにはねてていいよー、と言ってから師匠の布団を叩いた。
「ししょーししょー」
「なんだい、うるさいねえ……」
マメーと寝ぼけた師匠は寝巻き姿のまま、ハンナに手を引かれてルナ王女の部屋に向かった。
最初に会った部屋よりさらに奥、寝室へと向かう。天蓋付きの大きなベッドに、可愛いもこもこのぬいぐるみが並んでいる。
そこの光景を見て、師匠は目を覚ましたのか大きな声を上げた。
「なんだそりゃあ!」
マメーも叫ぶ。
「しかさん!」
ベッドには一頭の鹿が身を横たえて眠りについていたのである。その首には師匠の五芒星のペンダントがかかっていて、この鹿がルナ王女であることを示していた。
師匠は額に手を当てて天を仰いだ。
「どうにも参ったねこりゃ」
ここで切るのかよ!!
ξ˚⊿˚)ξはーい、またねー。








