第6話:りんごはしゃくしゃくしていておいしいです。
「そいつは魔力の実じゃあないか!」
「まりょくのみー?」
「ピキュー?」
「ピュー?」
マメーは聞いたことがないものだった。マメーが首をかしげれば、ゴラピーたちも同じ方向に頭を傾け、頭上の二枚の葉っぱがふわりと揺れる。師匠はうなずき、簡潔に答えた。
「ああ、食べればほんの僅かだが魔力容量を増やす実だよ」
「へえ、すごいの?」
「まあ一つ食べたからと言って劇的に変わるようなもんじゃあないがね。だがとても、とっても貴重なものだ」
マメーはかがんでゴラピーたちに手を差し伸べた。彼らは首を傾げる。
「おいで」
マメーがそう言えば、彼らはよいちょとその手の上に乗った。マメーはくすぐったさにくすくすと笑いながらうんしょとゴラピーたちを持ち上げて机の上にのせる。
ゴラピーたちは見える景色が変わったためか周囲をきょろきょろと見渡した。
マメーは彼らに言う。
「すごいんだって!」
マメーはばんざいした。
「ピキー!」
「ピー!」
ゴラピーたちはふんすと胸を張った。
「ちなみに魔女の長とか、ある国の王族とか、あとは教会もか。こいつをバカみたいに高い値で買い取っているよ」
「へえ、ししょーはこれを育てたりしないの?」
師匠は顔をしかめた。
「そりゃ育てられるならそうするがね。そいつは無理な話なんだよ」
「どーして?」
「こいつはね、魔力の木があって、その実がこれってわけじゃないんだ。この実、何に見える?」
師匠は丁寧な手つきで布を机の上に広げると、そっと実をその上に置いた。
マメーはじっとそれを横から見つめる。
「普通にりんごにみえる」
「そう、りんごさ。魔力がたまたまその実に集まったのか妖精のいたずらか。理由は知らないけど普通のりんごの木の一つの実だけがそうなったのさ。だからもちろん、いつもりんごが魔力の実になるって訳じゃあない。オレンジかもしれないし、キノコだったりしたこともあるねえ。それは誰にもわからないし、だから貴重なのさ」
実際、猛毒キノコであるタマゴテングタケが魔力の実になっていたのを師匠は見つけたことがある。もちろん魔女なので食べてから自分に〈解毒〉の魔術を使った。
「へえ、そんな貴重なら売ったほうが良いの?」
「ピキー……」
「ピー……」
マメーがそう言ったら、ゴラピーたちは悲しげな声で鳴いた。頭の上の葉っぱがしょぼんと垂れている。
くかか、と師匠は笑って言う。
「こいつらはあんたに実を食べてほしいみたいだねえ」
「そうなの?」
マメーが問えば彼らは葉っぱをゆらゆらと縦に揺らす。
マメーは実を布できゅっきゅと磨くと、あーんと口を開けてかぶりついた。
しゃくり、と爽やかな音がした。
しゃくしゃくもぐもぐとしてごくりと飲み込む。
「おいしい!」
マメーがそう言えば、ゴラピーたちはぴょんと跳んだ。
「ピキー!」
「ピー!」
マメーはしゃくしゃくと実を食べる。体の中の魔力が溜まる、お腹の下の方がぽかぽかとしてきた気がする。
「ごちそうさま! おいしかった!」
マメーは元気よくそう言った。
ゴラピーたちから返事がない。だが彼らの葉っぱが鈍く光っている。
「なっ……」
「なあに? どうしたの?」
師匠は初めて見る現象に警戒し杖を構えたが、マメーは無警戒に彼らに手を伸ばした。
師匠から見てマメーとゴラピーたちの間には何らかの魔術的な繫りが明らかにある。あの変な鳴き声で意思疎通がはかれているのもそうだ。危険な現象ではないと本能的に分かっているのであろう。
ぽん、と光と共に軽い音が鳴った。
「ピキー!」
「ピー!」
ゴラピーたちは鳴き声を上げてぴょんと飛び跳ねた。
「わあ、かわいい!」
彼らの葉っぱが赤い花に変化していたのだ。
「ししょー、赤いお花がさいたわ!」
「……そうだねえ」
師匠は杖を下ろしながら答えた。もはや驚き疲れた様子である。
なぜさっきまで葉っぱだったものが一瞬で花になるのか。さっぱりわからない。
師匠はため息を一つついた。
「やれやれ、あたしゃ魔法薬の作製に戻るよ。その間は本でも読んでおきな」
「あい!」
「この後はちょいと繊細な作業になるから二時間くらいは出られない。邪魔するんじゃあないよ」
師匠は万能の魔女でもあるが、魔法薬の作製について熟達しており、同じ魔女どうしを含め、色々なところから魔法薬の作製を依頼されているのだった。
そのため部屋にこもって作業することも多く、何時間も放置されるのはマメーにとっても慣れたものである。
「あい、ししょーがんばって!」
「ピキー!」
「ピー!」
マメーがそういえば、ゴラピーたちも師匠に向けてぶんぶんと手を振った。頭の上の花も同じようにゆらゆらと揺れる。
「はいよ、ありがとうね」
マメーは机の上のゴラピーたちを抱きかかえて部屋を出ていった。