第59話:ちぐちぐはぐはぐ。
「まだルナが結婚する訳ではないぞ!」
ドーネット国王は驚いて大きな声を出す。
「わあ!」
マメーは大きな声にびっくりした。
「ピキー」
ゴラピーが非難するように鳴き声を上げた。
ハンナが言う。
「僭越ながら私が説明を。マメー様、結婚と婚約は違うものです。婚約とは、将来結婚しようと約束することでございます」
王族の結婚年齢はこのあたりの国々だと十代後半から二十くらいが一般的である。ただ婚約に関しては低年齢で行われることが多かった。ルナ王女の十歳というのも決して特に早いという訳ではない。
ただ、平民から見ればいささか早すぎるように思うのも当然ではあろうが。
「やくそく。……ルナでんかはけっこんのやくそくしたの?」
ルナ王女は少し困ったような表情を浮かべた。
「まだこれからですわ」
ふむ、と師匠が唸り、国王に尋ねた。
「そいつは広く知られているようなものなのかね?」
「いや、まだ内々の話で、知る者は限られている。詳細は明かせぬが、近隣の国の王子との婚約の話を進めているのだと思えばよい」
「ふうん」
師匠は王族の婚約などに興味は無い。気のない返事をかえす。
ランセイルは尋ねた。
「万象の魔女殿は、婚約に反対する者の仕業とお考えか?」
国王たちはぎょっとした表情を浮かべ、師匠に視線をやる。師匠は肩を竦めた。
「知らん。あたしゃ万象の魔女なんて言われちゃいるが、別に万能でも全知でもないんだ。ただね……ちぐはぐなのさ」
「ちぐはぐー?」
「ピュー?」
マメーが首を傾げ、青いゴラピーもそれを真似るように頭上の葉っぱを傾けた。
「そこのランセイルやら、他の王宮魔術師やら、あるいは神殿の祓い師たちもかね? 王女さんの角が呪いかもしれんと解呪を試したはずだろう? だができなかったわけだ」
ランセイルが頭を下げる。
「汗顔の至りです」
「別に責めちゃいないさ。相手が魔力をそれだけ、この呪いに多く込めたってだけのことさね」
ランセイルは頷くが、魔術を学んでいない国王らは分からないようなので、師匠は説明を加える。
「色々省いて単純に言えば、呪いを掛けるのに術者が十の魔力を使ったとすりゃ、それを解く側は、十五の魔力を使わにゃならん」
「解く側の方が大変なのですね?」
王女が問いかけ、師匠は頷く。
「それを考慮に入れたとしても、一国の宮廷魔術師たちが解呪して、全く解けないってことはだいぶ強固な呪いだろう? つまり、大勢の魔術師が集まって呪いの儀式をするか、強力で高価な魔法の道具を使って呪いをかけたってことさね」
王女が顔を青ざめさせる。そんなに強い呪いを掛けられているのかと。
マメーが問う。
「ちぐはぐはー?」
「ああ、そうだったね。それだけたくさんの魔力を使っときながら、角が生えただけだろう? そりゃあ王女さまは困るだろうさ。でも死ぬわけでもなきゃ、寝たきりになるわけでもない。もっと酷い呪いなんざ山ほどあるのにさ」
体が腐り落ちて死ぬ呪い、無限の眠りの呪い、あるいは傷もないのに激しい痛みを与え続ける呪い。恐るべきものがたくさんあるのに、ルナ王女は角が生えただけだと言っているのだ。
ルイスが言う。
「ちぐはぐ、つまり魔力量に対して呪いの効果が低すぎると魔女殿は仰いますか」
師匠は頷いた。
「そうさね。ただ、その婚約を邪魔するにはちょうど良い効果なのかもね、と思ったのさ」
角が生えた姫を、あるいは呪いを受けたという姫を婚約者として受け入れる人間の王族はおるまい。
姫を殺したりすることなく、婚約を破談とするには確かに適当な効果なのかもしれなかった。むう、と国王は唸る。
「婚約の件を誰が知っているか改めて調べねばな。いや、相手方の国の者の可能性もあるのか……」
「ま、それはあたしの仕事じゃないさね。さ、治しちまおうか」
そう言って師匠は立ち上がる。昨晩のうちに、呪いを解く儀式に使うための魔法陣を隣の部屋に用意していたのである。
国王も立ち上がり師匠の側に寄った。
「そこを何とか頼めぬか、魔女殿」
「知らんよ、あたしがそこの騎士から受けたのは、姫さんを治すってことだけさね」
師匠はすたすた歩いて行く。王とルイスらはそれを追った。
「いや、それは承知の上でだな……」
マメーやルナ王女たちも移動のため立ち上がる。
「いくよ、ゴラピー」
マメーはピキピーピューと鳴くゴラピーたちをフードの中にしまう。
「マメー……」
そこにルナ王女の声が掛けられた。
「なあに?」
「手を、繋いでも良いかしら?」
「いいよー」
マメーはルナ王女に元気よく手を差し出した。
たおやかな手がそこにのせられる。それはとても冷たく感じられた。
「こわい?」
「いえ、緊張しているのかしら」
ルナ王女の手には力がこもり、こわばってもいた。
「だいじょーぶだよ」
マメーはにへらっと笑う。ピキピーピューと、マメーの背中のフードからゴラピーたちが顔を出してルナ王女を見上げて鳴いた。
その様子と、何の根拠もないマメーの言葉、そして彼女の手の熱が、ルナ王女の緊張を溶かしていくようだった。
「ええ、行きましょう」
「うん!」