第58話:ルナでんかののろいをときます!
ランセイルは師匠に問いかける。
「万象の魔女殿、どうなさいますか?」
「ま、単純な獣化の呪いの類いなら、問題ないさね。〈解呪〉の術もありゃ、呪いに効く魔法薬の用意もある」
相手が魔術師何人がかりの儀式で呪いを掛けているのであろうと、跳ね返せるくらいの自信はある。それくらいの実力は有しているからこその万象の魔女だ。
マメーが尋ねる。
「だれがのろいをかけたのかなー?」
呪いということは、姫に害意を持って魔法を使った者がいるということである。
「そりゃまだ分からんね。調査を優先しても良いが、そんな面倒なことしなくても呪い返しをすりゃあいいのさ」
「のろいがえしー?」
マメーの首がこてんと倒れた。
「まだ教えてなかったかね? 呪いを外すんじゃなくて、掛けた者に跳ね返すのさ。そうすりゃ、誰が呪ったのか分かるだろうよ」
「しかさんのつのが、はえたひとがはんにん!」
「そうさね。まあそいつは実行犯で、依頼したのは別にいるだろうがねぇ。そんなのはその術者に尋問ばいいことさ」
王国の魔術師や典医を悩ませていた問題が、万象の魔女にかかればこうも簡単な問題であるかのようだ。ルイスとランセイルは舌を巻いた。
「とっととやっちまうかい?」
師匠はそう言うが、ランセイルはそれを留めた。
「先に国王陛下にご報告せねば。それから許可をいただいてきましょう」
「ま、そのへんは任せるさね」
ランセイルは師匠に頭を下げ、立ち上がった。
「いってらっしゃい!」
「うむ」
マメーが元気よく送り出す。だが師匠が声を掛けた。
「あー、ただあれだ」
「何でしょう?」
「邪魔が入るといけない。他の者には伝えないようにしておくれ」
呪い返しは本来、繊細で時間のかかる魔術儀式である。敵方の者が介入して台無しにされては困るということだろう。
ランセイルは了承して部屋を後にした。
そして翌日である。
ルナ王女の部屋に、昨日の面々が集まっていた。師匠とマメー、ルイスとランセイル、ルナ王女とハンナ、クーヤの二人の侍女の七人である。それと三匹のゴラピーたち。
そしてそこに国王、ドーネット9世が入ってきた。護衛の兵は部屋の外において一人である。
ルイスとランセイル、侍女たちが敬礼した。王女と師匠は座ったままで、マメーは椅子からぴょんと立ち上がって手を上げた。
「こんにちは、へーか!」
「うむ、マメー」
「きょうはあんまりきらきらしてないね!」
謁見の間の時のように煌びやかな服装ではなく、飾り気が少ないが上質な服を纏っている。
ぷっ、と頭を下げてる者から笑い声が漏れた。
「頭を上げよ。別に笑っても咎めぬぞ」
「お父様!」
ルナ王女が父を呼ぶ。
「おお、ルナよ。随分と元気な様子ではないか」
「ええ! 昨日、魔女のおばあさまが頭の角を軽くする魔法を掛けて下さいましたの!」
国王は師匠に向かって顎を引いた。謝意を示したのである。
「魔女殿、感謝する」
師匠は頷きを返した。ルナ王女は続ける。
「それに、昨日はマメーちゃんとお茶もできましたもの!」
「おちゃとおかし、おいしかった!」
「ねー」
と二人は姉妹のように笑いあう。
王女の頭に角が生えて以降、彼女は人前に出られなくなった。友人である貴族の令嬢たちとお茶会を開くことができないのは当然として、病で伝染する可能性すら危惧されていたのである。家族ともほとんど会えない日々が続いていたのだ。
それを思えば昨日のお茶会は本当に楽しかったのだろう。
「それは良かったな」
そう言って、角を避けるように、ルナ王女の頭に手をやった。
撫でられるのも久しぶりだ。ルナ王女は目頭が熱くなるのを感じた。
国王は少し気まずさを感じた。病の可能性があったとはいえ、ルナ王女はまだ幼い子供なのだ。なんとかして交流を持ってやるべきだった。話を変えるように言葉を続ける。
「そう言えば、報告にあったが何やら面白い生き物がいるとか?」
「ええ!」
ルナ王女はゴラピーについて言いかけ、そこではっと口を閉ざした。〈誓約〉の術を掛けられていることを思い出したのだ。
その様子を見て、師匠はにやりと笑みを浮かべた。そしてマメーに言う。
「見せてやんな、マメー」
「あい! ゴラピー!」
マメーが自分の背中を見るように振り返りながら言えば、背中から赤青黄色の三匹が、にょきっと顔を覗かせる。
「ピキ?」
「へーかにごあいさつしてって!」
ゴラピーたちは、よいちょとマメーの肩の上に登ると、頭上の葉っぱをゆらゆらと揺らしながら、国王の顔を見上げた。
「ピキー」
「ピー」
「ピュー」
そして口々に鳴き声を上げる。
「へーかこんにちは、だって!」
「うむ。なるほど、初めて見る生き物だな。面白い姿をしておる」
国王が顔を近づけて覗き込んできたので、ゴラピーたちは、んー? と首を傾げた。
「はいはい、遊んでないで〈解呪〉をするよ」
師匠が声を掛けた。
「まあ、こう軽くなると、この角も名残惜しいくらいですわ」
「そうもいかんだろう、婚約の話もあるのだから」
ルナ王女の言葉に、国王は窘めるように言った。
ルナ王女が軽く渋面を見せたのでハンナもそっと声を掛ける。
「そうですよ、せっかくの良縁なのですから」
「おやまあ、まだ十というのにもう結婚の話かい?」
師匠が呆れたように言った。
マメーはぴょんと跳ねる。
「ルナでんか、けっこんするの?」