第56話:ぽよぽよ。
ランセイルは頷き、自らの見解を話し始める。先ほど全て折った指を、今度は一本立てた。
「まず、神や高位の霊に関してですが、近年この地に顕現したという情報は入っていませんし、王族が神域を汚すなどの行為を犯したという事実もありません。また高位存在が姫の周囲に出現しているという気配もありません」
「そうさね、魔女の集会でもそれらの存在の情報はやり取りされるが、サポロニアンの王都付近にいるという話はなかった。あたしも感知しちゃいない」
師匠は肯定した。
ちなみに王国内には存在する。師匠の住む森に住んでいる神がいるからだ。
ランセイルが二本目の指を立てる。
「次に王家の血統を調査しましたが、直系の王およびその配偶者に獣人の血は入っていないことを確認しました。初代王は"銀狼王"の二つ名を有する乱世の英雄でしたが、それは兜の装飾によるものです」
またもし仮に初代王が獣人だったとしても、その名から考えるに狼であろう。ルナ王女の鹿角にはなるまい。
「ふむ。ご苦労なこったね」
師匠はそう言った。王家の血統を調査するとなれば、調査には随分と時間と手間がかかったであろうためである。
そこでランセイルは手をおろしてため息をついた。
「となれば残るは病か呪いですが、不才ではそこより先の判断がつきかねております」
ランセイルはちらりと視線を師匠から横にずらした。
話に飽きたのか難しくてわからないのか。マメーがソファーの上でぽよんぽよんと尻を跳ねさせている。
ランセイルは咳払いを一つ。
「幼き者よ。汝には難しかろう。ルイスとでも遊んでいればどうか」
マメーははっとした表情でランセイルの顔を見上げた。
「ごめんね! おしりがぽよぽよしてたから!」
ランセイルの眉間に深く皺が刻まれた。
ソファーのスプリングが効きすぎていて、体重の軽いマメーは不安定なのだろう。ルイスが笑って言う。
「そうか、ぽよぽよしていたなら仕方ないな」
「うん!」
師匠はマメーがああ見えて話を聞いているのは知っている。そしてああいう動きをしているのは、答えが分かっているのに解説を受けている時だとも知っているのだ。
だから師匠はランセイルにこう言った。
「マメーの方があんたより物事が見えていると思うよ」
「はっ、そのようなはずは」
ランセイルは嗤った。師匠はマメーの方を向く。
「マメー、お姫様を見ていただろう?」
「うん、ルナでんか」
「あの子の頭にゃ最近急に鹿の角が生えた。それは病気だと思うかね? 呪いだと思うかね? それとも他の理由かね?」
「のろいー」
マメーは即答した。
「幼き者よ。勘で言えば良いというものではないぞ」
「かんじゃないもん」
マメーはぷうっと頬を膨らませた。
「ピキーピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
そうだそうだ、とマメーの背中でゴラピーたちが鳴く。
マメーは目を白黒させて誤魔化さないとと鳴いた。
「ぴ、ぴきー?」
「何だそれは。勘でないというなら遊んでないで答えよ」
ランセイルはマメーの背中に何やら奇妙な生き物がいるのを知覚している。それを目視したわけではないが、その気配を魔力的に感じているのである。
そして魔術師が使い魔などを潜ませているのは良くあることだ。彼はまだこの時、それに何ら興味を抱いていなかった。
「マメー、呪いだって思ったんだろう?」
師匠が横から声をかけた。
「うん」
「その理由を答えてやんな」
マメーはえっとー、としばしソファーの上でゆらゆらと揺れながら説明するための言葉を探した。そして首を緩く傾げて言う。
「あのね、ルナでんかはおんなのこでしょ?」
「当然だな」
「しかさんのおんなのこには、つのがはえてないの」
「……む?」
ランセイルは唸った。
「えっとー、だからかみさまとか、せんぞとか、びょーきとかで、ルナでんかがしかさんになったのだとすると、おんなのこのしかさんになるでしょ?」
ランセイルは思わず立ち上がった。
「そうか、そういうことなのか! 雌の鹿には角が生えていない! 角が生えるのは雄の鹿のみだ! であれば、殿下は鹿になっているのではなく、角の生える呪いをかけられたということしかありえないのか!」
「うん!」
ランセイルは、ばっと師匠の方を振り返った。
「そういうことさね。まあ補足すれば、鹿のなかでもトナカイなんかにゃ雌でも角が生えるのはいる。でもあれはその種の角の形状じゃないだろ」
ランセイルは何度も頷き、そしてローブを翻してマメーの横に跪くと、彼女の手を取った。
「わっ!」
とマメーがびっくりし、彼女の背中でピキピーピューとゴラピーたちが再び鳴き声を上げた。
それには構わず、ランセイルはマメーを称賛する。
「お見それしたぞ、幼き者よ!」
「マメーだよ」
「おお、マメーよ。汝は幼き賢人であった!」
「えへー」
マメーはにこりと笑みを浮かべた。








